恋歌


見つけたのは偶然だった。
大きな黒い鳥が、小さな白い鳥を襲っている。
その鉤爪が、白い羽根を散らした。
「やめろったら!!」
なんとか、黒い鳥を追い払う。
しかし、すでに地に落ちた白い鳥は事切れていた。
何故逃げなかったのだろう。こんなに小さな鳥が立ち向かって、敵うわけもないのに。
答えは、すぐそばの潅木の中にあった。
小さな巣に、小さな卵が一つだけ。
温めてくれる親鳥を失った以上、このままでは死んでしまう。
白い鳥を埋めた後、尚は卵を大切に懐にしまい、館に戻った。


「これを温めたいんですけど……」
尚の言葉に、炳霊公の館に昔からいる狐の化身が首をかしげる。
何か思い当たったらしく、うんうん、とうなずいて館の奥に姿を消す。
しばらくして厨房に呼ばれた。用意されていたのは、ぐつぐつ沸騰した湯をたたえた鍋と、赤くなるまで熱せられた鉄板だった。
尚が悲鳴をあげる。
「ゆでちゃダメ! 焼いてもダメ!!」
「??」
ちがったの? と言いたげな様子に、尚はがっくりと肩を落とす。
狐に聞いたのが間違いだったかもしれない。他にも仙鳥がいる。同じ鳥なら少しは違うかも。
そう思った時、後ろから聞き慣れた声がした。
「なんの騒ぎだ?」
「炳霊公様! ……あの、コレ……」
差し出した卵を見て、しばらく考え、炳霊公が呟く。
「――目玉焼き、卵焼き、オムレツ……」
「炳霊公様まで食べないでください〜っ」
まさにこの主にしてこの下僕ありである。
半泣きの尚に理由を聞いて、炳霊公はようやく合点がいった。
今度は真面目に諭す。
「親鳥を失った以上、それが生延びられる可能性は低い。人間では必要な温度を保っているのは難しいからな。それに、神界のものが別の生き物に関わるのは……」
「分かってます、でも――」
次の言葉は容易に想像できた。

  「僕は見つけてしまったんです」

見て見ぬフリなどできない。
そういう人間だ。今も、昔も。
「分かった、分かったから泣くな」
この顔の涙には、滅法弱い。……今も、昔も。


炳霊公が騎獣で尚を連れて行ったのは、妙に気温の高い、砂地だった。
「炳霊公様、ここは?」
「火焔山近くだ。ここは地熱が高い。丁度いい場所を見つければ、埋めておくだけで卵は孵る。……他の動物も、自分で温めないものはここを使っているからな、多分大丈夫だろう」
神界の者が自然の命にかかわることは摂理に反する。けれど、自然が温めたものなら文句はあるまい。
炳霊公の言いたいことを察して、尚はぱっと笑顔になる。
「温度に気をつけないと、温泉卵になるぞ」
「はい、分かりました!」
尚は自分にできることがあると喜ぶ。
熱心に場所を選ぶ様子は、まるで巣の場所を品定めしている親鳥のようだった。
ようやく満足のいく場所が見つかり、丁寧に埋める。
「きっと孵りますよね」
「さあな、神のみぞ知る、ってやつじゃないか」
「それじゃ、大丈夫です!」
神様はここにいるんですから。
無邪気な笑顔がこぼれた。


数週間後、卵は無事に孵り、尚は館に小鳥を連れ帰った。
親鳥を知らない小鳥は、歌を知らない。
毎日、尚は短い旋律をいくつも教えていた。
白い小鳥は、素直にそれをなぞる。
巣立つまでに小鳥が選んだのは、切ない恋の歌だった。

*

数百年を経て、白い仙鳥は何度も代替わりし、過去の記憶を持つ者はもういない。
それでも、彼らは同じ歌を歌い続けている。
誰に教わったか、誰の為に歌われたのか、何も知らぬまま……。
ふいに、鳥たちが歌う旋律に、別の音が混じった。
枝に留まる白い鳥。
その隣に立つ白い姿。
共に同じ旋律を奏でる懐かしい声。
あの時は声をかけることすらしなかった。
応えられないと分かっていたから。
けれど、何よりも大切だった。護りたかった。
忘れられない。
忘れることは許されない。
どんなに時が経っても。
細い身体を、後ろから抱きしめる。
――呟かれた名前は声にならなかった。

太公望は鳥と共に同じ旋律を歌い続ける。
自分はこの歌を『知って』いる。
この歌を小鳥に教えたことも『覚えて』いる。
けれど、それは――。

繰り返される歌声は、かすかに震えていた。


END


M様の、「(尚を失ったことについて)簡単には罪悪感を拭えないだろう、終わり良ければ、って風にはいかないだろう」というお言葉で書かせていただきました。
尚に対する罪悪感を引きずっている炳霊公と、尚の記憶を共有しているものの、実は感情はまだ一体化していなくて複雑な嫉妬を抱える姜公。炳霊公の態度を喜びながらも、決してそれが自分に応えるものではないことを改めて思い知る尚。
時が経って、尚と太公望が完全に重なり合ったら、それぞれの辛さを昇華できるのでしょう。


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