「蛍火 弐」


川の方がにぎやかだ。
子供たちが蛍を追っているらしい。
「大将ーっ」
那咤の元気のいい声が聞こえた。
丸く合わせた手から判断するに、捕まえた蛍を太公望に見せているようだ。
しばらくして、那咤が叫んだ。
「えーっ、なんでだよ」
太公望が蛍を逃がしてやれと言ったのだろう。
那咤なりに好意で持ってきたのだから、もらっておいて、あとで離してやればいいものを。
気の荒い那咤のことだ、怒り狂うに違いない。
要領の悪い奴……と思いきや、予想外に那咤の手から光が飛び立った。
自分が放した光を見送ってから、那咤が肩をすくめるのが見えた。
「俺、あいつらにも言ってくるわ」
太公望に背を向けてそちらに駆け出す。
驚いた。
あの那咤を、たったあれだけの言葉で説得してしまうとは。
同じことを他の者が言っても、那咤は聞きもしなかっただろう。
……確かに太公望は、これだけ特異な者たちの集まりをまとめるという点で、大将の器なのかもしれない。
「那咤も意外と人間らしいところあるじゃないか」
「天化」
気がついていたのか、いきなり声をかけても驚いた様子はなかった。
「太乙殿はあいつに魂がないとか感情がないとか言ってるが、そういう術が効かないってだけじゃないかね」
「うん、ぼくもそう思う」
川面を飛び交う淡い光。
人の目からはあまりにも小さく、かぼそい。
「1週間……ぼくはその何百倍もの時間を与えられているのに……」
一体何をやっているんだろう、と言いたげなため息に、苦笑する。
「あいつらと違って、やることが多すぎるんだ。差し引いたら似たようなもんじゃないか? そういうことを考えられるようになるまでの期間が、あいつらにおける水の中……とても思っておけ」
「そうだといいけど……」
どうもこいつは、細かいことをいちいち考えすぎる。
大将なら大将らしく、堂々と構えていればいいものを。
そこが未だに、命を預けるに足りる大将と認められない一番の理由なんだが、こいつは変わりそうにない。
それはもうあきらめた。
大将が細かく悩んでいるなら、俺たちが図太く構えていればいいだけの話だ。
実際、そういう連中ばかり集まるのだから世の中面白い。
……それがまた、太公望の胃痛の原因だったりするのだが。
つい、と飛んできた蛍が、川に生える木とでも間違えたのか、太公望の手に止まる。
限られた時間の中で精一杯光らせ続ける命の灯。
唯一の相手を見つけるためだけに、天から与えられた目印。
「大将ーーーっ!」
川の方から飛んできた怒鳴り声に驚いたのか、止まっていた蛍がふわりと飛び立つ。
助けてくれーと言いたげな声に、太公望はそちらへ向かう。
太公望ががっくりと肩を落としているのから判断するに、どうやら、雷震子が持ち前の「好き嫌いのなさ」を発揮したらしい。
当分太公望は、那咤への説明に悩んでいることだろう。
あいつはその程度のことで頭をひねっているくらいでちょうどいい。

本陣へ戻る途中、大将の天幕に灯りがついているのに気づいた。
あいつの留守中に誰が入り込んでるのだ。
裏切り者が罠をしかけている、などということがないとも言い切れない。
「誰だ!?」
恫喝を込めた声と共に入り口の布を開けると、小さな悲鳴を上げて振り返った者がいた。
「な、何よ、脅かさないでよ」
「嬋玉? 何やってんだ」
「太公望さんにちょっとくらい和んでもらおうと思って」
手にした薄い紙で作った箱型の風船が、ぽう、と光っている。
確かに綺麗は綺麗だが、これは……
「止めといた方がいいと思うけどな」
「何よ、あんたなんかに、この風雅はわかんないでしょ」
べーっと舌を出して、出て行ってしまう。
残された、光る紙風船。
確かめずとも分かる。
中に蛍が入っているのだ。
蛍たちは、何も分からないまま光を灯す。
淡い輝きは確かに人の目には心地よいが、閉じ込めた蛍は翌日には大抵死んでしまう。
そこまで想像がつかないのかね。
……嬋玉には悪いが、あいつが戻る前に逃がしておくか。
拾い上げようとした時、
「あれ、天化?」
やばい、間に合わなかった。
「いや、これは……」
この状況じゃ、さっきの話を聞いていた俺が、こいつへの嫌味で用意したみたいじゃねぇか。
怒鳴られるか、泣かれるか。
どっちかと言うと、怒鳴られた方がマシってもんだが。
しばらく太公望は俺と、俺の手元の風船を見比べていたが、ふいにくすりと笑った。
「一緒に逃がしに行ってくれるかい?」
「お? おう……」
一番予想外の言葉に力が抜ける。
さっきの川辺へ歩きながら、大事そうに風船を抱えている太公望に尋ねてみた。
「なんで俺じゃないって分かった?」
「天幕に入った時、お団子の匂いがしたから」
「は?」
「夕餉の時、村の人たちからの差し入れのお団子、嬋玉や天祥たちが食べてただろう。道士の君が口にしてるはずないし」
「ガキ共はお前が送っていったし、おっさん共は団子より酒を飲んでた――か」
普段トロいクセに、結構見てるんだな。
せっかく俺が黙っておいてやったのに、誰の所為か気づかれて、嬋玉は幸運だったのか不運だったのか、微妙なところだ。
ガキ共がいなくなって、静かになった川辺。
水の流れる音だけが静かに響いている。
飛び交う蛍を眺めて、太公望がポツリと呟いた。
「この灯だけを頼りに運命の相手を探すんだ、すごいよね。水の中から出られたら……この戦いが終わったら……ぼくもそんな相手を見つけることができるのかな……」
思ってもいなかった言葉に、気の利いた台詞が出てこない。
「立候補者ならもういるだろう」
仙界の元気な嬢ちゃんとか、ここに戻ってくる原因を作った奴とか。
力なく笑ったところを見ると、あんまり期待はもてそうにないけどな。
闇夜に浮かぶ儚げな蛍の光の中、二人きり。
……ここにいるのが女だったら、さくっと口説いてみるところなんだが。
こんなこと口にしようものなら隣の真面目馬鹿に殴られるのが目に見えてるので黙っておく。
太公望は手にした風船を器用に開き、閉じ込められていた蛍たちを飛び立たせた。
「みんな、大切な相手と会えますように」
群れに溶け込むのを見送って、太公望がふわりと微笑んだ。
一体誰が、これを対妖魔軍の大将だと思うかね。
人界の争いの場よりも、仙界の雲に埋もれて修行している方が似合ってる。
蛍火に照らされる白い顔。
なんとなく見ているのが照れくさくなって、つい、からかいたくなる。
「運命の相手に出会う前に、雷震子に食われないよう祈ってやれ」
ずん、と音がしたような気がした。
何気なく言った言葉が、太公望の福気を三段階くらい下げてしまったらしい。
それからしばらく、俺たちの泊まり場所が川からえらく離れていたのは気のせいじゃあるまい。

END


副題:「大将の福気の下げ方」
……上げ方を研究してください、天化さん。

「大将とは認めねぇ」から、ちょっと見直しつつある頃の天化さんでした。
嬋玉が持っていった「風船」は、昔懐かしい「紙風船」のイメージなんですけど、もしかして、最近の若い人は見たことなかったり?
(私だって、親が「なつかしー」とか言って、どこかからもらってきたので遊んでいた程度だし)
……この頃まだ紙はないだろうって?
いいの、封神演義は何でもアリだから(−−;


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