「四神相応」


一人、剣の鍛錬をしていた天化は、視線を感じて手を止めた。
正体は分かっている。
何やら最近、雷震子がつきまとっているのだ。
今も、木の影から、じーっとこちらを覗いている。
……やりにくい。
「おい、一体なんの用なんだ?」
「あれ。みつかっちゃったのだ」
別に怖がるわけでもなく、とてとてと駆け寄ってくる。
この人見知りのなさは、軍最強と言ってもいい。
「らいちゃんね、けんをおしえてほしいのだ」
「は?」
「らいちゃんも、とりさんをよびたいのだー」
……なるほど。
先日、目の前で使って見せた四神技、朱雀のことのようだ。
雷震子の持つ金棍は、打撃系の武器。呼び出すとしたら、白虎になる。
鳥と友達である雷震子は、朱雀がいたく気に入ったらしい。
「てんかちゃん、おしえて〜」
「冗談だろ。他の奴に習えよ」
「とりさんよべるの、てんかちゃんだけだもん。おしえて、おしえて〜っ」
放っておくと、いつまでもへばりついて喚いていそうな雷震子に、たまりかねて叫ぶ。
「ええい、やかましい! 分かった、勝手にしろ!」
結局のところ、天化は年下に結構甘いのだった。

*

「もっと腰落として。腕先だけで振らない!」
「はーい。えい、えい!」
合間を見て、天化は雷震子の相手をするようになった。
まだまだ子供の遊び程度の腕だが、雷震子は筋がいい。
このまま続ければ、直に一通りの技もこなせるようになるだろう。
「やあ、天祥」
「太公望さん」
「いつまで続くかと思ったけど、天化って意外と面倒見いいよね」
邪魔しないように、少し離れたところから、訓練の様子を伺う天祥と太公望。
「兄上たちも、よく天化兄上から教わってましたから」
「兄上たちって……」
「僕、四人兄弟でしたから。天化兄上の下に、二人いたんです」
何故過去形なのかは聞けなかった。
太公望は朝歌での惨劇を見ている。
黄一族がどのような目にあったのか、想像するのは難しくなかった。
「……僕は小さすぎて、相手してもらえなかったんです。悔しかったな」
天化が出奔したのは十年近く前と聞く。当時、まだ天祥は雷震子くらいのはず。
覚えている方がすごいかもしれないのに。
それだけ、長兄の印象が強かったということか。
「天祥も一緒に教えてもらえばいいのに」
「え? でも……」
「ほら、行っておいで」
自分が、とてもうらやましそうな顔をして雷震子を見ていることに、天祥は気づいていないのだろう。
肩を押されて、そのまま二人の前に出てしまい、焦りまくっている。
天祥は、自分の立場をよく分かっていて、とてもしっかりしているけれど。
戦いのない時くらい、もう少し周りに甘えてもいいと思う。

――という判断で、太公望は、天化が那咤まで交じったお子様集団から逃げ惑っているのを、にこにこしながら見守っていた。

**

それからと言うものの。
雷震子の朱雀=剣への執着を、天化としてはかなり大目にみていたのだが。
質より量の敵との戦闘の際に、雷震子が大きな剣を扱いきれず、危うく敵に両断されかかるに至ってとうとう怒りが炸裂した。
「いいかげんにしろ! 向き不向きってもんがあるだろう! 実戦の時には、使い慣れている武器にしておけ、死ぬぞ!!」
「やーっ! とりさんよぶまで、ぜったいにやー!!」
雷震子は幼い上に、まだ殺されるかもしれないという実感が伴っていないようだ。
「雷震子!」
「やだーっ、てんかちゃんのいじわる!」
「いじ……あ、こら!!」
剣を抱えたまま、ぱたぱたと飛んでいってしまう雷震子に舌打ちする。
一体、どう説得したものか。
「兄上が怒るから、よけいにムキになっちゃったみたいですね」
素直に弓に戻っている天祥が、苦笑する。
こちらは、自分の立場も、得意な武器も心得ている。
まぁ、五歳の子供に、大人になれというのも酷な話だが。
「飽きるのを待つか、本当に朱雀を呼べるようになるまで、ムリなんじゃないですか?」
「……っつってもな。危ないのはあいつだぞ。いつも、誰かが見てるとは限らねぇだろうが」
「それはそうですけど――」
「あ、ちくしょう!」
言っている側から、飛んでいった雷震子に目をつけた弓兵が、弓を引き絞ってるのが目に入る。
この距離では間に合わない。
使いたくなかったが、仕方ない。
「行け、朱雀!」
呼び出された炎の鳥が、雷震子の前の敵を打ち倒す。
空中で固まっていた雷震子が、くるりと振り返った。敵に驚いて怯えていたかと思いきや……。
「てんかちゃん! やっぱりとりさん、かっこいい!」
怒られたことも忘れて、飛びついてくる。
また朱雀への執着を増してしまった。これだから、使いたくなかったのだ。
頭を抱える天化に、苦笑する天祥。
その時。
「誰か、助けてくれ!」
聞き慣れた声。
けれど初めて聞く、援護を求める言葉。
「太公望さん!?」
「なんだ!?」
川を挟んだ向こう岸で、大剣をふるう半犬の妖魔と、大将が相対していた。
太公望は、見かけによらず腕が立つ。
いつもなら、あれくらいの敵は一人で倒しているはずなのに。どこか怪我でもしたのだろうか。
この距離では、朱雀も届かない。
「天祥!」
「だめです! 岩が邪魔で、僕のところからは矢が届きません!」
駆けつけようにも、川を渡れるところがない。
このままでは、見ている前でむざむざと……。
「助けてくれ、雷震子!」
二度目の叫びで、天化は、おや? と動きを止めた。
よりによって、その状況で、雷震子を呼ぶか?
もちろん、雷震子なら飛んで川を渡ることができるが。
――もしかして。
剣を抱えておろおろしている雷震子に向かって叫ぶ。
「金棍を使え! そいつなら、届く!」
言われて初めて気がついたのか、雷震子はあわてて使い慣れた武器に持ち変える。
そして、気合の一撃。
「えーい、金棍!」
宝貝の放つ金色の光が、河を波立たせ、川向こうの大地を削り、見事、大将を切り捨てようとしていた妖魔に命中した。
ついでに崩れた岩が河を埋め、道ができる。
そこを、とんとん、と軽い足取りで渡ってきた太公望が、雷震子に微笑んだ。
「ありがとう、雷ちゃん。おかげで助かった。金棍はすごいよね、格好良かったよ」
「ホント!?」
「もちろん。それを扱えるのは雷ちゃんだけなんだろう、すごいなぁ。金棍で四神技が使えるようになったら、もう無敵だね」
「えへへ……らいちゃん、がんばるのだ!」
誉められて大喜びの雷震子は、金棍を振り上げて、他の仲間たちが戦っているところへ飛んでいってしまう。
残された剣を拾い上げ、にこにこと姿を見送る大将。得意の武器を持った雷震子なら、一人でも心配することは無い。
「……この詐欺師」
様子を見ていた天化がぼそりと呟いた。
「軍師って言って欲しいな」
さらりと答える太公望。
「こういう時は、怒っても意固地になるばかりだから。自分から武器を選んだって思わせないとね」
「――どーしてこんな手を思いつくかね。……ったく、こっちまでヒヤリとしたじゃねぇか」
「あれ、心配してくれたんだ?」
「馬鹿野郎、大将がやられたら困るからに決まってるだろうが! 誰があんたなんか心配するか!」
戦場だと言うのに緊張感のカケラも無いやりとりに、ようやく状況を察した天祥は声もなく笑っている。
「雷ちゃんは、鈷杵系の方が上達早いし。四神技を覚えるのもすぐだと思うよ」
「ま、やっぱりうちの軍に朱雀使いは俺一人で十分ってことだな」
天化が、偉そうに言ってのける。
ちょっとだけ残念そうなのは気のせいではあるまい。
そこに、皮肉と怒りのこもった、艶やか……というには可愛らしい声が響いた。
「あら。他にも朱雀使いがいることを忘れてるんじゃないかしら?」
「げっ、嬋玉!」
「天化、人が苦労して戦ってるっていうのに、あんたって奴はこんなところで油を売って……」
「ちょっと待て! こいつだってここにいるだろうが!」
「太公望さんはいいのよ、大将なんだから、奥で待っててくれればいいの! あんたは特攻隊長でしょうが! こんなところでのんびり構えてていいと思ってんの!?」
……また始まった。
「天祥、行こうか」
「え、でも、あの二人、このまま放っておくんですか?」
「止められると思うかい?」
ぶんぶん、と首を横に振る天祥。
背後で、聞き慣れた四神召喚の声が聞こえる。
続いて、大きな術がぶつかりあう音。
「術力の無駄使い……」
隣で太公望が、呆れと怒りをこめて呟くのを聞き、天祥は大きな溜息をついた。


「僕も、朱雀より、白虎の方が格好いいと思うよ」
戦いが終わってから、天祥はしみじみと雷震子に言ったらしい。

END


雷ちゃんでーす♪
金棍は、攻撃範囲が広くて、とっても強力な宝貝なのでした。
でも雷ちゃんと言えば鳥! 朱雀とお友達になっていそう……(笑)。

【四神相応】
天の四神の方角に相応した、地上で最良の地勢。
左(東)に流水(青竜)、右(西)に大道(白虎)、前(南)にくぼ地(朱雀)、後ろ(北)に丘陵(玄武)のあるものを言う。

なのですが、今回の場合は、ふさわしい武器を使えってことで(笑)。


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