霓裳羽衣(げいしょううい)

「何か欲しいものはないのか?」
姜公が神界へ来て以来、炳霊公は何度も尋ねている。
自分は神将、三山の管理者という立場であるのだから、大抵のことは叶えてやれるのに。
あれもこれも、という奴はごめんだが、贈り物一つできないというのもつまらない。
そうは言われても、元々物欲の少ない姜公のこと、甘えて物をねだること自体が思いつかない。
いつも通り、何もいらないと言いかけた時、あるものが目に止まった。
「これが欲しい」
引っ張ったのは、炳霊公が身につけている、帯のような天衣。
いわゆる、羽衣である。
「空飛べる人って必ずこれを着けてたよね。僕も持ったら飛べる?」
「練習次第だな」
渡された天衣を、見よう見真似で肩から腕に巻きつけてみると、ふわりと身体が浮いた。
「大丈夫そうだ」
「自分でわざわざ飛ばなくても、玉麒麟や俺が連れて行ってやるのに」
頼られることが一つでも減るのが、炳霊公は気に食わない。
それでも、ふわふわ浮いている姜公が楽しそうなので、希望を叶えてやることにする。
「お前専用のを用意してやるよ」
「ありがとう!」
素直な笑顔を見られたことに満足して、炳霊公は星辰に命じた。
「星辰、天衣を一枚、あいつにやってくれ」
ついでに、こっそりと命令を追加。
「……一番扱いにくいのを渡してやれ」
「あまりの暴れ者で、誰にも扱えなくてお蔵入りになっているのがありますが」
「それでいい」
大人気のなさでは那咤と同レベルの炳霊公であった。

*

「ありがと……っ!?」
姜公が受け取った途端、、無色透明な天衣は持ち手を振り解こうと、暴れ始めた。
跳ねるわ跳ぶわ、手がつけられない。
「ちょっと天化! 天衣ってこんなに荒っぽいのか!?」
「そうそう、最初は皆、手なずけるのに苦労するもんさ」
――大ウソである。
「じゃあな、がんばれよ」
姜公の悲鳴をしばらく楽しんでから、炳霊公は宮を後にした。

*

「どうなった?」
妖魔の残党退治から戻った炳霊公は、星辰に尋ねた。
さすがにアレは乗りこなせまい。
あきらめて泣きついて来ることを期待する炳霊公に、珍しく星辰が苦笑しながら答えた。
「太公望様が、天化様を含めたあの西岐軍をまとめておられたことをお忘れですか?」
まさか。
部屋を覗くと、姜公が上機嫌でふわふわと寄ってきた。
「天化、見て見て。乗せてくれるようになったよ」
天衣は、持ち手に気を遣うかのように、ふわりと宙に浮いている。
無色透明だったのが、ご丁寧にほんのりと桃色になっていた。
当然のように、持ち主にぴったりと巻きついている天衣。
必要以上に張り付いて見えるのは気のせいか?
「――よこせ! 修羅界に捨ててきてやる!」
「ちょっと、何すんのさーっ!」
するりと持ち主の手からすり抜けた天衣が、炳霊公の首に巻きつき、きゅっと締め上げた。
神界一の暴れん坊の天衣という味方を手に入れた姜公に、もはや敵はいないようだ。

*

「他に、何か欲しいものはないのか?」
「何もいらないよ」
しばらく考えてから、尋ね返す。
「天化こそ、何か欲しいものはないのか?」
――一番欲しいものは手に入った。
これ以上何を望むことがあろう。
姜公が、「分かった?」と言いたげに、腕の中でふわりと微笑んだ。




【霓裳羽衣】
中国唐代の宮廷演舞の傑作のひとつ。
月の天女が舞っているのを見た玄宗皇帝が作曲し、寵愛する楊貴妃に躍らせたと伝えられる。
霓裳羽衣とは虹のように美しい裳裾のこと、あるいは天女の着衣。

世界各地に羽衣伝説とそれにちなんだ楽舞、祭りは多いものの、天女の羽衣は、韓国の「八仙女ノ舞」が一番イメージに近いかも。


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