七夕

「天化殿。七夕の話をご存知ですか?」
蓬莱宮を訪れた二郎真君が、宮の主に尋ねた。
「そりゃ、一般的な程度には」
「そうですか。では台本は要りませんね」
「台本?」
「天界へ奉納する劇への出演依頼が来てます」
炳霊公が、飲んでいたお茶にむせた。
「天界の暇つぶしなんぞ、誰が出るか。断る」
「……すでに『織姫が天界にお戻りになったところ』まで進んでいるそうですが」
つまり誰かさんを誘拐済みと言う事だ。
そういえば、朝から姿を見かけなかった。
てっきり他の宮の手伝いにでも行っているのだとばかり思っていた。
「観音のヤツ、手段を選ばなくなってきたな……」
仕方がない。
「――ところで、最初の「美女たちの水浴び」は?」
「太公望殿に却下されたのでは」
「あそこが一番重要なところじゃねーか」
ぶつぶつ言いながら宮から出た炳霊公に、雷が命中した。

*

「何々、『わらじ千足を竹の根元に埋める』。確か原作じゃ、999足しか作らなくて、一段分足りなかったんだよな」
「もう千足準備済みですから、ちゃっちゃと進めてください」
「……用意がいいな……」
仙獣たちが面白がって作ったわらじをうずめると、竹がぐんぐん伸び始めた。
「これ、実際に天界まで届くわけじゃないんだろ?」
「『舞台』は東岳大帝殿の居住、泰山ですね」
「つーことは、アレが『織姫の父』役ってことか」
会いたくねーな、と呟いているうちに、竹は泰山の岩場に届く直前で成長を止めた。
「なんで一足分足りないんだ?」
辺りを見回した二郎真君が、竹の枝を指差した。
ひっかかっていた人面魚が、わらじを一足咥えている。
「てめえか…」
『織姫』との再会を、少しでも邪魔しようという魂胆だったようだ。
竹の枝に、人面魚を短冊切りにして釣るし上げ、残りの一足分の距離を眺める。
この程度一飛びすれば問題はないのだが。
心ならずも、原作の通りになってしまったので、一応考えてみる。
「原作では最後の一段、どうやって上ったんだっけ?」
「飼い犬のシロを踏み台にしたそうです」
「……マヌケな上に、サイテーな野郎だな。俺は嫌だぞ。配下の者を足蹴にするなんぞ」
「私が踏まれるのもごめんです。失敗の原因に犠牲になってもらっては」
それもそうだと、炳霊公は容赦なくそれを踏みつけた。

ふみっ。
ぐにゅる。

「ぎゃああああっ」
悲鳴を上げたのは、炳霊公の方だった。
「二度と経験したくない感触だ……」
涙目になりながら、そんなことを言っていた。

**

「『そう簡単に娘との結婚を許すわけにはいかぬ。だが、ワシからの試験にすべて合格すれば認めてやってもよい』(棒読み)」
「親父、読むの下手だな」
「やかましい!」
「いいから、さっさと進めようぜ」
「『まずは厩舎の掃除だ。500頭の牛馬がいる巨大な小屋だが、汚れ一つ残せば下界へ叩き戻すぞ』」
「そのネタ知ってるぜ。川を牛小屋の中に引き込んで、一気に汚れを流したんだよな」
東岳大帝に背を向け、炳霊公は愛剣を振るった。
「いっけぇ、朱雀!」
大地に新しい溝が出来、泰山を流れる大きな河から、小屋を通る新しい流れができた。
轟音を立てて水が、全てを押し流す。

「天化殿、うまくいきましたか?」
「ああ、綺麗になったぜ」
「綺麗ですね。――牛馬も流されましたが」
「細かいことは気にするな」

泰山府に役人たちの悲鳴が響き渡った。

***

「次は?」
「『蔵の穀物を、粟と稗と籾により分けるのだ。一粒でも混じっていたら打ち首だ!』」
「だんだん、舅の嫁いびりっぽくなってきたな。……確かアリに頼んで分けてもらうんだよな。うちの翡香と翠蘭たちに頼むか」
「彼らはアリではなくて、トリだったと思いますが」
「字が似てるからいいだろ」
「そういう問題ですか」
指名を受けた仙鳥の夫婦は、仲間の鳥たちを呼び出した。
穀物の山に、一斉に鳥の群れが舞い降りる。
大小様々な鳥たちが、せっせと穀物をついばむ。

「天化殿、首尾はいかがですか?」
「あっという間に終ったぜ」
「……より分けながら食べてしまったようですね」
「おう、一粒残らずな」

再び、泰山府に役人たちの悲鳴が響き渡った。

****

「次は?」
「『一晩、瓜の番をするのだ!』」
部下たちに泣きつかれ、早く息子に帰ってほしい東岳大帝が喚く。
「『どんなに喉が渇こうと、一つでも盗みを働けば、娘には二度と会えぬと思え!』」
投げつけられた台本をひょいと避け、炳霊公は肩をすくめた。
「これは楽勝だな。飲み食いしなくても、別に辛くない――」
「よう、炳霊公。今日はなんの騒ぎなんだ?」
雲に乗って、ふよふよとやって来たのは悟空だった。
「天界の暇つぶしのつきあい……って、お前、何持ってる?」
石猿の手には、大きな瓜のかじりかけ。
「喉が渇いたからよ。ちょっと失敬してきた。でもちゃんと熟れてるのが少なくてさ」
ここまで来る間に、あちこち味見しながら来たらしい。
つまり、一個や二個ではなくて……。
時限式だったのか、悟空の手にしていた瓜から、水があふれだした。
「わわっ、なんだなんだ?」
ごぽごぽと水が湧き出している。
あちらからも、こちらからも。
「やっぱりこうなるのかよ」
呆れて呟く炳霊公の前で、たちまち大きな流れとなり、渦を巻く大河となった。
一個で大河を作り出す瓜。
それが十、二十となった日には。

泰山府が阿鼻叫喚に包まれた。

****

「やぁ、天化」
「よう、迎えに来たぜ」
「随分派手にやったね」
「言っとくが最後のは俺のせいじゃねぇぞ」
大河に隔てられるどころか、一面が水浸しの中に、ところどころに島がある状態になっていた。
「さて、帰るか」
「そうだね、機織機も流されちゃったし」
泰山府の惨状は見なかったことにして、二人は蓬莱宮に戻った。
役人というものは、とかく自分の管轄地以外は気にしないものなのである。



その年の七夕、下界は大雨だったらしい。

END






数日後、天界から『大変面白かったので、来年もよろしく』という書状が届いていたりして。

Mさんがお絵描き掲示板で描いていたネタに、「観音が盗撮魔で、神将たちの××ビデオを販売して天界の復興資金にしている」というのがあったのです。
××はともかく、神将たちの日常はいわゆるバラエティ番組になってるのでは……。

ギャグの時の、神界の三山と泰山府の位置関係は笑って許して下さい。
三山と五岳(泰山府)は(人界、天界に比べれば)並列の高さで、竹はうよーんと伸びた後、しなって泰山府に到着し、炳霊公が降りた後、びよん、と跳ね返って人面魚をお星様にした。という場面まで浮かんでます。

奄美大島の七夕&羽衣伝説に、試験ネタの民話を混ぜてみました。
普通は魔法使いや妖精が手助けしてくれるのですが、神将が自力で大雑把にやると大変なことになるようです。
どっとはらい。



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