優等生の憂鬱
西岐軍に加わって数ヶ月。
人数はますます大所帯となっているのに、楊センは気が付くと一人でいることの多い自分に気づいていた。
そつなく何でもこなし、人の迷惑にはならないように。
人に弱みを見せぬよう、苦手なことがあれば、努力して克服してきた。
だが、そのせいだろうか。
いつの間にか、人からは少し間を置かれるような立場になってしまった。
皮肉をこめて「優等生」と呼ばれたこともある。
だからと言って、できることをできないふりをするなど、性格に合わないし、周りの者にも失礼だろう。
一人で行動するのには慣れていたし、気楽だからそれは構わない。
近くにいて気疲れしない者と言えば太公望だが、彼は何かと忙しすぎる。
手のかかる者が近くに多すぎるのだ。
とにかく血の気の多い火属性の者たちは、戦闘ともなれば突っ走るし、本陣に戻ったら戻ったでケンカが絶えない。
太公望の目がそちらにばかり向くのは仕方のないこと。
少し寂しいような気もするが。
丁度そんなことを考えていたので、声をかけられた時には驚いた。
「楊セン殿」
太公望だった。
倉庫から本陣へ向かう途中なのか、符印や仙桃などを抱えている。
そのような雑用、人に命じておけばいいのに、いまだに自分でやってしまう大将。
だからますます忙しくなっているのに。
そこがいいところで、悪いところだ。
自然と、運ぶ手伝いをすることになる。
「いつも感謝しています。助けていただいてばかりなのに、ろくにお礼も言えず申し訳ありません」
「いえ、当然のことをしているまでですよ」
「そう言って下さるから、つい甘えてしまって。これからもご迷惑おかけするかと思いますが」
「大将殿は、お気になさらず、これからもこき使ってくださればよろしいのです」
そう言うと、太公望はいつもの笑顔を見せる。
この顔を見るだけで十分、と思っているのは、自分だけではあるまい。
「本当にすごいと思います。術も戦闘も強いし、気づくとそばにいてくれるし、控え目で、素早いし、可愛いし」
いやぁ、それほどでもと言いかけた楊センだったか、最後で何か変だと気づいた。
「本当に一体何度助けられたことか。ありがとうね、哮天犬」
「わふ」
いつの間にか、楊センの袖から、仙犬が顔だけ出していた。
「太公望殿、軍議が始まりますぞ」
「はーい、今行きます!」
固まった楊センに気づかぬまま、太公望は荷物を受け取って本陣の方に走っていく。
背後で、かすかな笑い声が聞こえた。
軍議から逃げてでもいたのだろう。西岐軍の特攻隊長が木の陰に隠れていた。
一体どこから聞いていたものか。
多少うらめしげに睨むと、さすがに気の毒になったか、珍しく慰めの言葉が投げられた。
「最初のうちは、確かにあんたのことを言っていたと思うぜ。途中で犬と目が合って方向性が変わっちまったようだが」
「いいんですよ、どうせ私はこういう存在ですから……」
その日、陣内では、楊センが暗い雲を背負っていると話題になっていた。
* * *
翌日は、関門攻めとなった。
固く閉ざされた門を開き、敵将を撃たねばならない。
敵も後がないことが分かっている。兵士の間に妖魔も多く混じっており、油断のできない戦況だ。
術を使う相手も多い。楊センは先陣は剣術の得意な者たちに任せ、術にかかった味方の手当てに当たっていた。
「ありがとうございます、楊センさん!」
回復した少年が、元気に駆けていくのを見送った後、背後に気配を感じた。
城の脇は、段差のある崖のようになっている。
その下から、術での攻撃があった。
足元が崩れる。
無事に着地したものの、待ち構えていた敵兵から一撃を食らってしまった。
敵将の他に、数名。
普段なら恐るるに足りない相手だが、先に手傷を負ってしまった上に、仲間たちから分断された。
この距離では助けも期待できない。
それ以前に、ここにいることすら気づかれていないだろう。
自分はこのような者相手に、こんなところで倒れるのか。
誰にも知られぬまま、独りで。
……それも自分らしいかもしれないな。
多少自虐的に弱音を吐きかけたときだった。
「霧露乾坤網!」
優しい霧のような術が、周りを取り巻いた。
傷の痛みが治まった。
「三尖刀!」
目の前の敵将を倒し、ふわりと舞い降りてきた自称いいなづけを受け止める。
「楊セン様、間に合ってよかったですわ」
「公主、何故ここへ……」
「太公望様が、楊セン様がこちらにいると教えてくださったのです。自分は今離れられないから、わたくしに行くようにと」
あの一瞬で、気づいてくれていたのか。
この乱戦の中、全員に目を配るのは大変だろうに、本当に大将殿は全体を見てくれている。
だが、まだ敵はいる。
自分一人で倒しきれるだろうか。
せめて公主だけは無事に逃がさないと。
周りを取り囲む妖魔たちに、愛用の槍を向ける。
刹那。
空から舞い降りた炎の鳥が、妖魔たちを蹴散らした。
「よう、色男。あんたが怪我なんて珍しいな」
「天化殿まで。先陣争いされていたのでは?」
「しゃーねぇだろ。「軍師殿の命令」じゃ。今日のところは、暴れん坊と凶暴女に譲っておくさ」
太公望は、楊センの身を案じて、回復術の使い手である公主と、最強の手駒である剣士まで送ってくれたらしい。
自分が危なくなるかもしれないのに、あの人は。
半泣きで回復術をかけ続ける公主を、もう大丈夫だからとなだめ、戦線へ戻ろうと立ち上がる。
そこへ、白刃がひらめいた。
「だーれが凶暴女ですってぇ?」
「うおっ、嬋玉、お前は城攻めじゃなかったのかよ!」
見事に剣で受けたものの、危うく天化は両断されるところだった。
この幼馴染も良く分からない関係だ。
「敵将が、城から逃げ出してこっちに来てたのよ。あっちは援軍を出させないように門を封鎖してきたわ」
「もしかしてコレか?」
足元に伏した敵将。
楊センの槍に倒れた者だ。
まさか、城の王将だったとは。
「ご無事でしたか! ……倒してくださったのですね、さすが楊セン殿」
少し遅れて駆けつけてきたのは、我らが軍の大将殿。
敵将に一礼し、封神の言霊を唱える。
後は関門を開くだけだ。
しかし、捕らわれた人々の開放や略奪された物資の分配など、これからやることは山ほどある。
それなのに。
「待ちなさい、天化! まだ話は終わってないわよ、五光石!」
「なんの、朱雀剣!」
「やーめーなさい〜っ!!」
やれやれ、大将殿の気苦労はまだまだ続きそうだ。
せめて自分だけでも、苦労の種にはならないでおこう。
優等生で結構。
その肩の荷を少しでも減らせるのであれば、自分の気質に感謝しておこうではないか。
楊センは、同様にため息をついている天祥に声をかけ、門に向かったのだった。
おわり
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