「狐祭り」


霧が出てきた。
辺りが真っ白になる。
水を汲みに、少し離れただけなのに。
本陣の位置が分からなくなる。
方向感覚がおかしい。
(どうしよう、下手に動かない方がいいのかな)
手桶を抱えたまま、天祥は考える。
途方に暮れて、辺りを見まわすが、白い闇は濃くなるばかりで何も見えない。
「わっ!?」
突然、前から飛び出してきた者と、ぶつかりそうになった。
同じくらいの年齢の少年だった。
毛先が濃い色になっている金茶色の髪に、綺麗な琥珀の眼。
こぼれそうな大きな目でじっと天祥を見つめ、尋ねる。
「人間ですか?」
「は?」
不思議な問いになんと言い返したものかしばらく悩み、天祥も妙な返答をしてしまう。
「君、人間じゃないの?」
「はい」
あまりにも素直な、当然と言いたげな答えに、さらに困惑する。
しかし、少年は別のことが気になっているようだった。
「どうしよう、結界の中に人間がいるってバレたら大変です」
きょろきょろと辺りを見まわし、ぽんと手を叩く。
「……そうだ」
ぽかんと見守る前で、少年は枯れて風にそよいでいるススキを数本摘んできた。
それを束ねて、天祥の腰帯の後ろにくくりつける。
まるで尻尾のように。
次に、枯葉を二枚取ってくると、天祥の頭に差し込んだ。
まるで耳のように。
「髪は下ろしておいてください。ホンモノの耳が見えたら、バレちゃいます」
とは言われても。
思わず天祥は吹き出す。
いくらなんでも、こんなもので騙せるはずもないだろう。
人間でも、狐でも。
それでも面白いので、言うとおりに髪を下ろして「ホンモノ」の耳を隠す。
「どうするの?」
「ちょっと待ってね……」
狐の少年は、何やら呪文を唱え始めた。
あんまり真剣な表情なので、天祥もおとなしく次の言葉を待ってみる。
ちょっとだけ、何か危ない呪いだったらどうしよう、とか思ったのだが。
この少年が悪いヤツとは思えない。
「よし、出来た!」
嬉しそうな声に、はっと我に返る。
別に何も変わってはいないようだが……。
自分の後ろに目をやって驚いた。
お尻のあたりに、綺麗なこげ茶色のしっぽが「生えて」いた。
「ほら」
渡されたのは、磨き上げられた銀色の手鏡。
映った自分の顔の上には、ちょこんと垂れ気味の耳が乗っている。
「ええっ!?」
あわててしっぽに手をやると、触れた手触りは毛並みではなく、さきほどのススキの穂だった。
「ただのめくらましです。僕じゃまだ、手触りまでは変えられないです」
「でもすごいや!」
「これで、多分、僕の仲間に会っても大丈夫だと思います。祭りが終わるまで結界は解かれないから、それまで我慢してくださいね。その後で送ってあげます」
「……見つかったら、殺されちゃうのかな?」
「僕の仲間はそんなことしないです。でも、儀式を人間に見られたって分かったら、きっと閉じ込められちゃいます」
「……どうして君は、僕を助けてくれるの?」
「――僕、人間に助けてもらいました。人間にもいい人がいるって知ってます。――ね、あなたのお名前は?」
「僕、天祥」
言ってしまってから、もしかしてまずかったかなと思う。
本当の名を使って呪いをかけるのは、妖魔の常套手段だから。
けれど、そんなことを考えてしまったのが恥ずかしくなるような笑顔で、少年が答えた。
「僕は星辰。よろしくです」

*

狐と言うと、どうしても戦っている相手……妲己を連想してしまう。
残酷で、冷酷な妖魔。
人間にも化けられる狐たちの儀式ということで、天祥はかなり緊張していたのだが……。
この辺りの狐たちは、妲己たちとはまるで異なるようだった。
行っているのも、自分たちが住んでいる場所の平穏と、天界への連絡を行う為の儀式。
恨みや呪いなどとは縁のない、静かな荘厳な祭りだった。
何人もの大人たちとすれ違ったが、彼らはおや? という表情をしただけで何も言わなかった。
天祥は、彼らがわざと見逃してくれているような気がした。
子狐の術に、天狐と呼ばれるほどの霊力を持つ上位の獣たちがごまかされるとは思えない。
多分、それは間違っていなかっただろう。
彼らは妲己とは違う。
いや、妲己が彼らとは、違いすぎるのかもしれない。
多分、この戦いが終わったら、彼らとはうまくやっていける。
……人間が、この世界に住んでいるのが自分たちだけではないことを忘れなければ――。

**

祭りが終わって、霧が風に追われるように晴れ渡った。
星辰に案内されて、見覚えのある場所に出る。
「すっかり遅くなっちゃった。兄上に怒られるかな」
「ごめんなさい。もっと早く送れればよかったんですけど」
「全然! だって、星辰は助けてくれたんだもん。ホントにありがとう」
星辰は、とても照れくさそうな、嬉しそうな笑顔になる。
「……あ、人の気配がします」
指差す方に、見慣れた姿があった。
「兄上だ!」
心配して探しにきてくれたのだろうか。
こちらには、まだ気づいていない。
「ね、星辰。僕に化けられる?」
「……できないことはないです……」
「やってみて!」
困ったように天祥をじっと眺めた後、また何か呪を唱える。
一瞬で姿が変わった。
着ている服も、天祥と同じものに。
やはり、めくらましだから、触れば分かるのだろうけど。
人の目を惑わせるには、十分過ぎるほどだった。
「天祥くんの、耳としっぽ、取らなきゃ」
「ううん、これはこのままでいいや」
顔を見合わせて、くすんと笑う。
そして、二人して、目的の人の前に飛び出した。
「「兄上ー!」」
「天祥! 一体どこに行って……お?」
目の前に現れた少年たちに、兄はぎょっとしたようだった。
天祥が二人。
しかも片方は、しっぽと耳がついている。
見た目で考えれば、当然……
耳としっぽがない方をひょいと抱え上げて、肩に乗せる。
その様子を見て、天祥は自分で仕掛けておきながら、ショックを受けている自分に気づいた。
兄なら、きっと分かってくれると思っていたのだ。
自分は兄の「特別」なはずだから。
それなのに……。
急に悲しくなって、しっぽを投げ捨てて、飛びつきたくなる。
だが。
顔色一つ変えず、兄は抱えた少年に言った。
「見事なもんだ、あの時の狐だろ?」
「お久しぶりです、兄様(あにさま)」
「随分うまく化けられるようになったじゃないか」
「はい、練習しました!」
そのやりとりに、天祥はびっくりした。
「星辰、兄上と知り合いだったの?」
「前に一度な」
「あの時はありがとうでした」
それでは、星辰を助けた人間というのは、兄のことだったのか。
「星辰は僕を助けてくれたんです。僕、彼らの大切なお祭りにまぎれこんじゃったらしくて。ここまで送ってくれました」
「そうか。弟が世話をかけたな」
「いいえ」
星辰が、とても嬉しそうに笑う。
兄もいつもの鋭さがない。仲間たちにさえ、結構キツく接しているのに。
……あの目で見てもらえるのは自分だけのはずなのに。
「ぼく、そろそろ帰らなきゃ」
天祥の思いを察したような星辰の言葉にどきりとする。
ぴょんと、兄の腕から飛び降りて、星辰がぺこりと頭を下げた。
「……天祥くん、楽しかったです。またね」
くるんと身を翻すと、たちまち、その姿は霧の中に消えた。
「さよなら――」
見えなくなった姿に手を振って、天祥はほっとしている自分に驚く。
同じくらいの友達が出来て嬉しかった。
けれど、別れて寂しく思っているのと同じくらい、いなくなったことに安堵していた。
「本当にお前が二人いたみたいだったな」
「すぐに分かりました?」
「当たり前だろ、弟を見分けられなくてどうするよ」
「ごめんなさい……」
「ん?」
心配かけて。
その上、試そうとして。
「さ、戻るぞ」
「はい!」
戦いが終われば、またきっと旅に出てしまうけれど。
もう少しだけ、僕だけの兄でいてくれますように。
心の中で祈りながら、天祥は兄の袖をつかんで歩き出した。

その後、兄は、「ずるい、僕も会いたかったのに」と、
自軍の大将にしばきたおされていた。


END


久しぶりに天祥君であります。 普段は天化の兄バカが目立ちますが(笑)、天祥のアニキっ子も相当なもんじゃないかと。
天化に恋人ができたら、「不肖の兄をよろしく」と大人な発言しそうですが(笑)
逆に自分と同じくらいの「可愛がられる」タイプがいたら、大変そう。
ヤキモチ焼いて、すねまくり。……そんな天祥君も書いてみたい。

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