「懐古宴」


「天化様。髪、切りましょうか?」
突然言い出した星辰に、天化はぎょっとした。
「な、なんで分かった!? お前とうとう読心術まで……」
「難しい顔で髪いじりながら悩んでらっしゃれば、私でなくても分かります。――太公望様ですか?」
冷静に指摘されて、言い返す気力もなく机に突っ伏す。
「あいつ、まだ時々俺のこと見て、一瞬誰だ?って顔しやがるんだよな」
深い、ため息。
「神将になられて「気」も変わっておられますし、あれから1800年、太公望様が覚えてらっしゃるのと違和感があるのでしょう。もうしばらくすれば、きっと――」
「しばらくっていつだよ」
神将となって確かに「気」は火から金属性へと変化した。
長い月日で多少は見かけも変わっているだろう。
けれども彼自身、自分では何も変わっているつもりはない。
気性も、性格も、あいつへの想いも。
それなのに、肝心のあいつが時折見せる、不安そうな表情。
自分はここにいるのに、どこか他へ探しに行ってしまいそうな。
実在する者が相手なら叩きのめすなり、神界から追い出すなり、なんとでもしようがあるが、これが昔の自分となると、どうしようもない。
しかも思い出というヤツには勝ち目がないときている。
昔の方がよかったなどと思われているようなのが業腹だが、とりあえず、その視線を自分の方に取り戻したい。
とは言うものの、いざ何をすればいいか……。
結局、髪でも切るか、と朝から悩んでいたわけである。
天化がそう言い出すのを見越していたのか、すでに用意済みだったらしいハサミを星辰が取り出す。
やっぱり心の準備が、と逃げ出そうとする主を、容赦なく捕まえ、ざっくりと切り落とした。
――もっとも、当時と同じにするだけなので、右前髪の辺りを揃えただけだが。
無残に短くなった前髪を少々恨めしそうに眺めたが、まぁ切ってしまったものを悔やんでも仕方がない。
「星辰、何か紐でもないか? 後ろが邪魔……」
「もうしばらくそのままで」
いたずらっぽく微笑んで、星辰が部屋を出る。
すれ違うように部屋に入ってきたのは太公望だった。
部屋の中での騒ぎを不思議に思ってやってきたのだろう。
天化を見るなり絶句し、ようやく発した言葉は少々上ずっていた。
「天化――髪を切ったのか?」
「ああ。……おかしいか?」
あんまりまじまじと眺められると、決まり悪くなる。
せっかく切ったのに、こんなの違うと言われてはたまったものではない。
「そんなことない……ちょ、ちょっと待ってて!」
転がるように飛び出した太公望を、扉の前で受け止めたのは星辰だった。
手にしていたものを差し出す。
「太公望様。お探しはこれでしょう?」
渡されたのは、懐かしい道士服一式。
しかもこれは……。
「天化の?」
「はい、こんなこともあろうかと作らせておいたのですが。……ようやく日の目を見ました」
少し自慢げな表情。
天界の衣は色褪せてもいないが、相当昔に作ったのだろう。
太公望はばたばたと部屋に駆け戻り、何事かと目を丸くしている天化に服をつきつけた。
「これ着て!」
「こういう用意周到で完璧主義なのは星辰だな? まったくあいつは」
「でもその前に髪! 椅子座って! あっち向いて!」
「はいはい」
びしびしと命じながらも、その口調はひどく嬉しそうだ。
こんなことなら、もっと早くに切っておけばよかったか。
言われるままに、髪を結うのを任せる。
手から伝わってくる、驚くほどに高揚した思いが心地よかった。

友人の髪を昔のように結び上げて、太公望は改めて服を差し出した。
幾重にも重ね着する道士服に手を通していくのを、固唾を飲んで見つめる。
浅葱の内衣、鮮やかな黄檗(きはだ)の上衣。
裾が翻る動きに、心臓が跳ねあがる。
無造作に髪をかき上げて、彼が振り返る。
「さて、次は何をすればいいんだ、大将?」
皮肉っぽい調子の軽口。
記憶と寸分の違いもない。
炎の中に消えたその姿。
忘れぬよう、夢で何度も繰り返していた、たった一人の。
「な、なんで泣くんだよ、おい!?」
いつもと変わらない、それなのに懐かしい声。
――昔のままの。

視界がぼやける。
あの時、凍りついた涙がようやく落ちてきた。

  * * *

「大体なぁ、姿形で惑わされるなんて、相手の本質をちゃんと見てないんじゃねぇのか? ……ったく、俺は何も変わってないっつーのに」
天化は昔の姿がウケた(?)ことで、かえってふてくされていた。
昔の自分への複雑な嫉妬。
前にもこんなことがあったような、なかったような……。
「特別に、記憶に強く残っている姿というのは誰にでもあるものですよ。あんまりそういったことは怒らない方がいいですよ。後悔しますから」
「どういう意味だよ」
「すぐに分かります。――ほら、真打登場です」
戻ってきた太公望は、同様に星辰が用意していた道士服に着替えていた。
薄水の上衣、紫苑の帯。
あの頃と同じ――。
出会った頃や、共に戦った時まで鮮やかに記憶が甦る。
「さて、ここで質問です。天化様、後悔は?」
「……した。悪かった。許してくれ」
思いきり姿形に惑わされて、なんの躊躇もなく前言を撤回した主に星辰が苦笑する。
二人の会話に不思議そうな顔をした後、太公望は自分の姿を心配そうに眺めている。
「おかしくないかな」
何か変なところがあって笑われたのではないかと、不安そうな様子に、あわてて天化が否定する。
「おかしくない。全然おかしくない」
賛辞には程遠いが、からかい半分の科白にならなかっただけ、天化にしては最大級の誉め言葉と分かっている。
「ほんと? たまにはこの格好してみようか」
小首を傾げて、嬉しそうな笑顔がこぼれる。
――昔のままに。
「よぉ、何二人で遊んでんだよ。ずりーぞ、面白そうじゃねぇか」
いきなり窓から現れたのは那咤だった。
しばらく二人の姿を見比べた後、
「俺も師匠から昔の服もらってくるぜ!」
一声叫んで飛んでいってしまった。
続いてやはり窓から覗き込んできたのは、これまた馴染みの二人組みだった。
「なんだなんだ、仮装大会か? ――雲霄、俺の服ってまだあるか?」
「もちろんございますとも、お兄様」
肝心の挨拶も忘れ、さっさと自分たちの住居へと帰ってしまう。
呆れる蓬莱の宮の住人たちの前に、その後もひっきりなしに、噂を聞きつけた面々が訪れた。
そして案の定、その日の夜は、自然と彼らが集まって宴会となってしまった。
「おや、皆さん懐かしい姿ですね。では私も……」
最後に訪れた楊センが、あっさりその場で昔の姿に変化したので、拍手とブーイングが同時に起きる。
結局、何かにかこつけて集まって騒ぐのが好きなのだ、この連中は。
「……ったく、人の宮をなんだと思ってるんだ、こいつらは……」
「いいじゃないか。平和な証拠だよ」
懐かしい顔ぶれ、気心の知れた者たちならではのじゃれあい。
まだ神界に来たばかりの自分を気遣ってくれているのが伝わってくるので、幸せそうにふんわりと微笑む太公望。
「昔に戻ったみたいだね」
同意を求めたのに、返答がない。
「天化?」
振り返ってみると、当の本人は誰かについてきたらしい華やかな衣をまとった花精を口説き落としにかかっていた。
――昔のように。
「そこまで戻らなくていい!」
炳霊公の宮に特大の雷が落ちたのは言うまでもない。

END


今回、Mさまに戴いたお題は
髪を切った天化サン」。
イラストつきでいただきました。 ありがとうございます〜っ!

プラスして、
「太公望のため」
「昔に戻ったみたいだと太公望が笑う」
「髪を切ったのは星辰」
のどれかを入れる、というご依頼だったので、
全部入れてみました、えへん。
ついでにイラストではまだ髪を下ろしていたので
それを結ぶシーンも加えてみました。
中盤は「別離」とつないでちょっと切な目に。
終盤は、いつも通りお笑いに(^^;

先にM様に作品提出(どきどき)したのですが、
>学生時代の制服を引っ張り出してコスプレしてしまう夫婦のような二人!
という例えに大爆笑。はい、そのまんまです。
(しかも、その他大勢も巻きこんで)
>星辰の「こんな事もあろうかとアイテムボックス」にはどんだけモノがストック
>されてるんでしょうか。
四次元ポケット状態ですね、彼の「こんな」ボックスは。
なんでも出てきますよ、多分(笑)。


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