「好菜(ハオツァイ)弐」
天化が派遣された都に、太公望は遅れて到着した。
もう夕暮れになっていたので、顔を見せるのは明日にしようと思った時だった。
幕営の外れで、夜空を眺めている人間が居るのに気づいた。
髪をまとめあげた、気の強そうな女性だった。
ちょっと嬋玉に似ていると思った。
意思の強そうな目。
普段なら、溜息一つつきそうに無い雰囲気なのに。
何があったのだろう。気になって、近づいてみる。
「どうなさいました?」
突然現れた青年に彼女は驚いたようだったが、それ以上に悩みの方が重大だったらしい。
大きく肩を落として、怒鳴るように言う。
「都の副司令が、私の作った料理に手をつけなかったっていうのよ!」
この女性は、こちらの軍の賄い担当なのだろう。
あたしの料理が食えないと言うのか、冗談じゃない! と喚く女性。決して、悲しんではいないところがすごい。
都の副司令と言えば、天化のことに違いない。
彼は、人が作ってくれたものを残すような人間ではないはずだが。
(注:嬋玉を除く)
「どんな料理を出されたのです?」
「金醤鶏、蠣油牛肉、油爆蝦、糖醋排骨、紅焼素鮑、芙蓉蟹よっ!」
どうだ! と言わんばかりに、声高に叫ぶ。
名前だけではよく分からないが、とりあえず、気合の入った豪華料理だということは分かる。
そして、天化が口にしなかったという原因も……。
「あのう、お姉さん」
「あたし? 香蘭よ」
「香蘭さん。……新しく来た司令が道士だってご存知ですか?」
「――何それ」
「えーと、仙人になるための修行をしている者のことで……」
「そんなの子供でも知ってるわよ! あたしが言っているのは、なんで都の副司令が、道士なのかってこと!」
確かに、一般の人から見れば、不思議なことかもしれない。
立場上、天化は仙界の道士ではなく、朝歌の名門黄一族の長男として動いている。
出奔していた黄家の跡取が家に戻ったことは知っていても、彼が道士の修行をしていたことを知る者は少ない。
えー、やだ、道士様なんて見たこと無い! と喚く香蘭。
(いえ、僕も道士なんですけど)
今更そうとは言えず、溜息をつく太公望。
こちらには、政務の相談役として訪れたはずの太公望は、何故か賄い頭の相談役として厨房に連れこまれてしまった。
*
夕餉に口をつけなかったとすれば、きっとお腹をすかせているに違いない。
材料を分けてもらって、簡単な煮物を作る。
こういったことは、西岐軍に居た時も交代でしていたし、仙界に居た時もやっていた。
自分の為に作るよりは、人の為に作る方が楽しい。
大切な人の為ならば、なおさら。
出来た料理の味見をしようとして、太公望はふと手を止めた。
何故か、口が食べることを拒否している。
ただの煮物なのに。
別に変なものなど入っていないはずなのに。
しばらく考えてから、太公望は傍らで明日の朝食の準備を始めている香蘭に尋ねた。
「……香蘭さん……この鍋に何か入れました?」
香蘭は、あら、気づいたの、エライじゃない! という顔で笑った。
「豚足で取った特製の出汁(だし)よ!」
――この女性は、人の話を聞いていたのだろうか。
こんなところまで嬋玉に似ているのは、ちょっと……。
(天化、ごめん。今日は我慢して)
作り直すには、もう遅すぎる。
太公望が作った料理は、兵士たちの夜食になった。
**
それから数日後。
太公望は、夕餉に同席した。
ここのところ、天化は何やら機嫌が悪そうだった。
てっきり、忙しすぎるせいと思っていたのだが……。
この都の司令も決まり、再建のメドも立った。明日には都に帰れる。
天化も少しは余裕が出来たはずなのに。
生返事をするばかりで、全然人の話を聞いていないようだった。
そっけなく、冷たい。
――久しぶりに会えたのに。
くやしいよりも、悲しくなって。
思わず叫んでしまった。
「天化のバカ! 口に合わないなら、はっきりそう言えばいいじゃないか! そんな露骨に無視しなくたって……」
まずいならまずいと、はっきり言ってくれた方がましだ。
そうすれば、違う料理を作ることもできたのに。
……誰かのために物を作るのは楽しかった。
けれど、相手が喜んでくれないのなら、それはなんの意味も無い。
「は? 何だって?」
「……おいしくなかったから、怒ってるんだろう?」
「へ?」
気を許した仲間だけが見ることができる、少々間の抜けた表情。
本当に驚いているようだ。
太公望は、ようやく天化が別のことを考えていたことに気づいた。
「違うのかい?」
「違うと思うが――」
話がかみ合わない。
「もしかして、コレ、お前が作ったのか」
天化が、食べ終わった料理を指さす。
上の空でも、きちんと残さず食べてくれていた。
「もしかしなくても、そうだよ」
「じゃあ、毎日あの女に会いに行ってたのって……」
毎日と言うと、香蘭のことだろうか。
何故ここで彼女が出てくるのか、よく分からない。
それに、どうして天化が彼女のことを知っているのだろう。
……もしかして、彼女にまで手を出していたのか。
この節操無し!
むっとしながらも、一応説明する。
「香蘭さんのこと? ここの食事係のお姐さんだよ。最初の日に、天化が食事を全部残しただろう。道士がどんなもの食べるのか分からないって言うから、あれから僕が作ってたんだけど――」
しばらく目を丸くしていた天化が、急に笑い出した。
自分はおかしなことでも言っただろうか?
それとも、今日作った料理に、笑いダケでも……。
(注:笑いダケは本当に笑うわけじゃーありません)
「天化?」
うろたえる太公望に、天化は笑いを収めて言った。
「――真好吃(うまかったよ)、謝々」
天化は嘘は言わない。
本気でなければ、礼を言うことも無い。
……礼を言って欲しくて作ったわけではないけれど。
人に喜んでもらえるのは嬉しい。
大切な人ならなおさら。
「不客気(どういたしまして)」
太公望はほっとして、笑顔で答えた。
――その後天化は、香蘭との関係について、太公望にたっぷりしぼられた。
太公望との仲を疑ったという説明抜きで誤解を解くのは、至難の技だったらしい。
END
「好菜」がえらくさっぱりした話になってしまったので、もう一本書いてみました。
……100本越えたら、なんか「無理やり終わらせなくてもいいやー」と開き直ってしまいました。
どうしましょう。
誰か止めて下さい(笑)。
香蘭には、太公望は、天化のイイ人だと思いこまれていたりして。
だってほら、綺麗な格好してるし。
天化のこと呼び捨てだし、料理まで作るし(笑)
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