「蛍火」


「大将ーっ」
川の半ばで遊んでいた子供たちが、あちらこちらへと飛び交う光を追っている。
その中から、水しぶきをあげながら那咤が駆けつけてきた。
「見ろよ、捕まえたぜ!」
自慢そうに差し出された、丸く合わせられた手。
隙間から、数秒おきに淡い光が漏れている。
「蛍だね。うん、綺麗だ」
暴れ者と思われがちな那咤の子供らしい無邪気さと、この夏初めて見た蛍の優雅な光に頬を緩めた後、太公望は申し訳なさそうな笑顔で言った。
「でも、那咤。できれば逃がしてあげて」
「えーっ、なんでだよ」
せっかく捕まえて見せに来たのに。
不満を隠そうともせず、ふくれかえる。
「蛍はね、生きていられるのはほんの1週間くらいなんだ」
「1週間だぁ!?」
「さなぎまでは水の中で約1年。大人なってからは、物を食べないんだ。草露だけを飲んですごす。だから、こうして飛んでいられるのはほんの1週間くらいなんだよ」
「たった1週間かよ…………」
つぶさぬように合わせている自分の手を、あきれたように見る。
しばらくためらった後、その手が開かれた。
小さな虫は、捕らえられていたことも気づかぬように、文字通り命の灯を輝かせながら飛んでいく。
川の半ばでは、まだ蛍を追っている子供たちの声が聞こえる。
自分が放した光を見送ってから、那咤は肩をすくめた。
「俺、あいつらにも言ってくるわ」
太公望に背を向けてそちらに駆け出す。
那咤も、一週間という時間の短さには何か感じるものがあったらしい。
「那咤も意外と人間らしいとこがあるな」
「天化」
「太乙殿はあいつに魂がないとか感情がないとか言ってるが、そういう術が効かないってだけじゃないか」
「うん、ぼくもそう思う」
川面を飛び交う淡い光。
人の目からはあまりにも小さく、かぼそい。
「1週間……ぼくはその何百倍もの時間を与えられているのに……」
一体何をやっているんだろう、と言いたげなため息に、天化が苦笑する。
「あいつらと違って、やることが多すぎるんだ。差し引いたら似たようなもんじゃないか? そういうことを考えられるようになるまでの期間が、あいつらにおける水の中……とても思っておけ」
「そうだといいけど……」
つい、と飛んできた蛍が、川に生える木とでも間違えたのか、太公望の手に止まる。
限られた時間の中で精一杯光らせ続ける命の灯。
唯一の相手を見つけるためだけに、天から与えられた目印。
「大将ーーーっ!」
川の方から飛んできた怒鳴り声に驚いたのか、止まっていた蛍がふわりと飛び立つ。
助けてくれーと言いたげな声に、太公望はそちらへ向かう。
あの那咤がそんな声を出すなんて珍しい。
「那咤、どうしたんだい?」
「あのさぁ」
那咤が、困り果てたように、さっきまで一緒に遊んでいた仲間を指差す。
「この場合は怒らなくてもいいのか?」
その先を見やって、太公望が呆然とする。
顔だけ鳥の姿になって、嬉しそうに走り回っている雷震子。
逃げ惑う蛍を、器用にぱくぱくと咥えては飲み込んでいる。
その様子を、隣で困ったように眺めている天祥。
「ら、らいちゃーん(涙)」

その日、西岐軍が逗留した川岸からは、半分くらい蛍の灯が消えたらしい。

END


副題:「弱肉強食」または「らいちゃんのお食事」または「食物連鎖」。
いくらでも色っぽくできる題材でしたのに、すいませんでしたーっ。


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