春和景明
目が覚めたところに、ひらりん、と一枚の用紙が落ちてきた。
本日、抜き打ちテスト
蓬莱の宮の住人がぼくに化けている
偽者の正体を見定め
本物を探してくれ
判断の手段は問わない
健闘を祈る
――太公望
どうやら宮を上げて、いたずらを仕掛けてきたらしい。
しばらくその用紙をまじまじと眺めた後、しゃーない、付き合うかと、炳霊公は部屋を出た。
* * *
「おはようございます」
「ございます」
「今日はよいお天気ですね」
「ですね」
ステレオのように話す二人の姜公に苦笑する。
姿こそそっくりになってはいるが、すぐに分かった。
「翡香と翠蘭だな?」
「あたりです」
「です」
純朴な二羽の仙鳥は、人をだますとか、偽るとかいうこと自体、よく分かっていないのだ。
分かってもらえたことを素直に喜んで、笑顔のままぽん、といつもの姿に戻る。
「姜公様が言ってました」
「言ってました」
「間違えたらおしおきだって」
「おしおきだって」
「がんばってください」
「がんばってください」
あまり嬉しくない情報をもらって、炳霊公は早くも疲れた顔で部屋を出た。
* * *
「おはよう!」
次の部屋で出迎えたのは、満面の笑顔で振り返った姜公。
本物のようにも見えるし、こんなに早く登場するはずがないと考えれば偽者のようにも見えるし。
「どうしたんだい?」
きょとんとして、小首をかしげるその姿。口調も本人と寸分変わらない。
だが……
悩んだ末、炳霊公はふところから何かを取り出した。
「必殺……ねこじゃらし!」
エノコログサに似せて作ったおもちゃだった。
ひゅん、と目の前で振って見せた途端、
「にゃっ!!」
姜公の頭に、ひょこっと耳が生えた。ねこじゃらしに飛びついて捕まえた後、はっと振り返る。
「し、しまったにゃっ」
「やっぱりマオルか」
「に゛ゃーん =(>o<)=」
悔しそうにじたばたしているのを、(猫耳……いいかも)とか思って見ていたのは内緒である。
* * *
その後、宮を一回りして、炳霊公は順調に自分の部下を当てていった。
姿を変えていても、口調やしぐさで結構分かるものだ。
指折り数えて、あと残るは二人……。
姜公本人と、難関の星辰である。
(あいつのことだから、完璧に化けてんだろうなぁ)
確認の手段は問わずとは言っても、星辰が相手ではそうそう尻尾を出すわけもない。
最後の執務室に入ってみると、案の定二人の姜公が並んでいた。
「やぁ、遅かったね」
書類を手にして振り返った一人が、薄く笑って言う。
机の前に座っている方は、きらきらひらひらの服を着て、ちらりと炳霊公を眺めただけだった。
さて、どちらだ?
しばらく様子を見てみたが、よくしゃべる方はいたずらっぽい口調が本人のような気もするし、黙っている方はわざと不自然な格好をして不機嫌なような気もするし。
「降参かな?」
くすり、と笑われて、炳霊公はむっとした。
星辰を、正体を現すほど驚かせることは難しい。よほどのことでもしない限り……。
よし。
立っている方の手を捕り、ぐい、と引き寄せ、抱きすくめる。問答無用で接吻……
しかけたところに、
――バン!
顔に書類が叩きつけられた。
腕の中の“姜公”は平静を装ってはいるが、頭からはぴょこんと茶色い耳が飛び出し、伸びた長く大きな尻尾が内心の動揺をしっかり表して、逆立って倍くらいにふわりと膨らんでいた。
「星辰みっけ」
「……参りました……」
地上に降りれば神ともあがめられる老獪な仙狐も、さすがに仰天したらしい。まだふわふわしている尻尾を叩きながら素直に敗北宣言を出す。
「よし、これで残ったのが本物だ!」
目の前で繰り広げられた攻防(?)にも表情一つ変えずにいた姜公を指差す。
「確定ですか?」
星辰が、にやりとしたような気がした。
「……え? だって、もう他には残ってないし……」
「はい、天化様、失格」
「え゛!?」
それではこれは一体誰だ?
化けているのは蓬莱の住人と限定してあった。
部下の人数はこれ以上いないはずなのに……。
呆然と見守る中、術を解くのにもたもたしていた“姜公”が、ぽん、と変わった。
きらきらひらひらはそのままで……中身もそれにふさわしい、やたらにきらびやかな容姿に。
「げげげーーーっ!」
炳霊公が部屋の端まで飛びのいたのも無理はない。
よりによって、人面魚。もとい南海の(一応)竜の貴公子、玉翠であった。今日は久しぶりに一応美形の人間形であったが。
「これを蓬莱宮の住人にいれるなよ、おい!!」
「ふふふ、負け犬の遠吠えは見苦しいですよ、炳霊公。これで私は今日一日姜公殿を南海へお連れする権利を得たのです」
「なんだと、ちょっと待て!」
喚きあっているところに、ドアが開いた。
姜公だった。
怒っているのか、恐ろしく表情がない。
「ねぇ、姜公殿、もし炳霊公が私とあなたの見分けがつかなかったら、今日一日お付き合いくださるとおっしゃいましたよね」
「なぁ、今のは反則だぜ、化けてるのは部下だけだと思ってたし、ちゃんと人数も数えてきたんだし……」
口々に訴えている二人を、じろりとねめつける姜公。
その痛いほどの視線が緩まないので、犬猿の仲のはずの二人が思わず一緒に逃げ出しそうになった時、星辰が冷ややかに告げた。
「残念でした。お二人とも、失格です」
「「え!?」」
不機嫌な表情のまま、その姿がゆらりとぶれ……現れたのは、真っ白な虎のような四足獣。
「梛!?」
炳霊公の使役獣である馬腹。霊力は高いが、自分で化けられないはず。星辰が術を使ったのに違いない。
ずるいーずるいーと、今日ばかりは仲良く(?)喚き続ける二人に星辰は一通の手紙を取り出した。
「姜公様よりご伝言です。
今日は4月1日。
下界では四月馬鹿といって人をだましていい日なのだそうだ。
楽しんでくれたかな?
でもテストというのも本当だから、正解していれば、よし。
間違えていたら……楽しみにしていてくれ
――だそうです」
読み上げて、星辰が顔を上げたとき、宮の主と、居候は姿を消していた。
遊びに出かけていた姜公が持ち帰った珍しいお茶や菓子、木の実といった“ごほうび”は、蓬莱の宮の仙獣たちに振舞われたらしい。
END
お題は「マオルと星辰のいたずら」だったのですが、途中から何故か「姜公の陰謀」になってしまいました。
変だなぁ……。
マオルの「猫耳太公望」を見て天化さんが反応しているところのヒントは、「捜神伝」掲示板でMさんが描いてくださったマンガ「
天化の判断・多分バッドエンド」です。(捜神伝やってない人でも笑えるので、是非ご覧ください)
天化さんが、「猫耳! 猫耳薬!」とこだわっていたので、叶えてあげようかと(笑)。
それから、ようやく名前の出せたペアの仙鳥。実は「翡翠」で出てきた翡翠の夫婦です。生まれ変わって、今はのほほんと幸せそうです。
春和景明
春の日の穏やかで明るいさま。……平和だなぁってことで。
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