湯中り(ゆあたり)注意
山中の町、長沙。
子牙が掘り当てた温泉で束の間の骨休め。
ばしゃばしゃと飛沫を上げて遊んでいる子牙に、天化が苦笑する。
「お前って変なもんばっかり見つけるよな。キノコとかクラゲとか温泉とか」
変なもの、と言われて、ちょっと子牙がむっとする。
「別に好きで見つけてるわけじゃねぇよ。頼まれたのを、ちょっと気にかけてただけさ」
「そんなもんかね」
その「気にかける」というのが、普通の者には難しいのだ。
本当に、こいつは仲間をまとめていく力が強い。
必ずや、歴史に名を残す指導者となるだろう。
「なんだかんだで、お前とは長い付き合いになったな」
「最初はさ、天化のこと、なんか偉そうな役人みたいで、嫌ーな奴だと思ってたんだぜ」
子牙に言われて、少し驚いた。
が、すぐに納得する。
「仕方ねぇだろ? お前ときたら、俺の部下をこてんぱんに叩きのめすわ、聞仲を連れてるわ、太公望の打神鞭は持ってるわ……。怪しさ全開だったんだぞ?」
「そう言われるとそうかもな」
初めて出会った時。
子牙は、自分の村を蛮獣に襲われ、しかも九竜派の道士に親友を殺されるという目に合ったばかりだった。
仇を追い、手がかりを掴もうと必死で、荒れていた子牙。
行く手を阻むものは、容赦なく倒していきそうな勢いで。
あれを相手に、自分でもよく剣を収めたものだと思う。
それでも疑いが晴れるまでは、都の副司令として、少し冷たい態度を続けていたのだった。
「なあなあ、天化ー」
「なんだよ」
「やっぱ、温泉つったらやることは一つ! だろ!?」
「……あ?」
向こう、向こう! と石壁の向こうを指差す。
――どうやら、女湯の方を覗きに行こうと言っているらしい。
「遠慮しとくぜ」
「え、なんでだよー!」
「うちの女っつったら、ガキ(麗蘭)と超ガキ(花鈴)と対象外(嬋玉)じゃねーか。興味ないね」
「ちぇーっ」
子牙としては、麗蘭と嬋玉には興味があったらしい。
「花鈴だったら、呼べば自分からこっちにくるんじゃねぇか?」
「俺はロリコンじゃねーの!!」
不満気にお湯をばしゃつかせていた子牙が、ふいに動きを止めた。
あわてふためいて、小声で天化を呼ぶ。
(ど、どうしよう、こっちに女の人が入ってる!)
(え?)
確かに、白い煙の向こうに、長い黒髪のほっそりした姿が見えた。
そちらを透かし見て、天化が肩をすくめる。
「バカ、ありゃ太公望だ」
「え?」
声に気づいたのか、その姿が、すい、と泳ぐようにこちらに寄ってきた。
はっきり見えるようになった顔は、確かに見慣れたものだった。
だが。
男とは分かっていても。
上気して、桃色に染まった肌。
濡れて、うなじに張り付いた髪。
どう見てもかなりの美女。
――目のやり場に困る。
「この温泉掘り当てたの、子牙なんだって? すごいな」
「いやあ、俺は言われたとおり掘っただけさ。――太公望って、髪を下ろすと大人っぽいなぁ」
焦った子牙が、ちょっと見当違いな感想を漏らす。
「そう?」
艶やかに微笑まれて、余計に慌てている。
困って、矛先を変えたようだ。
「天化はどうだろ?」
「おい、やめろって!」
油断していたところを、髪を纏めていた布を奪われた。
意外と長い髪が、湿気を帯びて、肩に落ちる。
「おおっ、天化は髪下ろすと若く見えるぜー」
「……ったく、お前、俺をいくつだと思ってんだ」
「――三十くらい?」
すかさず炸裂する鉄拳。
「いってーな!」
「俺はまだ二十四だ!」
「――ウソはよくないぜ」
「老けて見えて悪かったな! お前はどうなんだ!」
隙を見て、子牙のヘアバンドを奪い取る。
上げていた髪がばさりと落ちて、目元にかかった。
「……ガキ」
「うるせーっ!」
どうやら、本人なりに気にしていたらしい。
「じゃあ、太公望はいくつに見えるよ」
「えーと。俺と同じくらいかな? あれ、でもそれじゃ、三年前の大戦の時、十二、三ってことに……」
「俺と同い年だ」
「ウソだウソだウソだー!」
「てめ、絶対殺す!」
ぎゃいぎゃいと同レベルで怒鳴りあっていると、涼やかな声がさえぎった。
「随分仲がいいんだね」
にこやかに告げられた言葉。
「おう、俺たち親友だよな」
「あ、ああ……」
子牙は言葉通りに受け取って元気よくうなずいたが、天化は何故か背筋がひやりとした。
太公望は、なかなか、その本心を垣間見せない。
笑顔の裏に隠したトゲのようなもの。
今、それを感じるのは気のせいだろうか?
しかし、何故?
「そろそろ飯だよな。俺、先に行くぜ」
考えているうちに、子牙がさっさと上がってしまった。
しまった、一緒に行けばよかった。
気まずい。
「――浮気者」
ぽつりと太公望が呟いた。
何を言われたのかが分からず戸惑う。
まさか。
こいつ、自分が子牙と親しくしていることに嫉妬している?
ようやく再会したというのに、滅多に近くにも来ないので、少し不安になっていたところだった。
驚くよりも、嬉しさの方が大きくて、咄嗟に言葉が出てこない。
絶句しているうちに、ぱしん、と空気中に銀の光が散った。
水は電気をよく通す。
「お先に」
傍らで水音がした。
――ような気がした。
その夜、天化が寝込んだのは言うまでもない。
END
ま、その夜はつききりで看病してもらえたということで。
温泉、温泉ー。
入れると良かったのに。
ゆあたり 【湯中り】
何度も入浴したり、長く湯につかっていたりしたために、気分が悪くなること。
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封神演義2&バトル封神編