「花見桜」
桔花公主の木気に触れて、満開となった桜の木の下で、くるりと朱涼鈴が振り返った。
「ね、桔花。神将様たちって実体がないのよね」
「そうね。錫杖の力を借りて三蔵さんに宿らないと、外界もはっきりとはご覧になれないみたい。どうかしたの? 涼鈴」
「んー。いっつも助けてもらっているのになんか悪いなって思って」
「そうね。でも、私たちにはどうしようもないし……」
「せっかく花の季節なのに可哀想じゃない。それでね、桔花。あたし、考えたんだ!」
涼鈴が、こそっと耳打ちする。
桔花公主は驚いて、目を丸くした。
「……えーっ?」
「ね、いいでしょ?」
「でも、そんなこと、できるかしら……」
「あたし、悟浄と八戒にも言ってくるね!」
「あっ、涼鈴!」
止める間もなく、涼鈴は仲間たちの元へ駆けて行ってしまった。
(まぁ、いいですわね。悪いことではないですし)
子供のいたずらに困ったように、桔花はくすりと笑った。
*
「わいはかまわへんけど? 日頃の恩返しになるなら喜んでやらせてもらいますわ」
「俺も別にかまわん」
話を聞いて、猪八戒と沙悟浄は、あっさりとうなずいた。
「……火行って、アイツじゃん! イヤだ、冗談じゃねぇ!」
予想通り、悟空はごねる。
「僕はいいことだと思うけど……。悟空一晩だけだから。ね?」
悟空は最近、三蔵の『お願い』にめちゃくちゃ弱い。
「し、仕方ねぇな、一晩だけだからな!」
本人は少しも気づいていないようだが。
「じゃ、決まりね。あたし、いい場所探してくる!」
一番綺麗な樹を教えてもらうべく、涼鈴は桔花の元へ駆け戻っていった。
*
真昼のように鮮やかな光を投げかける満月。
人界でも特に澄んだ空気の霊山の麓、桜の花びらが作り出す霊気の場。
妖怪たちは、元々自然との相性がよい。
彼らが納得して協力したこと、そして神将たちが戦いの為に力を使う必要がなかったからだろう。神将たちをそれぞれの身体に降ろすという、無謀とも思える試みは、予想以上にうまくいった。
「楊セン様、昔を思い出しますわねぇ」
「ええ、まあ……」
寄り添う西王母と二郎神君。
姿は色っぽく酌をする桔花公主と、それを受ける沙悟浄。
なかなか絵になっている。
五行だけでなく、性格も比較的似ているせいか、それほど違和感もない。
「天化殿、宿主はお嬢さんですから、その格好はちょっと」
「ん? ああ、そうか」
二郎神君に言われて、炳霊公は行儀悪く足を組んでいたのを多少改める。
とは言っても、足を投げ出した態度の大きさは変わらない。
涼鈴が、剣の似合うボーイッシュな少女なので、意外と様になっているが。
「いいじゃねぇか、堅いこと言うなよ! おら、三蔵、もっと飲め! オレ様の酒が飲めねぇってか!」
「あ、あの、僕は……」
「那咤さん、あなたは飲みすぎです! まだお子様ですのに」
「誰がお子様だっ! 二千年近く生きて子供も大人もあるかよっ!」
那咤の喚き声に、苦笑する神将たち。
ひらり、と舞い落ちる花びら。
人界にはいないはずの者たち。
一夜限りの幻想の時。
「まさか、地上で再びお花見できるとは思いませんでしたわね」
「三蔵殿、お心使いに感謝します」
「いえ、僕は何も。涼鈴が言ってくれたんです。皆快く承諾してくれましたし」
西王母と二郎神君に礼を言われ、三蔵は照れまくる。
姿は親しい仲間たちだが、中身が違う。
いつも、錫杖を通して自分に降りてくれる神将たち。
暖かい、優しい、力強い――人間の気配を超えた神気。
それが、今、目の前にいる。
「あ、あの……」
神界や天界ってどんなところなのだろう。
色々聞いてみたいことがある。
姿も性格も一番話し掛けやすい、那咤太子に聞こうと思ったその時。
「涼鈴公主! 霊感公子参りましたっ!」
邪魔者が現われた。
夜桜の花見中だというのに、両手に場違いな月李の花束を抱えて。
お目当ての彼女が太腿もあらわに足を組んで、ぐいと杯をあおっているのを目にして愕然とする。
しかし、その頬が、みるみる朱に染まった。
「……今日はまた、いつもよりさらにワイルドでいらっしゃいますね、素敵――」
ますます惚れ直したらしい。あばたもえくぼ。
「公主ーっ」
「近寄るんじゃねぇ!」
抱きつこうとしたのを、呼び出した莫邪で思いきりみね打ちする。
容赦のない打撃と、すかさず放たれた霊気による衝撃波。
涼鈴も、中から協力していたらしい。宿主と神将の力が一体となった見事な攻撃だった。
「きゃーーーっ」
……霊感公子は星になった。
「……天化殿、今のはちょっと無体なのでは」
「なんだか、すげーイヤだったんだ。なんだか、これから先もずっとつきまとわれるような、嫌な予感が……」
「予知ですかね」
「冗談じゃねぇ」
本気で鳥肌を立てている炳霊公に、仲間たちは苦笑するばかり。
――昔話になると、那咤の独壇場だった。
天界にある桃園や、それをめぐっての悟空の大暴れぶり、那咤や楊センとの一騎打ち。
身振り手振り交えての活劇談に、三蔵は夢中で聞き入る。
昔の対決のことを、「本人の言葉」で、「敵の口」から聞くというのも不思議なことだが。
あれだけ嫌いあっている二人なのに、那咤太子と悟空はとても似ている。
もしかすると、分かり合えば一番の友達になれるのかもしれない。
夜も更けて、空の月がさらに明るさを増す。
ふいに沈黙が下りた時、三蔵はきり出した。
「人間の僕ではあまり時間が持たないかもしれませんが……、雷公様に僕の身体をお貸しします」
五行から外れているという特異な神将。昔の戦いの後、自分の意志で人界に残ったという。
過去にきっと何か特別な事情があったのだろう。他の神将たちとは一線を画していると感じていた。だが、せっかくの花の宵。
あの方にも、参加してもらいたい。
錫杖を手にし、三蔵はその中に残る一人を呼ぶ。
「雷公様、お越しください」
シャン、という涼しい音と共に、深く重い、神気が降りる。
開かれた目は、数百年の時の重みを知った者のまなざしだった。
「……ここは?」
戦いの場への呼び出しでなかったことに、雷公……過去、聞仲と呼ばれていた神将が、わずかにうろたえたように辺りを見回す。
ひらり、と舞い落ちる白い花びら。
「三蔵殿と、その仲間たちの心づくしですよ。この花を見せてくださったのです。さ、どうぞこちらへ」
「しかし、私は……」
「聞仲殿。昔は昔。今は今、ですよ。我々は同じ時代を生き、そして神将になった。存在する場所は違っても、神将として人界を守ってきた。それでいいではありませんか」
西王母も静かにうなずいている。
那咤太子と炳霊公は、露骨に無視して酒を飲んでいる。……それが、彼らなりの了承の印だった。
しばらく無言のまま辺りを見回し、その静けさに感慨深げな表情となる。
「うむ……いい花だ――」
月に映える桜を見上げ、呟く。
その時。
「まあっ、聞仲様! お懐かしゅうございます!」
感応仙姑が、嬉しそうに叫ぶなり、雷公に抱きついた。
少し酔っ払っているらしい。
気配は雲霄。聞仲にとって、無二の親友の妹。
それは分かっている。
懐かしくも思う。
しかし、その姿は。
――三蔵にしなだれかかる、猪八戒。
「………………」
ふっと、雷公の気配が消えた。
正気に返った三蔵が、驚いてきょろきょろする。
「あれっ、雷公様、もう戻っちゃったんですか? どうして?」
八戒=雲霄がしがみついているので、ちょっと重い。
「戻るだろ、そりゃ……」
「戻るよな……」
神将たちが、うんうん、とうなずいていた。
三蔵にはとうとう理由が分からなかったが、翌日話を聞いた仲間たちは、それは当然と納得したのだった。
(ただし、八戒以外)
END
神将様方、全員出してみました(^^)
ギャグというリクエストでしたが、ちょっと真面目に。
でも最後に、あの聞仲様でお笑いを取るという荒業に出てみました(笑)。
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