「天蚕(やままい)」
「見つけた」
いきなり背後の茂みを割って現われたのは、太公望。
にっこり微笑まれて、絶句する天化。
「う……」
「これで九回目。そろそろ覚悟してよ」
「〜〜〜っ」
ずるずると本陣に引きずり戻されながらも、さすがに自分で言い出したことなので、逆らえない。
――ことの発端は、軍議をさぼりまくる天化を、太公望が業を煮やして怒鳴りつけたことだった。
かんかんに怒っている太公望に対し、当の天化は悪びれもせず、「これから十日間、居場所を見つけられたら、その後は真面目に参加してやる」と言った。
こんな大ボケ野郎に、そう簡単に見つかるわけない。
そう思っていたのに。
予想外に、太公望は毎日的確に探し当ててきた。
こちらも意地になって、樹の上やら、茂みの奥やら、気配を消してもぐりこんでいるのに。
一体、どうやって見つけているのか。
軍議に参加したものの、天化は残された後一日をどうやって逃げ延びるか、そればかり考えていた。
*
逃げるとは言っても、実際は本陣からそう離れるわけにはいかない。
何かあった時に、声や気配が伝わる程度。せいぜい、二百丈(約5〜600m)といったところだ。
もちろん、それだけあれば隠れるところはいくらでもある。
山の側に陣を張れば裏山はかなり奥まで行けるし、西岐から参加している一般兵たちの方に行けば、数万人の中に紛れ込むことになる。
……それなのに、どうして分かるのだ?
なんだか子供の頃に、弟たちの相手で、かくれんぼをしたことを思い出してしまう。
あの頃は、幼い弟たちを泣かせないように、わざと見つかるように隠れていた。
今は、これまでの知識を総動員して隠れているのに、あんなボケ野郎に見つかるなんて。
(いつも同じくらいの距離で見つかるんだよな。まるで、計ったみたいに……)
もし、何か距離が関わっているとしたら、そろそろヤバイ。
立ち止まり、振り返った目の端で、何かが光ったような気がした。
近づいてみると、潅木の緑の葉の上に、非常に細い蜘蛛の糸に似たものが引っかかっていた。
撚(よ)る前の、絹糸のような……。
それは、きらきらと輝きながら、まっすぐに本陣の方に伸びている。
もしかしてと思い、逆の端を辿ってみると――案の定、自分の帯につながっていた。
「あんのヤロ……」
一体いつの間に。
引きちぎろうとしたが、直前で思いとどまる。
このまま逃げ出すだけでは面白くない。
辺りを見回し、あるものを目に留めた天化はニヤリと笑った。
*
「あれー、おかしいな」
糸を辿ってきた太公望が、立ち止まり、辺りを見回した。
手首に巻き取ってきた糸の量は、そろそろ目標が近いことを示している。
いつもなら、この辺りから大体見当がつくのに。
「……バレちゃったかな?」
糸が、今までと違い地表を這っているのを見て、ため息をつく。
いいかげん、気づかれる頃だとは思っていた。
天祥に協力してもらって、天蚕の糸を毎日つけてもらっていたのだが。
気配に鋭い天化のこと、相手が天祥だったので、なんとかこれだけの日数保ったのだ。
あと一日だったのに。
ちょっと悔しい。
「あ、あれっ?」
急に糸が動き出したことに驚いて、あわてて太公望はその方へ向かう。
その先では、糸をくくりつけられたヘビが、人の気配にさらに奥に逃げ出す。
積もった木の葉の下は、湿って滑りやすくなっている。
急斜面に踏み出した途端、太公望は足をすべらせた。
「うわっ!」
「このバカ!」
冷や冷やしながら見ていた天化は、予想通りの展開に、思わず隠れていたところから飛び出した。
「大丈夫か、おい!」
「――捕まえた」
「……え?」
抱きとめたつもりが、いつの間にかこちらが腕をがっしりと掴まれていた。
「これで十回だね」
上機嫌で「さ、行こう」と言われて、声もない。
十日間の攻防は、天化の全敗だった。
END
これから十日くらいは、真面目に軍議に出たんじゃないかと思います(笑)。
かくれんぼってやつは、見つかると悔しいのに、見つけてくれないと寂しいんですよね(^_^;
那咤なんか、イライラして5分くらいで飛び出してきそう。
豆知識:
天蚕は日本原産の蛾です。すいません(笑)。
鱗翅目天蚕蛾科に属する大型の天然絹糸虫。
自然の山野で「クヌギ」「ナラ」等の葉を食べて生息、「やまこ」「やままい」とも呼ばれる。
繭は美しい緑色長円形で、長さ4.8センチ、幅2.5センチ、重さ6グラム、繭糸長500〜600メートル。
成虫(蛾)は大型で翅開長15〜18センチで、翅色は橙黄に淡黒色の横線を有し、前後両翅に各1個の透明な眼状斑紋がある。
TOP/小説/
オリジナル設定編