「間雲孤鶴(かんうんこかく)」

天兵がやってきたのは、光が冴え冴えとした満月の夜のことだった。
「夜香という者はいるか」
青狼は、驚きはしなかった。
ただ、とうとう来たか、という思いが横切ったのは否定できない。
地上において、天界にも香る夢幻の月李(バラ)を作り出す主。
いずれ、天界から召抱えの迎えがくるだろうことは予想していた。
だがそれは、死を経ても仕えてきた主との永遠の別れでもある。

白い月李が咲き乱れる中、捜していた主は東屋で、『長老』と碁を打っていた。
来客であることを手振りで示したが、主はふうん、と言ったきり、振り返ろうともしない。
人界の友人ならいざ知らず、天界の使者を待たせるのはまずかろうと、青狼があせり始めた頃、案の定待ちかねた天兵たちが勝手に庭園に入り、辿りついていた。

「夜香とはお主か? 出迎えにも来ないとは何様のつもりだ」
「……約束もなしに訪れた者へ取る礼儀は知らぬ。勝手に私の庭に入ってくるとは何の用だ」
柔和な見かけによらぬ厳しい口調に、思わずひるんだ隊長は、それを隠すかのように声を張り上げた。
「天帝の御命だ。お主を天庭の係に召したいのとのことである。ありがたく拝命し、直ちに同行するように」
権力を笠に、相手が逆らうことなど考えたこともない態度に、夜香は軽くため息をついてようやく振りかえった。
「私を連れて行こうとするからには、私の回りの者も一緒に行けるのだろうね?」
「いや、天帝が召されたのはお主だけだ」
「では、私は行かない」

きっぱりとした返答に、天兵たちは仰天する。
「天帝の意に逆らうと言うのか!?」
「勝手に呼びつけようというのはそちらだろう。私は、一人でこれらの花を咲かせているわけではない。彼らも一緒でなくては、絶対に行かぬ」
「天界にも、下僕となる者はたくさんいる! そちらで改めて雇えばいいではないか!」
「話にならない。私の好みを全て知っている部下を捨てて、新しく一から教え直せと? ご免こうむる。……地獄へ呼ばれた方がましだ」
「こ、この不届き者が…………!」
「場違いな侵入者は、人界では君たちの方だ。ここは私の庭、私の聖域。出て行きたまえ」

さらに何か言い募ろうとした天界の使者たちの前に、ざわり、と動いた月李の蔓が壁を作った。
美しい月李が纏う鋭いとげは、蠍の尾のような武器であった。
覚えてろ、という雑魚敵のような捨て台詞と共に、天兵たちは慌てて騎獣に乗って去って行く。

「よろしかったのですか、夜香様。仮にも天帝の使者ですぞ? 万一、本当に地獄にでも落とされたら……」
「全員で堕とされたら、地獄に月李園でも作ろうか。あちらの管理者は東岳大帝。飛虎ちゃんじゃないか。挨拶を兼ねて行ってもいいけど」
「それもまた良きかな……ですか」
「それにね……今のことは多分天帝にまで報告されないよ。天帝の命は絶対だ。天帝が私を召そうとしたのであれば、何がなんでも連れて行かなきゃならない。でないと怒られるのは自分たちだから。……直に別の使者が来るだろう。『全員来てもよい』っていう知らせを持ってね」
「やれやれ、全て計算づくですか。相変わらず性格の悪い……」
「悪くて結構。私の勝ちだ」

『長老』の、あっという驚きの声を背に、夜香は機嫌よく立ちあがった。
「青狼、心配そうな顔をしているね。大丈夫だよ」
まるで子供でもかまっているかのように、自分よりも背の高い相手の頭をぽんぽんと撫でる。

天界から別の使者がやってきたのは、東の空が薄く白み始めた頃だった。


                                         END

間雲孤鶴:
何の束縛も受けず、悠々と暮らす境遇の例え。
間雲は静に浮んでいる雲、間は閑と同じ。
孤鶴は群れを離れた鶴。

間雲孤鶴、いずれの天にして、飛ぶべからざらん
(どこの空へも飛んで行ける、の意)


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