「三通の手紙」


最近、兄が外を眺めていることが増えてきた。
多分、都が落ち着いてきたので、自分の役目は済んだと思っているのだろう。
このままでは、直に出て行ってしまう。
当初から、いつかは旅に戻ると明言していたのだから。
でも、まだ早い。
せめてあと1年。
自分のわがままとは分かっていても。
こんな時に、太公望がいてくれれば、良い知恵を貸してくれるだろうに。
そう考えて、そういえば太公望がここを出るときに、置いていった手紙があることを思い出した。
何か困ったら開いてと渡された、三通の手紙。
大切にしまって、忘れかけていた。
今がその時ではないだろうか?
どきどきしながら、開いてみる。
中には、たった一行。

『天化は女の人に弱い』

……は?
どういう意味なのか、何度も読み返してみる。
ひっくり返してみたが、それ以上何か隠してあるようでもない。
困った時のヒントとして、この言葉。
兄を引き止めるには……。
しばらく考えて、天祥はぽんと手を打った。

その夜。
天祥は、黄家でも一番美形の女中の名で兄を呼び出した。
こんなもので、封神戦争の英雄がひっかかるはずないと信じたかったのだが。
待ち合わせ場所に姿を表したので、がっかりする。
もしかしたら、兄を闇討ちするのは意外と簡単かもしれない。
部屋に入ったところを、扉を閉めて閂をかける。
「な――っ!?」
「兄上ー、出て行かないって約束してください!」
「天祥!? 何の真似だよ、お前!」
「女の人につられて閉じ込められたなんて、言いふらされたくないでしょ?」
真面目な天祥は、こういったことに容赦ない。
弟に嵌められたと気づいた兄はしばらく怒鳴りまくっていたが、相手も絶対に引っ込まない性格と知っている。一刻もするとついにあきらめたようだった。
「分かった、いればいいんだろう、いれば!」
とりあえず、これで当分大丈夫。
兄は、自分で言ったことをそう簡単に覆す性格ではない。
やった。
太公望さん、ありがとう!
天祥は太公望の手紙に、大勝利を報告した。

**

しばらくして、また兄が心ここにあらずといった風になった。
放っておけば、誰にも告げずに出て行ってしまうかもしれない。
……昔のように。
兄の自由にさせてあげたい。
けれど、あともう少しだけ。
迷った末、天祥は太公望に託された二通目の手紙を手にとった。
それにも、たった一行。

『天化は天祥に弱い』

僕?
しばらく考えて、天祥はぽんと手を打った。

夕食の後。
天祥は、兄の私室に行った。
机の上に小さな袋。
「天祥?」
兄の顔にかすかに、まずい、という表情が掠めた。
やはり今夜出て行くつもりだったのだ。
「兄上……お願いです、もう少しだけ、いてください!」
ぽろぽろと大粒の涙が頬を伝う。
兄がぎょっとした顔になった。
「ば、馬鹿! 男がこんなことで泣くんじゃねぇ!」
怒鳴りつけながらも、その表情が、まいったな、という諦めに近いものに変わる。
「分かった、分かった! あと少しだけだからな!」
用意していた袋を、ぽいと棚の上に投げる。
――大成功。
自分の演技力と、たまねぎが勝利したことを、天祥は太公望の手紙に報告した。

***

そしてまた刻が経った。
兄をこれ以上引き止めるのは酷ではないだろうか。
もう、素直に見送った方がいいのかもしれない。
それでも……手紙はあと一通残っている。
しばらく迷った後、天祥は手紙を開いた。

『天化にこの手紙を渡して』

今までとは違い、その用紙と一緒に一通の封書が入っていた。
なんと書いてあるのだろう。
これを渡せば、兄が出奔するのを止めることができるのだろうか。
でも、いいかげん兄を自由にさせてあげたい気もする。
どうしよう。
しばらく迷った後、天祥は手紙を兄の元に届けた。
中になんと書いてあろうとも、兄が本気で出るつもりなら、もう止めることはできないだろうと判断して。
――渡されることを予想して用意された手紙を、渡さない方が悪いに決まっている。
「兄上、これ……」
「手紙? 誰からだ」
「太公望さんから」
「何?」
予想外の名前を聞いて、驚いたようだった。
しばらく紙面を見つめた後、乱暴に開く。
文面は少ないようだった。
同じところを睨むように眺めた後。
「……天祥、次の奉納祭はいつだ?」
「え、ニヵ月後の満月の日ですけど」
兄も、それは知っているはずなのに。
不思議に思っていると、手紙をぽい、と投げられた。
「今までのも、どうせあいつの入れ知恵だったんだろ? ――ったく、どうしてこう、軍師ってヤツは回りくどいこと考えるかね」
あきれたような……それでも、何故か少し嬉しそうな。
「天祥、安心しろ。当分いてやるよ。……あいつを、ぶん殴ってやらないと気がすまないからな。すれ違ったらシャレにならねぇ」
言い捨てるなり、部屋を出て行ってしまう。
とりあえず、当分出て行く気はなくなったようだ。
太公望は一体どうやって、兄の気を変えさせたのだろう。
手紙に、あわてて目を通す。
たった一行。
整った文字。

『次の奉納祭には立ち寄ります』

兄が、三度目に行動を起こすタイミングまで見越していたのだろうか。
まったく、あの人には敵わない。
天祥は、手紙を元通りにたたんで、大切なものを置いておく棚の上に飾った。

END


遠隔操作で、太公望さんにいいように操られている天化さんでした(笑)。
時期としては、「封神演義2」の後。
天祥君、15-17歳くらいです。
天化は、家督相続でもめないうちに、早いところ弟に譲って出て行きたい。
でも、なんだかんだでモタモタしているうちに、「バトル封神」に突っ込む(^^;

この時代、歴史的には紙はまだないことになっているのですが……。
殷の時代に、すでに墨があったことは分かっているそうです。
つまり、それをつけて書いた「紙」の代用であるものは存在した可能性が高いと。
まだ発見されていませんが、もしかしたらそのうち、どこからかどっさり見つかるかもしれませんね。
欠勤届とか、ラブレターとか(^^;


TOP/小説/封神演義編