「月見夜」

「綺麗な月だね」
雲ひとつない夜空に、他の星々を圧倒して輝く満月。
「下界の戦いなんぞ、まったく関係ないってツラだ」
冷たく冴え冴えとした、青白い光を地上に投げかけている。
「今夜は十五夜……月の兎は餅をついてるのかな」
「月にいるのは蝦蟇(がま)蛙って説もあるぜ」
「月に上った仙女、嫦娥(じょうが)様の横顔とか」
「桂が生える月世界……か。あっちからは地上見物でもしてるのかね」
なんということもない話をしながら、天化と太公望は、手にした皿代わりの木の葉から、丸いものをつまんでは口に放り込んでいる。
おなじみの月見団子……ではない。
半透明の柔らかいもの。

ことの初めは、雷震子のわがままだった。

  * * *

「らいちゃん、つきみだんごをたべたいのだ」
民家の縁側に飾られた、山と詰まれた団子を見た後、雷震子がだだをこね始めた。
道士は三尸を避けるために、穀類を口にしない。
月見につきものの団子も酒もご法度である。
一度言い出すとうるさい雷震子のつきまといに閉口し、天化がありあわせの材料で何やら作り始めた。
しばらくして、雷震子の前に出されたものは。
大きな木の葉の上に、積み重ねられた丸いもの。
葛で作られたらしいそれは、柔らかで半透明で、一つずつ並べればまだ良かったものを、下手に月見団子風に重ねたものだから、互いの重みでつぶれ、へたっている。
その様子はどうみても。
「くらげみたいなのだ」
言われるとは思っていたが、がくりと肩を落とす天化。
横から一つつまんで口に入れた太公望を、ちらりと天化が見る。
「――どうだ?」
「水母(くらげ)って感じ」
「……ひでえ」
「月見団子には程遠いけど、普通の菓子としてはすごくいいんじゃない? ほんのり甘くて、見た目も涼しげだし」
「おいしいのだ。くらげさんのあじなのだ」
それは違うと思うが。
見た目はともかく、味はそこそこ。
菓子にはあまり縁のない子供たちは喜んで食べていた。
大人の道士たちにも好評……というかウケを取り、残りで月見としゃれこんでいるところだった。
「あの、もし」
どこからか、呼びかける声が聞こえた。
「もし、こちらです」
声のする方……足元に目を向けると、そこには一羽の白い兎が立っていた。
大きな耳をかしげながら、二人を見上げている。
――兎が話している?
「……妖魔にしちゃ、間が抜けてるな」
「わたくし、妖魔ではありません!」
失礼な、と言いたげに、大きな足でぺしっと地面を叩いてみせる。
「わたくし、ある宮中で料理長を務めております。人界の菓子を見て回る旅をしておるのですが……その御菓子を一ついただけませぬか」
「え? これですか?」
太公望が差し出した葉の皿の、半透明の菓子を器用に受け取り、兎はもちゃもちゃと食べ始めた。
上品に口を拭いた後、目を閉じて月を仰ぐようにしてうなずく。
「うむ、さっぱりとして品の良い甘さ、それにひんやりとした感触、柔らかくしかし適度な口当たり……すばらしい!」
いっぱしの美食家のように評する様子に、天化は笑いをこらえている。自分的には失敗作だったのだ。
「これなら主様も喜ばれるに違いない。……すまぬが、これのレシピを教えてはもらえぬか?」
「レシピってほどじゃねぇけどな。基本はただの葛餅だ。中は桑の実をつぶして練ったもの。水加減はちょっと多めに……」
「おお、ふむふむ」
熱心に耳を傾け(文字通り傾けている)、何度もぶつぶつと反芻した後、兎は深々と頭を下げた。
「かたじけない。貴公のお名前をお伺いしてもよろしいか、この銘菓と共に長く伝えましょう」
「止めてくれ、名を残すような代物じゃねぇよ。それより、あんたの主に、よろしく伝えてくれ」
なんと欲のない、としきりに感心した後、残りの菓子を持たせてもらった兎は、何度も丁寧に頭を下げた。
さすが満月、変わったこともあるものだと、森の中に消えていくのを人間たちは呑気に見送った。

 * * *

時は流れて一八〇〇年。

「おお、よう来た、炳霊公、姜公。神界の名物を招くことができてわらわは嬉しいぞよ」
名物というのがちょっとひっかかるが、二人はあでやかな美女に拱手を返す。
「お招きいただき恐悦至極に存じます」
「嫦娥様におかれましては、ご機嫌麗しく……」
「堅苦しい挨拶は抜きじゃ、さ、参れ参れ」
月の仙女たる嫦娥が、ひらひらと自ら二人を先導する。
案内された先は、鏡面のように澄んだ池に面した露台であった。
蓮が花開き、その合間の水面に、時折雫が落ちるのか波紋が広がっている。
やがて、兎の仙獣たちがわらわらと入ってきたかと思うと、机にお茶と菓子を並べていった。
「……嫦娥様、これは……?」
それに目を落とし、姜公が恐る恐るたずねた。
よく聞いてくれた、と言わんばかりに、月の仙女たる嫦娥はころころと笑った。
「地上での中秋の日は、月界では地上を見る日になっておる。だが、月見団子なぞもう見とうない。昔、料理人を下界に遣わしたところ、面白い菓子を覚えてきての。それ以来、この日はこれを用意しておるのじゃ」
柔らかで半透明で、互いの重みでつぶれ、重なり合った葛餅。
ご丁寧に、木の葉の上に積み上げるところまで再現してある。
「この微妙なへたれ具合、芸術だとは思わぬか? 残念だが、製作者の名が分からなくての。『月の水母』と呼ばれておる。ささ、遠慮なく食すが良い」
ちらりと目を見交わして、ぼそぼそと囁き交わす姜公と炳霊公。
「……すごいねぇ、天化。月界の銘菓だよ、銘菓」
「……あの時名乗らなくて大正解……」
上機嫌の仙女は、二人の複雑な顔には、とうとう気づかなかった。


END


銘菓『月の水母』。
月世界に旅行の際は是非お召し上がりください。
賞味上の注意:長時間放置しますと、一体化してキング月の水母になります。

兎の仙獣たちは、人形(ひとがた)になると天化さんが喜びそうなバニーガールになります(うそ)。

何故か何人かのところでパシティエ扱いされている天化さん。
今回は、横から手を出した那咤が水を入れすぎて失敗しました。
へたれ葛餅は、つみかさなった『たれパンダ』をご想像ください。
へにゃり。


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