時鳥草(ほととぎす)


「なんだ、こりゃ」
木製の大きな箱を前にして、腕組みして首をひねる炳霊公。
「南海竜王様からのお届けものですけど。ご存知じゃなかったんですか?」
狐耳の星辰が、おやまぁ、という顔で一緒に首をかしげる。
「南海竜王だぁ? それじゃ、アイツの関連か」
これ以上はないというくらいに嫌そうな顔をした炳霊公に、姜公が花瓶を抱えたまま真顔で呟いた。
「燃やしちゃおうか」
「……お前、ヤツがからむと人間が違う」
何気なく火竜ヒョウを取り出す姜公から、炳霊公が少し離れる。
「どうしましょう。返品いたします?」
「えー、でもサカナ宛てだったら、どうすんのよ」
実はサカナ(注:居候の玉翠公子のことである)のことはどうでもよくて、中身が気になって仕方がない猫娘のマオルが、木箱で爪を研ぐそぶりを見せる。
「……それもそうだな、中身くらいは確認するか。でも、俺宛てだったんだろう?」
「ええ、くれぐれも炳霊公様に直接と、若い龍が。なんだか逃げるみたいに去って行きましたけど」
「ますます怪しいな」
「雷撃で真っ二つにする?」
「オノ持ってきましょうか」
「あら、そんなのいらないわよ、あたしのこの爪で……」
なんでうちの連中はこんなに過激なんだと、ため息をつく炳霊公。
自分も神将の中では、枠にはまらない無頼派で通っているはずなのに。こいつらには負ける。
「中身確認するんじゃなかったのかよ。――それにしても、これはどこから開けるんだ?」
箱には、錠らしきものがない。
何かの術で閉められているのだろうか。
これは、本気で莫邪で叩き壊すか……と思った時。
ばん、と勢いよく、中からフタが開いた。
「きゃん!」
箱の上に乗っていたマオルが、弾き飛ばされて悲鳴をあげる。
登場したのは、真っ白なひらひらの装束に身を包んだ、どこかのお姫様のような娘だった。
唖然としているギャラリーをきょろきょろと見回した後、炳霊公を目に留めて、顔を輝かせる。
「炳霊公様〜、お会いしたかったですぅ!」
極上の笑顔と共に、いきなり抱きつかれ、当然ながらパニック状態の炳霊公。
「なっ! 誰だ、あんた!?」
「いやですわ、なんてつれないことをおっしゃるのです? この間、竜宮でお会いしたではありませんか。私、一日たりと忘れたことありませんのに、あんまりですわーっ」
「竜宮だって?」
神界とはなわばりを異にする海の中。南海竜王の居城に行ったのは、この長い年月の中でも、ほんの数回だけ。
もちろん、こんな娘と会った覚えもない。
それでも、名前を知られている以上、どこかで会っただろうかと記憶を手繰る。
しかし、思い出す余裕もなく、背後で危険な空気が渦巻いた。
はっと振り返る。
案の定、姜公が手にしていた花瓶を投げつける構えに入っていた。
「ま、待て、誤解だ! 俺は何も――」
「天化のバカーっ! すけべ! 節操なし!!」
花瓶は当たらなかったが、中の水が浴びせられた。そして……
「紫電!」
「ぎゃああっ!」
部屋に、青白い稲妻が走った。
「君がその気なら、僕だって浮気してやるーっ!」
よく分からない捨て台詞を残して、部屋から飛び出していく姜公。
まともに雷撃を食らった炳霊公には、とても後は追えない。
「……天化さま、大丈夫?」
「……最近、容赦ないですよね」
「炳霊公様ぁ、しっかりなさってぇ」
うまく雷撃の瞬間だけ飛びのいていた娘は、相手がへたっているのをいいことに、べったりと抱きついていた。
新入りは、結構根性がありそうだった。

*

「どうなさったのです、姜公殿。そんな顔はお似合いになりませんよ。――ああ、さてはまたあの乱暴者とケンカされたのですね! いいかげん、あんなヤツのことはお忘れになって、私と共に海へ行きましょう! そして、貴方と私で素晴らしい愛の巣を……」
放っておくと永遠に続きそうな甘いくどき文句(のつもり)を、池に手を入れ、軽い雷を流して黙らせる。
最近、とみに持続時間が短くなっている人間形だった玉翠公子が、見慣れた赤い人面魚に戻ってぷかりと水面に浮く。
ちらりと眺めて、ため息。
あんなことを行って飛び出してきたものの、他に行くところを思いつかなかった自分が情けない。
神界に来てからと言うものの、ほとんどこの山から出ていないことを思い知る。
どんなにあてつけてみようと思っても、こいつだけはごめんだ。
(可愛い子だったな)
ちょっと言動はかっとんでいそうだったけれど。
玉翠と同じ、龍族の気配がした。
海の中から、わざわざ追いかけてきたのだろう。
龍族は惚れっぽいとは聞いているが、その行動力と、その思いの大きさには頭が下がる。
少なくとも相手を追いかけている間、彼らは誠心誠意「本気」なのだ。
自分にはとてもあんな風に好意を表すことなどできない。そういう意味では、とても敵わないと思う。
天化は知らない、と言っていた。
信じていないわけではない。
ただ、ちょっと悔しくて。
それ以上に不安になって。
あんなに綺麗な子に、好きだと言われて悪い気がするはずもない。
ケンカしてばかりの自分に比べたら、もしかしたら……。
「帰りたくないな――」
しばらく戻る気にはなれず、呟くと、復活した人面魚が水から身を乗り出してきた。
「姜公殿、今日だけ竜宮に来られるというのはいかがです。一日くらい姿を隠されて、思い知らせてやればよいのです。プチ家出ですよ、プチ」
「一日だけ……か」
サカナの言うことに耳を傾けてしまったこと自体、相当落ち込んでいる証拠だった。

**

自分の部屋に思い人を招き入れることに成功した玉翠は、得意の絶頂であった。
調子に乗って、珍しい料理やら、海で集められた宝などを並べ立てる。
しかし、元々あまりそういったことに興味のない姜公には、意味が無かった。
時間が経てば経つほど、ため息が多くなる姜公に、さすがの玉翠もしゅんとした顔になる。
とうとう玉翠の方が見かねて、宮に戻るか尋ねようとした時だった。
ばん、と開かれた扉と壁の間に、玉翠が挟まれる。
駆け込んできた炳霊公は、そちらには見向きもせずに、驚きに目を見開いている姜公に手を差し伸べる。
「やっと見つけた。おい、帰るぞ!」
「でも……」
「あの娘はなんでもないって言ってるだろうが! そんなに信じられないか!?」
「信じてないんじゃない……ただ、不安なんだ」
「何が?」
「だって、僕は千七百年分も、君のことを知らないんだよ?」
遥か昔に別れて千八百年。自分の記憶は、その時で止まっている。自分はそれから何も変わっていない。
「尚」という一からすべてをやり直した存在を取り込んだことで、百年分のこの世界や状況は飲み込めた。けれど、共に過ごせなかった年月はあまりに長すぎる。
「何を今更……早く見つけられなくて、悪かったって言ったじゃないか」
「違う、責めてるんじゃない!」
その間に得るべきだった知識や、共有するはずだった想い。
足りないことが多すぎる自分に、いつか飽きられるのではないか。
何も言われないほど、そんな恐ればかりが増す。
「僕にはとても追いつけない。選ばれた神将でもなければ、大仙でもない。僕は何も返せない。僕は何をしたらいい?」
思ってもいなかった言葉に、炳霊公はしばらく当惑気に黙っていたが、困ったように口を開いた。
「……別に何も。俺は、あの頃のお前に会いたかった。だから、傍に居るだけでいい。――それだけじゃダメなのか?」
逆に尋ね返されて、言葉を失う。
あまりに当然のように言い放たれた言葉。
傍にいるだけでいい……本当に?
立ち尽くした姜公に、炳霊公はもう一度手を差し伸べる。
「さぁ、戻るぞ」
「うん……」
それでもまだ、わずかにためらうと、炳霊公がちらりと後ろを見た。
「勝手に南海竜王の居城に入るのはこれで二度目だ。いくら俺でもやばいんだ」
「あ……」
神界と海界は、領域を異にする。
その境を侵す者には互いに容赦が無い。
炳霊公が、危険を顧みずにここまで来たことにようやく思い至る。
竜宮の兵士たちらしい声と、足音が近づいてくる。
それは、部屋の近くで止まった。
「ち、見つかったか。……やるしかないか?」
竜宮の兵士たちが走りこんできた。
ここで一戦交えれば、神界と海界の関係が変化するのは分かっている。だが……。
兵士たちが、三ツ又の矛を構える。
炳霊公の手が金気を帯びる。
呼び出された莫邪が形を取りかけた時。
「やめなさい、お前たち。彼らは私の友人です。私の客に失礼でしょう」
扉にぶつけた鼻を押さえ、泣きそうな顔で様子を見ていた玉翠だった。
「し、しかし、公子様……」
「もう一度だけ言います。今すぐ出て行きなさい!」
「は、はい!」
一喝されて、兵士たちがうろたえながらも出て行く。
気配がなくなった後、莫邪を戻して、炳霊公が感心したように呟いた。
「……お前って本当に公子だったんだな」
意外そうなセリフに、玉翠が睨みつける。
「失礼な。――言っておくがな、君のためじゃないぞ。君に何かあって泣くのは姜公殿だからだ。忘れるな」
「助かった。礼を言う」
「ふん」

その日、赤い人面魚はちょっとだけ株が上がった。

***

「それで、あの子はなんだったんだい」
朝露を集めただけの澄んだ水を口にして、ほっと一息。
やはり、豪華な料理よりもこういった方が性に合う。
「姜公様の碧玉が竜宮に運ばれてしまったことがありますよね」
「うん」
忘れるはずもない。あれで、人面魚にとりつかれる羽目になったのだから。
「その時に南海竜王様が、しきりに娘さんたちを勧めたらしいんです。竜王様のところは子沢山ですし、炳霊公様と言えば、天界でも指折りの武神将、しかも独り身と分かっていればまぁ当然ですよね」
「う、うん」
内心、穏やかではなかったが、平静を装ってうなずく。
「で、あんまりしつこい上に、碧玉を返そうとしないものだから、天化様はちょっとキレてしまって、南海竜王様に啖呵を切ったんだそうです」
「竜王殿にケンカ売ったのか……」
それは確かに、まずいだろう。
あの怖いもの知らずの炳霊公が、今回さすがに気を使っていたわけがやっと分かった。
下手をしたら、神界と海界との大戦になってしまう。
「で、あのお嬢さんは、その時近くにいてご覧になっていたそうです。南海の覇者である父にケンカを売った姿に惚れたとかなんとか言ってました」
権力に屈せず、どんな相手にも堂々と挑む。戦いでもっとも鮮烈に輝く武神将。
それが、若い娘の目に止まらぬわけがない。
(ちょっと見てみたかったかも)
あの時、捨てられたかもしれないと落ち込んでいたことを思い出す。
自分のために炳霊公が来てくれて、そんな危険まで冒していたことも知らないで。
自分にそんな価値があるとは思えないのに。
そこまでしてくれている炳霊公に自分は何ができるだろう。
――やめた。
自分を卑下して落ち込んで、嫌われる原因を作るなんてくだらない。
いつになるか分からないけれど、少しずつ時間は取り戻していけばいい。
「やれやれ、疲れた」
うんざりしたような顔で戻っていた炳霊公にも、星辰は杯を渡す。
「あの方は? もう海に帰られたのですか?」
「いや、それが……」
「まだいるんですか」
言いよどんだ炳霊公に、星辰の耳が伏せぎみになる。
「どーしても帰るのは嫌だとゴネて、柱にしがみついて離れなかったもんでな。それに、また竜王に、今回のことも大目に見るから、面倒見てくれと言われちまったし」
「……そのまま、お嫁さんにしてくれればラッキーとか考えてるんじゃありませんか?」
「勘弁してくれ――」
本気で辟易している様子に、少しほっとする姜公。伴侶候補に近くに居られて、まんざらでもない顔でもされたら、身の置き所が無い。
「それで、今はどこに……」
「あそこよ」
代わりにマオルが外を指差した。
星辰と姜公が窓から覗いて見ると、宮の前の池が一つ増えていた。
新しい方に、白い人面魚がいた。
隣の赤い人面魚と、ケンカしているようだった。

白亜の宮殿の前の池に、背を向け合った紅白の人面魚。
なんだか、めでたいのか、めでたくないのか、良く分からない光景になっていた。

END


ちょっと姜公、弱ってます(笑)。
暗くなった時って、どんどんマイナス思考になってしまいますよね。
自分に自信がなくなると、このままでいいのか不安ばかりが大きくなって。

たった十年でも、世の中めまぐるしく変わるのに、1800年はあまりにきついのではないかと思いまして。
知り合いがたくさんいるので、まだ気は楽でも、彼らがみんな変わっているのに自分だけ同じ、というのも辛かったり。


まあ、それはともかく。 人面魚、増えちゃいました。どうしましょう。(笑)

【時鳥草(ほととぎす)】
今回のは植物の名前です。花言葉は「永遠にあなたのもの」。


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