「魂換 参」
天化が朝起きて、まず思ったことは
(またか)
だった。
目覚めたときに、見覚えのない部屋にいる。
このパターンは、申公豹の野郎の魂換だ。
またいたずらしやがったな。
今度は、あのじゃじゃ馬の身体ではないようだが。
隣に寝ているのは……蘇護!?
ということは。
「ううむ……黄飛虎殿、お早いですな。早起きも若さのひけつですかな?」
もそもそと布団の中から呟き、また寝入ってしまう。
その言葉に愕然とする。
――黄飛虎……親父だとぉ?
よりによって、一番避けたい相手だった。
申公豹のヤツ、先日の仕返しでわざと狙いやがったな。
手早く着替えて、自分の部屋へ向かう。
天祥の隣に、自分の身体に入った親父がいるはずだ。
駆けつけてみると案の定。
布団にはまだ、「自分」が寝ていた。
「おい、起きろったら」
「ううむ……な、わ、わし?」
叫びだしそうな「自分」の口をふさぎ、ざっと状況を説明する。
普通の人間にしては順応力の高い黄飛虎は、それほど驚かなかった。
「ほう、こんな術があるとはな。仙術とは奥が深い」
自分の姿で、ふむふむと納得しているのを見るというのは奇妙なものだ。
「一日も経ちゃ、術の効力は切れる。それまで変に騒ぎ起こすのもまずいだろ。……誤魔化し通すぜ、親父」
「うむ、その方がよいだろうな。無駄な騒動はないに限る。一日程度なら大丈夫だろう」
「うーん……あれ、兄上? 父上??」
目を覚ました天祥が、驚いて飛び起きた。
二人が並んで話しているところなど、滅多に見かけない構図だ。
「よっ、天祥」
「まだ早い刻だ。寝ていてもよいぞ」
口調の違和感に、天祥は気づいた。
一瞬の沈黙後、天祥はおそるおそるたずねた。
「もしかして、父上が兄上で、兄上が父上なのですか?」
「もしかしなくてもそういうことだ」
「今日一日、他言無用で頼む」
……この調子じゃ、すぐにばれそうな気がするけど。
考えたことはさすがに言わない、父兄思いの天祥である。
「今日は戦いになるから十分気をつけて……」
「親父、久しぶりの若い身体ではりきり過ぎるんじゃねぇぞ!」
「お前こそわしの身体で無様な槍使いなど見せるでないぞ!」
「なんだとぉ?」
「やるか!?」
「や・め・て・ください!」
身体は変わっても、言ってることやっていることはほとんど変わっていない二人に、あきれて天祥が叫ぶ。
先が思いやられそうだ。
***
「太公望殿、お怪我は?」
「は?」
「大将が前線に出るものではない。さ、ここは任せて後ろへ」
「は、はいっ!?」
天化ではありえない口調と態度にうろたえて、太公望は言われるままに後衛へ下がってしまった。
遠くから戦いぶりを眺めて、ほう、と感心のため息をつく。
「天化って、格好よかったんだねぇ」
しみじみと呟く太公望に、弓を構えていた天祥が噴き出した。
「怒鳴りと罵倒がないだけで、あんなに違って見えるなんて。驚いた。……天祥、あれ、中身は黄飛虎殿だろう?」
「やっぱり分かりました?」
「だって「殿なんかつけるな、気持ち悪い」とまで言った天化が、ぼくに向かって「太公望殿」なんて言うんだから」
また天祥は噴出してしまう。
けれど。
「ねぇ、太公望さん。もしかして、今の父上入りの兄上の方がいいって思ってます?」
「ん?」
「礼儀正しいし、強いし、太公望さんのことちゃんと大将って認めてるし……」
でも、そうだとちょっと兄上が可哀想。
ただでさえ、父上を比べられることを嫌がっているのに。
そう言いたそうな兄思いの天祥に、太公望が笑う。
「天祥は知らないかもしれないけど、今でも天化は自分が認めた相手とはあんな感じに話しているんだよ」
「ええっ」
「師匠の道徳真君様とかね。さっき、すごく似てると思った。だからきっと黄飛虎殿も若い時には天化みたいな口調だったんじゃないかなって思うんだ」
「そうなんですか……父上の若い頃かぁ。なんだか想像つかないや」
「最初から臣下みたいに接されるよりも、ぼくはだんだん認めてもらえる方が嬉しいな。……まぁ、今さら口調が変わられても気味悪いけど」
「そうですね」
いや、気味悪いってことではなくて。
「ところで天化は?」
「あっちで黙々と暴れてます」
前線ではないものの、城門前の重要な地点で、敵の侵入を阻んでいる槍使い。
確かに、黙々と戦っている。
話すとぼろがでるから……なのだろう。
天化なりに努力しているらしい。
その時、嬋玉が敵の弓を避けて「黄飛虎」の傍らへ逃げ込んだ。
「あ、ありがとうございます、おじ様」
弓を槍で払い落とした「黄飛虎」へ、素直に礼を言う。
驚いたように目を丸くする「黄飛虎」に、敵兵を軽く片付けながら嬋玉は首をかしげる。
「どうかなさいました、おじ様?」
「いや、本当に腕を上げたな、嬋玉」
「え?」
「父上も安心しているだろう」
ぽん、と頭をなでて立ち去る黄飛虎を見送って、嬋玉が呟く。
「おじ様……どうしちゃったのかしら」
「嬋玉?」
「きゃっ!」
太公望の声に飛び上がる。
嬋玉が、太公望の気配に気づかなかったとは珍しいことだ。
「どうしたの、顔が真っ赤だよ」
「え!? な、なんでもないわ! あらやだ、おじ様ったら敵に囲まれてるじゃない!」
一人奮迅している「黄飛虎」の元に、嬋玉が駆けつけていく。
その姿を見送って、太公望は何か考え込んでいた。
***
都の防衛が主であった戦いは、比較的あっさりと終わった。
太公望の仲間たちの守りの固さに攻めあぐね、あきらめたらしい。
城に戻った後、太公望は「黄飛虎」を探した。
「天化」
「おう……って、お前どうしてっ」
いつばれたんだ、と言う暇も与えず
「昏倒!」
「どわっ!?」
慣れない身体で疲れているためか、一発で正体不明になった天化を、太公望は別の部屋へひきずっていく。
……見かけによらず力持ちなのである。特に機嫌の悪い時は。
「黄飛虎殿、開けていただけますか?」
「太公望殿、どうなされた?」
名前を呼ばれたことに気づかず、あっさり顔を出した「天化」に、深々と頭をさげる。
「すいません」
自分が倒れていることにぎょっとしている「天化」へ、やはり問答無用で昏倒を使った。
「た、太公望さん!?」
突然の大将の乱行に、パニック状態の天祥。
「な、な、な、何をいきなり……」
倒れた親族二人を前に、あわてふためく天祥の前で、平然と太公望は呪を唱え始めた。
「天と地の理において、あるべきものが正しき場所へ戻らんことを、ここに請い奉る!」
一見何も変化は見えないが……それが何のためのものか、天祥にはすぐ分かった。
「魂を元に戻す術だったんですね?」
「うん。起きてる状態だと、ちょっと自信がなかったものだから」
怖いことを、にっこりと言う太公望に、この人の機嫌を損ねてはいけないと天祥は考える。
「でも、どうしてこんなに急に? 兄上と嬋玉さんの時は、効力切れまで待っていたんでしょう」
「ちょっとね」
いつもより5割増しくらいの笑顔が怖かった。
太公望が立ち去った後、気がついた兄に、天祥はこっそり尋ねた。
「兄上、何か太公望さんを怒らせるようなことでもしたんですか?」
「心当たりねぇぞ。今日は話してもいないし……」
「ですよねぇ。でも、さっきのはなんだかすごーく怒っていたような……」
「俺は犠牲者だぞ、なんだってんだ、畜生」
いくら考えても分かりそうにない。
術が切れる前に無理やり戻されたせいか、最悪の体調に憮然としつつ、天化はふて寝を決め込んだ。
翌日、嬋玉は体調を崩して休んでいる黄飛虎の元へ特製メニューを差し入れし、戦闘不能に陥らせたのだった。
END
戦場で出会っていれば、嬋玉と天化ってベストカップルになりそうなんですよね。
幼馴染じみだから、昔の記憶が邪魔をしてしまうわけで。
礼儀正しい嬋玉は魅力的だし、相手を思いやれる天化は格好いいし。
相手のいつもと違う面を見て、互いに少し気持ちが変化……なんてことになりそうな気配を鋭く察した太公望さん、強硬手段に出ちゃいました。
普段やきもちとは無縁の人の嫉妬って怖いと思いませんか。
しかも、自分で何怒ってるのか分かってない(笑)
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