いもむしころころ

「天化、いもむしを知らないか?」
「は? いもむし?」
「雷ちゃんにもらったやつ! 昨日までいたのに!」
「……まだもってたのか。あんたもまめだね」
「受け取ったからには、責任もって蝶にしないと。どこ行ったのかなぁ」
「……あ」
走り去っていく背に、ちょん、と黒いものがついている。
何かのサナギだった。
声をかける前に、太公望の姿は陣営の向こうへ消えてしまった。
「ま、いいか。後で」
そして、そのことはすっかり忘れてしまった。

* * *

その日は、比較的大きな戦闘になった。
敵は雑魚がほとんどだが、数が多い。
関門を落とすには時間がかかりそうだった。
いつも通り、大将のくせに前線に立った太公望の背を見て、天化はサナギのことを思い出した。
しかし、伝える前に戦闘が始まってしまい、なかなか話せない。
「太公望、あのな……」
「なに、聞こえないよー!」
近くにはいるのだが、剣戟や術の音で声が届かない。
背中に、と言おうとするのだが、その度に矢が飛んできたり、切りかかられたりして、思うようにいかない。
太公望が敵の攻撃や術の余波で転びそうになるたびに、いつも以上にひやひやする。
その状況が長引くにつれて、天化の忍耐に限界がきた。
「てめえら、邪魔するんじゃねぇ!」
召喚された炎の鳥が、太公望に群がっていた敵兵を蹴散らす。
ようやく少し、周りが静かになった。
「さっきから何か言おうとしてるみたいだけど。なんだい?」
駆けつけてきた太公望が、安命術をかけながら尋ねる。
ところが、大きな術を使ったせいか、いきなり顔を覗きこまれて焦ったせいか、伝えようと思っていたことが頭からふっとんでしまった。
「ええと、なんだっけ」
「忘れる程度のことなら後でいいかい? 怪我人の手当てをしないと」
「そ、そうだな」
「それじゃ、また後で」
くるりと向けた、その背中に。
「あ。」
思い出した。
だが、太公望はひょいと段差を飛び降りて、走り去ってしまった。
「また言い損ねた……」
がっくりと肩を落とした天化が後に取り残され、たまたま回りにいた敵兵たちが八つ当たりにあった。

***

数々の苦難(?)を乗り越えて、なんとか無事に回収されたサナギは、見事蝶になった。
陣内をひらひらと舞い、美しい羽で皆をなごませていた。
「雷ちゃん、見て見て。綺麗な蝶になったよ」
喜ばせようと呼んだのに、雷震子はふくれかえっていた。
「おにいちゃんのバカっ! いもむしはコロコロしたのがおいしいのに!!」
走り去っていく童子を、真っ白になって見送る太公望。

苦難の道は、まだまだ続くようだ。



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