「花信風」
「雷ちゃん、何してるんだい?」
「えへへ〜」
手を土まみれにして、西岐軍一年少の道士が振り返った。
掘り返した土の周りを、一畳ばかり、紐で囲んでいる。
らいちゃんの、とか、さわるな、と書かれた立て札が立っている。
どうやら畑らしい。
花のタネでも蒔いたのだろうか。
「おおきくなったら、おにいちゃんにもぷれぜんとするからね」
「楽しみにしてるよ、雷ちゃん」
「はーい!」
雷震子は、水をやって、まだ芽も出ていない畑を飽きず眺めている。
邪魔しないように、太公望はそこから離れた。
「いつまでも、ここにいるわけじゃねぇのによ」
何をやってんだか、という顔で見ていた天化が肩をすくめる。
目的達成前に、この地から離れる可能性も高い。
その時になって、泣かれるのはごめんだという表情だった。
「軍備が整うまで、一週間は動けないし。育ちの早い花なら、なんとか間に合うんじゃないか」
「ま、ここんとこ異様に暖かいからな。――どんな花が咲くのか期待してるぜ」
じゃ、と言ってその場から離れようとする天化を、太公望が後ろからがしっと掴んだ。
「……何気なく軍議から逃げるんじゃない」
西岐軍の特攻隊長が、大将に連行される姿は、陣内ではすっかりおなじみになりつつあった。
*
甲斐甲斐しく自分の畑を世話する雷震子に、誰もが頬を緩めた。
最初は馬鹿にしていた那咤でさえ、その作業を邪魔することは無く、興味深そうに毎日眺めに行っていた。
殺伐とした戦場にあって、無邪気な姿は人々を和ませる。
暖かい陽気に恵まれて、何かの芽はぐんぐんと大きくなった。
陣内に出来た小さな緑の園。
しかし、明日はこの地を離れて進軍しなければならない。
心配していた太公望を、雷震子が呼びに来た。
会心の笑みを浮かべて、例の場所へと引きずっていく。
「はいっ、おにいちゃんにぷれぜんと!」
小さな畑には、それなりに見事に緑が生えそろっていた。
しかし。
「あれ?」
何事かと寄ってきた天化も、太公望の後ろから覗き込む。
「なんだ、こりゃ?」
葉は無残に食い荒らされ、花の蕾もまだついていない。
「「――あ」」
二人が気づいたのは同時だった。
「えへへ、ころころー! すごいでしょ!」
雷震子が指差したのは、無心に葉を食べている、丸々とした青虫……。
「育ててたのは、花じゃなくて、こっちだったのか――」
「ら、雷ちゃーん……(涙)」
その日の夕食に、雷震子の力作は……さすがに出なかった。
END
やっぱり、雷ちゃんと言えば……。
【花信風】
初春の風。花の咲く時節の到来を告げる風。
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封神演義編