幻の魚
波の打ち寄せる浜辺。
広がる白い砂浜のはずれ、ちょっとした崖のところに見慣れた姿を見つけ、天化は声をかけた。
「よう。何やってんだ、大将」
「見れば分かるだろう? ……それから、ぼくはもうリーダーじゃないんだから、その呼び方はやめてくれ」
「はいよ」
気のない返事に、太公望がふくれて睨みつけるのも気にせず、砂地に腰を降ろし、果てなく広がる大海を眺める。
潮の香りの混じる海風、岩に白く砕ける波。
……人界が大騒ぎだというのに、自然は何も変わらない。
タオが暴走すれば、このままではすまないだろうが。
「――で、なんでいきなり釣りなんかしてるんだ?」
至極当然の疑問。
太公望はまっすぐに竿の向こうを見ている。
恐らくその目で見つけようとしているのは、受王の干渉によって歪み、ねじれ、どこかに流れ込んでいるであろう、タオの流れ。
「周公旦殿に差し入れできたらいいなと思って」
周公旦は、先の戦いでかけがえのない存在を失った。
人前でこそ気丈に振舞っているが、その心痛は察するにあまりある。
なんとか彼を元気付けようと、彼の部下たちが必死になっている。
聞いたところ、魚料理が好きだと言うので、珍しいものでも差し入れようと、子牙たちもやっきになっているのだった。
「そんなことは、元気の有り余ってる子牙やナタに任せときゃいいんだよ。子牙は網ででかいのを狙ってるんだぜ? そんな竿じゃ、小物しかかからねぇって」
「こういうのは気持ちの問題だろう?」
「そりゃそうだが」
だからって、小魚を山ほど持っていってもな、と苦笑する。
そして、太公望の傍らに置かれた小さな桶のようなものを覗き込んで肩をすくめた。
まだ小魚一匹すらもかかっていないようだ。
「あ、エサ取られちゃった」
引き上げられた糸の先を見て、天化はあきれた。
「なんだよ、そりゃ。針がついてないじゃないか」
「針が刺さったら、魚だって痛いよ」
見れば、小さなダンゴのようなものを、糸の先に練ってつけているだけだ。
これでは、釣りではなくて、餌付けだ。
まったく何を考えているのだか。
「お前、釣る気ねぇな」
「だって、こうでもしないと……」
「あ?」
「なんでもない」
言おうとしたことも自分の中に収めてしまうのが太公望の悪い癖。
じろりと睨め付けたものの、性格を知っている天化はそれ以上追求しようとはしなかった。
「ま、こんなことでもしない限り、お前は陣から離れられんし――ゆっくり話もできねぇしな」
太公望は驚いたように天化を見、くすぐったそうに笑い出した。
「なんだよ?」
「いや……なんでもない」
――同じことを考えていたとは、絶対に言ってやらない。
静かな海。
かかるわけもない魚。
さすがに退屈してきたのか、天化は今まで溜め込んでいた不満を漏らし始める。
「……ったく、お前と来たら、仙界から抜け出すわ、一人で九竜派共に立ち向かうわ、無謀にもほどがある」
「必ず天化たちが来てくれると思ってたからだよ」
「よく言うぜ」
「ホントだよ。あの氷の国で、あれだけすごい炎の気を発しているのが何人もいたんだから。近くにいるのは分かってた。……間に合うかどうかは、賭けだったけどね」
「だから、それが無謀だと言ってるんだ。お前はもう、自分が大将じゃねぇからいいだろうなんて思ってるんだろうが、大間違いだぞ」
「――え?」
「言っておくがな。新しく集まった連中はともかく。三年前、共に戦った者にとっては、今でもお前が大将だ。――大将は前線に出るもんじゃねぇ。それを忘れるな」
だから、一人で無茶をするな、と。
言外にそう言っているのが聞こえてくるようで。
自分を気にかけてくれる仲間がいるというのは、暖かくて心地よい。
――ありがとう。
そう言おうと思った時。
「わわわっ!?」
いきなり、ぐん、と竿が海の方へ引かれた。
「嘘、大きい!?」
つんのめって海に落ちそうになるのを捕まえ、天化は横から竿を取り上げた。
――針なしの釣りにかかるなんぞ、一体どこの馬鹿な魚だ。いいところを邪魔しやがって。
内心憤りつつ、一気に引き上げる。
宙に舞う、巨大な赤い影――。
「降魔雷槌!」
天空を切り裂いた雷が、「幻の魚」もどきを討った。
水しぶきを上げて、赤い魚影が波に消える。
「帰るぞっ!」
まだぽかんとしている太公望を引きずって、天化は本陣に向かう。
「天化、今の、前にも……」
「見てない! 俺たちは何も見てねぇ!!」
天化の、自分に言い聞かせるような叫びが、浜に木霊した。
その夜。
子牙が、網にかかったという「幻の魚」を嬉々として運んできた。
周公旦と太公望の目に触れる前に、天化が海に流させたのは言うまでもない。
END
やっぱりリハビリはこいつでないと……すいませんm(__)m
三年前に川上りしてる時、天化に朱雀を食らい、龍の湖に流れ着き、
ようやく海に戻ってきたと思ったら、再び叩きのめされ。
……おかげで竜宮まで沈んでいけたのかもしれません、はい。
降魔雷槌は、封神演義2における、天化の新しい必殺技ですv
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