「賢者の石?」


「大変ですわ!」
午後の軍議に飛び込んできた竜吉公主に、緊張が走る。
敵襲か?
「どうなさったのです、公主」
楊センにたずねられて、竜吉公主はのほほんと焦りつつ(←矛盾するようだが、彼女は違和感なく同時に表現できる)、珍しく声を張りあげた。
「漬物石が割れてしまいましたの!」
本陣の中がしん、と静まり返る。
皆固まったまま声も出ない。
「あ、あの……公主……?」
ようやく我に返り、なんとか言葉を探す太公望に、公主は追い討ちをかける。
「一大事なのですわ! あれがないと、美味しいすずな漬けができないのです。楊セン様がお好きですのに!」
彼女にとっては、敵との対決よりも、楊センの食事の方が大切らしい。
まぁ、それは誰でも知っていることであったが。
「わ、分かりました、公主。誰かに、よい石を探してきてもらいますから……」
「お願いいたしますわ。大きさも重さも、ちょうどよいものでないと、うまく漬けられないのです」
「えーと、それじゃあ……」
暇な人、とはさすがに言わず、太公望はきょろきょろと周りを見回した。
黄飛虎や蘇護にまさか石を探して来いとは言えないし、楊センでは竜吉公主が怒りそうだし。
「天化と韋護さん、よろしく」
今日予定がない者に白羽の矢が立った。
「……ああ」
「げっ、俺かよ!?」
韋護は特に反論もなく立ち上がり、天化は文句を言いながらも、本陣でごろごろしているよりはマシと判断したのかそれ以上言い返さなかった。
「これくらいで、このくらいの重さで、こんな形が欲しいのですの」
ぱぱぱっと身振り手ぶりで竜吉公主が示したが――分かった者がいたらたいしたものである。いるとすれば、長い付き合いの「許婚」楊センくらいであろう。
「こんな感じです」
ぽん、と石に変化した楊センが韋護の手に収まった。両手で持ってずっしり、少し平べったい感じでかなり重い。

(そのまま樽の上に載ってもらっては)

誰もがそう思ったが、さすがに口に出せるものはいない。
「よろしくお願いいたしますわね」
特上の微笑みに見送られ、出て行く二人に本陣に残された者たちは心の中で応援の布を振っていた。

 * * *

「石なんてごろごろしてるもんだとばかり思ってたが、案外ないもんだな」
「……ああ」
このあたりは緑豊かな平地である。ふかふかの腐葉土の合間には、かけらのような小石しか見当たらない。
岩がむき出しの山であれば、いくらでも砕いてちょうどいいものを作れるだろうに。
川辺なら上流から流されてきた石塊くらいあるだろうと思ったのだが、こちらもどこかでせき止められているのか手の平に収まる程度のものばかりだ。
竜吉公主の頼みだからと、一応真面目に探していた天化だったが、直に飽きて、やわらかい草が生えているところでごろりと横になってしまった。
「なんだって道士が石探し……。さっさと妖魔どもを片付けて、修行に戻りてぇな」
呟いたものの、果たして戻れるのかどうか。
ふと思いついて、連れに声をかける。
「俺に何かあったら、後頼むわ」
「断る」
「へ!?」
跳ね返るような返事に仰天した。
元々寡黙な韋護のこと。
返事があることも期待していなかった。
しかもその返事が、分かった、でなかったことに驚く。
「自分でやれ」
不吉なことを言ったので、韋護なりに怒っているらしい。
そんな反応が返ってくるとは思わなかった。
しかし、言ってからわずかに口元に笑みが浮かんでいるところを見ると、からかったらしい。いい度胸だ。
今までほとんど話したことがなかったので気づかなかったが、意外と面白い奴なのかもしれないと見直す。
先に進んでしまっていた韋護に追いつき、石を探しつつ、他愛のないことを話し始める。
韋護は韋護で、天化のグチやら自慢話やらを、静かに聴いて(聞き流して)いた。
ぶつからない、という点では、意外といいコンビなのかもしれない。
だが、肝心のよい石は見つからず、日が暮れてしまった。
石探しはまた今度にすることにして、二人は仲間たちの元へ戻ったのだった。

 * * *

戻った韋護は、石が見つからなかったことを竜吉公主に報告した。
明日、改めて別の場所に探しに行くと天化が言っていたことも伝えたのだが。
公主は深く深くため息をついた。
「困りましたわ、明日の朝食用に必要ですのに。どうしましょう。せめて代わりの何か……」
しばらくおろおろしていたが、ふいに、何かを思いついた目がきらりと輝いた。

 * * *

そろそろ寝るか、と自分の天幕へ向かおうとした天化を太公望が呼び止めた。
「すまないのだけど、例の石、急いで探して来てくれないか」
「はぁ? 今からかよ!?」
見つからなかったことは、戻ったときに報告済みだ。その時、太公望も納得して明日でいいと言っていたのに。
「次の山か、洞府行った時でいいだろ? たかが漬物……」
「これを見て、同じことを言えるか!?」
ぐいぐいと腕をひっぱって、厨房の天幕の方へ連れて行く。
「一体何……」
中は普段と一見なにも変わっていなかった。
真ん中で、でんと大きな顔をしている漬物樽も。
ただいつもと異なっているのは……

割れたという漬物石の代わりに、載せられているもの。
確かに材質は石だと分かるのだが。

――きちんと膝をそろえて正座した姿で石化した韋護だった。

「仙界にでも行ってくる……」
「頼むよ……」

翌朝食卓に並んだ漬物は、えらく出来がよかった。
竜吉公主が虎視眈々と「石」を狙っているという噂である。

END


天化「お前もおとなしく漬物の上に載ってんじゃねぇよ!」
韋護「ああ……」(←特に気にしていないらしい)


韋護さんの石化能力は、人体組成変化、重さは自由自在つーことで。
ゲームをやったことない方へ。
韋護さんは、身体を変化させて石になることができるのです。


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