「好菜(ハオツァイ)」


妲己との決戦から数ヶ月。
紂王による圧政の影響で、新しい国は極端に人材不足に陥っている。
有能な仕官ほど、妲己が処刑してしまったのだから、当然であった。
今となっては周一の豪族、黄一族が再建の為の指揮官として選ばれたのは当然のこと。
都を立て直すためには、親子のいさかいなどをしている暇などない。
今だけだからと喚きつつ、天化も副司令として割り当てられた軍務や政務をこなしていた。
しかし、時々困ることが起こる。
再建中の都の一つに、見回りを兼ねての滞在。
目新しい客に、料理人がはりきってしまったのだろう。
並べられた、白米や豆、雉肉の料理。
周りの者たちが、うらやましそうな顔をするような品揃えであったが……。
いずれ修行の旅に戻るつもりの天化には、口にできないものばかりだったのである。
……一日程度で、五年の修行を投げ出すつもりはないが、疲れている時にろくに食べられないというのも辛かった。
厨房担当の者にまで話が伝わっていなかったのか、それとも、もう道士ではないと思われてしまったのか。
結局、料理はすべて部下を喜ばせるに終わり、天化は不機嫌に酒をあおるしかなかった。

*

それから数日。
先に気がついたのは天祥だった。
「ねぇ、兄上」
「なんだ、天祥」
「ここのところ、太公望さん、同じ時間にいなくなりますよね」
「……そうか?」
「そうですよ。朝と、夕方。どこに行ってるんでしょう」
――嬋玉と白鶴のいたずらのあおりで、太公望は黄家に居候中である。
妖魔との戦いで傷ついた国土の様子が気になると言って、今回の都の見回りにも同行していた。
文官たちと政務の打ち合わせにも参加し、合間に天祥の勉強も見ているようだった。
そういえば、普段どんな風に過ごしているかなど気にしたこともなかった。
「ま、子供じゃないんだし、心配ねぇだろ」
少なくとも、滞在しているこの都では、あいつのことを知らないヤツはいないし。
危ない目に合う事も無いだろう。
「いい女でも見つけたんじゃねぇか?」
「そんなわけありません!」
兄上じゃあるまいし! と怒鳴られる。
……どうも、最近天祥にまで信用が落ちているようだ。
皆が思っているほど、素行は悪くないつもりなのだが。
天祥は怒って探しに行ってしまった。
なんだか、言動が太公望に似てきたような気がするのは気のせいだろうか。
考えていると、当の本人と廊下でばったりと会った。
「よお」
「お仕事、お疲れさま。天化って結構、人の上に立つの似合ってるね」
「よせよ。今だけだって」
まだ、仙道を断念したわけではない。
しばらく、どこにいるか分からない嬋玉のことやら、天祥の勉強の進み具合やら、他愛ない話をする。
そして天化が、さっきのことを聞いてみようか、と思った時だった。
「あ、時間だ、ごめん!」
突然、太公望が駆け出していってしまった。
これが、『同じ時間にいなくなる』ってやつか?
それにしても、こんなに慌てて、一体誰に会いに行くというのだ。
少しむっとして、後をつけてみる。
滞在している屋敷の、奥の方の部屋の前で、太公望は立ち止まった。
中から出てきたのは、髪をきゅっと上で結いあげた、そこそこの美人の女性だった。
明らかに年上の、姐さんタイプの、気の強そうな。
しばらく笑顔で何やら話していたかと思うと、女の方が太公望の腕を掴んでさらに奥の方にひきずっていく。
話し声は、直に聞こえなくなった。
――女と逢引。
あの太公望が。
あんまりに意外で。
冗談では言ってみたものの、本当は想像もしていなかった。
なんとなく、あいつはそういったことには興味がないような気がしていた。
「あいつも男だったんだなぁ」
ちょっと間の抜けた感想を漏らしてしまう。
しかし、あんな気の強そうな女が好みだったとは。
あれなら、嬋玉や白鶴でも別にいいのでは。
いや別に、人の好みに口は出さないが……。
何故か、もやもやと気分が悪い。
あの女の印象が悪かったのか、黙ってこそこそしている太公望が気に食わないのか。
途中から、自分が何を考えていたのかよく分からなくなって、天化は不機嫌なまま、二人の消えた方に背を向けた。

その日天化は、訓練中にコケるわ、宝貝の取り扱いを間違えるわ、何やら調子がおかしかった。

**

夕食時に、太公望が珍しく隣に来た。
変わらない、いつもの笑顔。
だが、まともに見られない。
――気まずい。
太公望はこの都に残るつもりなのだろうか。
あの女のところに?
こちらが女に関わると、いちいち怒るくせに。自分も好きなようにやっているんじゃないか。
急に腹が立ってくる。
周が落ち着いたら、自分も旅に出てそのうち合流しようと、勝手な計画を立てていた。
なんだか、そんなことを考えていた自分がバカみたいで。
何か聞かれていたようだが、上の空で、適当に答えておく。
それがまずかったか。
ふいに、太公望が叫んだ。
「天化のバカ! 口に合わないなら、はっきりそう言えばいいじゃないか! そんな露骨に無視しなくたって……」
「は?」
言われた意味が分からない。
悲しそうな顔で、太公望がふくれかえっていた。
「何だって?」
「……おいしくなかったから、怒ってるんだろう?」
「へ?」
太公望が、ようやく、アレ?という顔になった。
「違うのかい?」
「違うと思うが――」
話がかみ合わない。
どうやら、今食べている食事のことを言っているようだ。
しかし、なんで太公望がそんなことを気にするのか……。
少し考えて、ようやく思い当たった。
初日に、あれだけ困った料理を出したのに、翌日から急にまともになったワケ。
的確な助言をする者がいたからに決まっている。
さらには……。
「もしかして、コレ、お前が作ったのか」
「もしかしなくても、そうだよ」
「じゃあ、毎日あの女に会いに行ってたのって……」
「香蘭さんのこと? ここの食事係のお姐さんだよ。最初の日に、天化が食事を全部残しただろう。道士がどんなもの食べるのか分からないって言うから、あれから僕が作ってたんだけど――」
自分の分のついでだったし、と言って、改めて心配そうな顔をするのには、苦笑するしかない。
なんだか急にほっとした。
そんな自分にかなり驚いて。
「天化?」
「――真好吃(うまかったよ)」
その言葉に、太公望はにこりと笑った。
例の女性に向けられていた社交的な笑顔とはまったく違っていた。


END

これからも作ってくれなんて言ったら、プロポーズですね。あと一押し!(笑)
ああ、いいなぁ、料理のうまい人。
天化さんも、師匠に作っていたっぽいので、結構うまそうです。
舌が肥えてる人って、自分の料理にもこだわりそう。

えーと、すいません。
太公望さん、浮気にもなんにもなりませんでした。(^^;
やっぱりムリだったみたい(笑)

「好菜(ハオツァイ)」 好=おいしい、菜=料理


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