夢現
「……天化?」
「なんだよ」
「だって、君――いや、なんでもない」
「ヘンな奴。どうせ夢でも見たんだろ」
「夢……そうだね、夢だ」
ヒドイ夢。
君ガ死ンデシマウナンテ。
デモ、夢デ良カッタ。
「さて、次はどこに行く」
「西に行くって言ったじゃないか」
「そうだったな、行ける所まで行ってみるか」
ほら、早く、と手を差し伸べられる。
ほっとして、その手を取ろうとした時、あたりの様子が突然変わった。
誰もいない。
暗闇に一人きり。
違う、これは夢だ。
だって、彼は傍らに居てくれたはず。
いつも側に、いた、はず……。
――チガウヨ、ソレハ夢ダ。
紅い炎があたりを取り巻いた。
――ダッテ、彼ハ死ンダジャナイカ。目ノ前デ。
鮮やかな紅蓮は何もかもを焼き尽くして。
目の前で、炎の中に消えた、彼。
もう、どこにも、いない……。
夜のしじまに声のない叫びが響き渡った。
†
「どうした!?」
闇を切り裂いた、悲鳴のような気配。
宮の一室に、炳霊公は駆け込んだ。
そこは、姜公のために用意された部屋。
長い年月を経て、ようやく見つけた人の。
1800年の空白があるとは思えないほど、姜公は新しい世界に溶け込むのが早く、落ち着いて見えた。
神界に来てからも、昔と変わらず、穏やかに微笑んでいた。
それなのに。
夜目にもがたがたと震えているのが分かる。
「一体、どう――」
目に宿るのは、紛れもない恐怖。
妲己や蚩尤、そしてアスラを前にした時でさえ、怯えの表情一つ見せなかったのに。
「炎が……」
かすれた悲鳴。
「天化、嫌だ、行かないで――!」
「しっかりしろ、俺はここに……」
しかし、その手は振り払われた。
さまよう視線が探すのは、炳霊公ではなく、過去の友人の姿。
様子を見ていた星辰が、何か呪を唱えた。
「天化様、どいて」
「星辰?」
その姿がふいに変わる。
遠い昔に会った時の、人間の少年に化けようとして、耳もしっぽも出ていた小さな狐。
ぱたぱたと姜公の元へ駆け寄り、その手をつかむ。
「あにさま、僕が分かります?」
驚いていたマオルも、事態を飲み込んで変化する。
「みゃあ!」
元の……昔の、まだ人の姿も取れなかった頃の仔猫の姿に。
とびついてきた懐かしい姿を見て、混乱しきっていた目に、正気の色が戻り始める。
「大丈夫、悪い夢を見ただけですよ。落ち着いて下さい。――天化様がいる、『ここ』が現実です」
その言葉に、少しずつ、呼吸が収まっていく。
あえて外されていた視線が、ようやく炳霊公に止まった。
今度は、まっすぐにこちらを見ている。
まだ姿に違和感を感じるのか、その目には少し訝しげな色が混じっているけれども。だんだんと、その紫の瞳が本来の穏やかさを取り戻していく。
「よかった、夢だったんだ……」
心底ほっとしたように、呟く。
「天化――」
「ああ、ここにいる」
差し伸べた手を、指が白くなるほどしっかりと握りしめる。
こうしていないと、失ってしまうとでも言いたげに。
「まだ朝まである。眠った方がいい」
「眠くない……」
そんなはずはないだろう。
疲れ果てた顔をして。
眠りたくないのだ。――また恐ろしい夢を見そうで。
星辰が、細い煙を上げる香炉を持ってきた。
眠りと沈静の効果がある香。
しばらくすると、指の力がゆるんだ。
今度は夢も見ないで眠れるだろう。
「姜公様は、まだ現在(いま)よりも過去(むかし)の方が近いんです。長い間夢を見続けてこられたから、きっと混乱してしまったんでしょう」
「俺たちにはあれから1800年もたっていても、あいつにとっては、『俺が死んでからまだ数ヶ月』なんだな……」
自分はあの時、天命に逆らってでも生き延びるべきだった。
あんな顔をさせるくらいなら。
「こいつが、あんまり『普通』だったから忘れかけてた」
「姜公様は、心が強いから。ぎりぎりまで堪えてしまうんですね。――大丈夫、直に、過去(むかし)よりも現在(いま)の方が近くなりますよ」
「星辰、お前はすごいな。――いてくれて良かった」
多分、自分だけではどうしたらいいのか分からなかった。
咄嗟に昔の姿をとることなど思いつきもしなかった。たとえ、考えたとしても恐らく変化はできなかった。
……過去(むかし)の自分は、もう思い出せないほど遠い。
「今度目を覚まされた時、そばに居てあげて下さいね」
にこりと微笑んで、星辰は部屋を出ていった。ここに残ると喚く猫娘を引きずって。
もう二度と、置いていったりしない。
それは、再会できたら告げようと思っていた新しい約束。
目が覚めたら伝えるから。
せめて今はゆっくりと眠れるように。
起こさないように気をつけながら、炳霊公は涙に濡れた頬に口付けた。
END
普段、西遊記モノ書くときには、説明文のところは炳霊公・姜公、
会話の呼びかけは天化・太公望と書き分けているのですが、
今回は現在(いま)を炳霊公・姜公、過去(むかし)を天化・太公望と分けてみました。
こーゆーところは、結構気を使ってます。
……ってンなことはどうでもよくて。
姜公にとっては、天化が死んだことも、再会できたということも、現実。
けれど、目覚めたばかりの時には、現在(いま)よりも過去(むかし)の方が強くて。
姿の違う仲間たちや、慣れない神界の方が夢のようで。
1800年のブランクという負い目もあるし、かなり参ってる様子。
尚を取り込んで100年分の記憶と実体を持って、、さらに自分の仕事を見つけて
(人から奪い取って?(笑))、ようやく一安心。というところでしょうか。
――あれ、一緒に寝てないの? なんていう大人な質問は却下(笑)。
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