「帰り花」
「空木(うつぎ)の帰り花……か」
腰ほどの潅木に、ひっそりと咲く白い花。
趙公明は、伸ばした手を、考え直して引いた。
……季節はずれに咲いた花など、きっとすぐに枯れてしまう。
『花は、そのまま咲いているのが一番美しい』
そう言ったのは、共に修行した親友だったか。
敵には容赦がない癖に、自分に属するものをひどく大切にする奴だった。
紂王は、聞仲にとっては弟のような存在。
だからこそ、紂王の敵である太公望と相容れることができず、同じ目的を持ちながら対決することになってしまった。
本当の敵が妲己と分かっていながら。
あいつはそういう奴だった。
そんな生き方しかできなかった。
だから、こんな結果になってしまったのだ。
それは理解できる。
しかし、納得できないのは。
この戦いも、命を落とした者も、その運命が天命で決まっていたらしいということだ。
太公望の持つ封神傍。
あれに名を連ねた者は、どうあがこうと、封神される運命にあるという。
聞仲の名もその中にあると知った時、嫌な疑問が首をもたげた。
果たして聞仲は自分の意思で戦っていたのだろうか。
封神傍などという、天界と仙界のお偉方が勝手に決めたリストに操られたのでは。
そして、もしかしたら、自分も?
そんな疑いが膨れ上がる。
(ああ、ちくしょう、俺はこういうことを考えるのは向いてねぇんだよ!)
苛々して、誰かに当り散らしたくなる。
こんな時、あの天化とかいう奴がいれば、いいケンカ相手になるのだが。もっとも、ケンカだけで済むかは保証できない。
ふいに、人の気配を感じた。
雨の後、陣から離れた山の中に来ているのは、自分くらいだと思っていた。
気配を辿ってみると、小さな姿が目に入った。
崖から身を乗り出しているのは、西岐軍でも歳若い、黄家の末っ子……天祥。
崖の先に生えている花に手を伸ばしている。
(あ、あぶねぇ……!)
雨で地盤が緩んでいたのだろう。
崖の手前から、岩場ががらりと崩れた。
天祥の身体が宙に浮く。
考える間もなく、趙公明はその後を追っていた。
呪を唱えつつ、落下する少年の帯を掴む。
多少重かったが、得意の浮遊術を打ち消すほどではない。
少し高いところから飛び降りたくらいのスピードで、崖下に着地した。
「おいおい、無茶すんじゃねぇよ。こんなところで死ぬつもりか? ……アニキが血の気なくなってるぜ」
崖下には、天化が駆けつけていた。
離れたところから、様子を見ていたのだろう。
しかし、趙公明がいなかったら間に合わなかった。
確実に、目の前で――。
「兄上……」
「このバカ、一体何をしているんだ!」
「ご、ごめんなさい」
天祥は、ようやく自分の状況が把握できたらしく、兄に殴られるのを覚悟して、ぎゅっと目をつぶっている。
だが、天化はそれ以上怒ろうとはせず、小声で呟いた。
「――無事で良かった」
それは心からの言葉だった。
かすかに震えていたのは気のせいではあるまい。
そして、公明に向き直るなり、迷いもせずに頭を下げる。
「感謝する」
……自分のことでは、絶対に人に頭を下げることなどないであろう男が。
「何、いいってことよ。それより天祥。その花、誰にやるつもりなんだ、え?」
一人前に色気づきやがってと、ニヤニヤしながら公明が尋ねる。
崖から落ちても、天祥は根元から掘り上げた花を、しっかり抱きしめていたのだ。
「白い花が好きだって言ってたから、瓊霄ちゃんにと思って……」
その言葉に、公明が破顔する。
「そ、そうか! 行って来い! 早く行って来い、な! 瓊霄の奴、喜ぶぜ!!」
がんばれよー! と見送った後、公明は天化を振り返った。
「あのガキ、お前の弟にしちゃあ、ホントに目が高いよなぁ、おい!」
――身内びいき、ここに極まれり、である。
(この兄バカ……)
他人のことは言えないが、こいつほどではないと天化は心の内で呟く。
天祥の方はどう見ても、友達に上げようと思って、程度に違いないのに。
まぁ、わざわざ機嫌を損ねることもあるまい。
「俺たちみたいな人間を殺すのに、武器はいらねぇな」
しみじみと、公明が言う。
「弟妹を人質に取られたら、死ねと言われれば死ぬだろうよ」
「そうかもしれないな」
――多分、聞仲もそうだったのだ。
公明は考える。
誰になんと言われようと。
心の底では、間違っていると分かっていても。
自分の「弟」を見捨てることなどできなかったのだ。
すでに滅びを予言され、破滅への道をつき進む商。
正しい方向に戻そうとしていた聞仲は、時期を逸した帰り花だった。
どんなに一人あがいても、逆流では、回りがついてこれない。
溜息をついた公明に、天化が口を開いた。
「天祥を助けてくれた礼だ。あんたが知りたがっていることを教えてやる」
「ん?」
「封神傍には、俺の名がある」
「な……なんだそりゃ!? 封神榜ってのは、妖魔退治の為に作られて、そのついでに崑崙派が九竜派をつぶすために手を加えたんだろうが! なんでお前が入ってるんだよ!?」
「俺だけじゃない。この西岐軍のほとんどと――恐らく、あんたの名も載っている」
「……どういうことだ?」
「封神計画は、ただの妖魔退治のリストじゃない。ましてや、崑崙派による、九竜派の殲滅作戦でもない。――新しく作る神界の役人集めさ」
人間界から中途半端な実力者たちを放逐し、逆に神界に必要な人員を集めるために。
「だが、封神ったって、死ぬことには変わりない。太公望は、あんたと対決した時、何度も戦いたくないと言っていただろう。あいつは、天命を遂行しようとしているんじゃない。一人でも多く生かすために、天命を覆そうと戦っている」
予想もしなかった結論に、公明は絶句する。
太公望は、戦いを止めろと言い続けていた。
あれは、天命に従って戦いの中で死を迎えるはずの自分を、助けようとしていたのか。
敵であるにも関わらず。
それが聞仲にも向けられていたであろうことを、想像するのは易かった。
あいつが耳を傾けず、天命に殉じてしまったのは――決して、太公望のせいではない。
「とんでもねぇな……。あの大将には荷が重いぜ」
「ああ、まったくだ」
「神界だかなんだか知らねぇが、思い通りになってたまるかよ。こうなったら、とことん逆らってやろうぜ、その天命とやらに。」
「……もちろんだ」
ニヤリと不敵に笑う天化に、公明は肩をすくめる。
「それにしても、なんだって俺がそれを知りたがっていると分かったんだ?」
「俺とあんたは似ているんだそうだ」
「ほう?」
「今の答えが、俺の知りたかったことだからさ」
「なるほどな」
確かに似ているかもしれない。
答えを知ったからといって、怯えも逃げもせず。
最後の最後まで抗い続けるだろう。
……途中で消えた人間の分まで。
「ところで、さっきから、なんかいい匂いがするんだけどな」
趙公明の鼻の良さに苦笑して、天化が後ろ手に持っていたものを取り出す。
一本の瓶子だった。
柔らかな匂いが散る。
「ほお、茘枝(レイシ)の酒か?」
「うちの師匠が土産に持たせてくれた」
用意していた杯を投げ、その場に坐る。
月見酒には少々肌寒いが、下手に本陣などに持っていくと、情緒もへったくれもない酒飲み共に、飲み干されてしまう。
瓶子が空になった頃。
「あーっ! こら、また二人共、隠れてお酒なんか飲んで!」
そろそろ来るだろうと思っていた、聞き慣れた声が響いた。
「来た来た!」
「逃げるぞ!」
反射的に、脱兎の如く逃げ出す二人。
背後の軽い足音が聞こえなくなってから、二人はようやく草の上に転がった。
「……ところで、なんで俺たちは、あの大将から逃げてんだ?」
ニ対一で負けるわけもないのに。
「……ヤツの本当の恐ろしさを、身をもって知ってるからだろ」
天化が、空になった瓶子を見せる。
恐怖の記憶を蘇らせるのは、それで十分だった。
「――納得」
顔を見合わせて、どちらからともなく笑い出す。
同じ被害にあった者ならではの連帯感。
派閥の違いも、思想の違いも脇にどけて、少なくとも今は、間違いなく「仲間」だった。
抗えば、逆流でも少しずつ流れは変わる。
帰り花が一つしか咲かないとは言いきれないのだから。
覆して見せる。
理不尽な天命など。
一人でなければ、それも可能に違いない。
おまけ
翌日、走ったせいで二日酔いとなり、寝込んだ二人の元に、心のこもった料理が届けられた。
嬋玉からだった。
怒った太公望は、途中で食い止めてくれなかったらしい。
「これも天命かよ!?」
「納得できねぇ!」
――ニ、三日うなされる羽目になり、二人は、太公望には逆らってはいけないと改めて思い知った。
END
【茘枝(レイシ)酒】
茘枝はライチのこと。
【帰り花】
初冬の小春日和(びより)に咲く季節はずれの花。返り咲きの花。
実は帰り花には、もう一つ意味があるのですが……。
こういうこと言うと、ししょーに怒られちゃう。
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