冬天青極まりて
「どうかしたかい、天化」
「いや……楊センと天祥が水属性ってのは分かるんだが」
「二人とも冷静で、いい歯止め役だね」
歯止めされている本人が苦笑し、続けた。
「どうしても納得できないのがいる」
「誰?」
柵の向こうで、子供たちの稽古の相手をしている男を指差す。
「趙公明。あれが水ってのが不思議でな」
「不思議でもなんでもないよ。彼は……熱湯だから」
「うわ、一発で納得した」
「だろう?」
平然と言ってのける辺り、大将も火傷しかけた経験があるからだろう。
「あそこの兄妹は、兄貴と一番下が好戦的で、真中の二人が歯止め役、か。うまくできてるもんだな」
「水、木、金、火。互いに補完しあっていて、バランスいいよね」
二人が自分を見て話していることに気づいた趙公明が、ひょいと柵を飛び越えてきた。
「なんだなんだ? こそこそ俺の悪口でも言ってやがんのか」
咎めるように言いながらも、目は笑っている。
「悪口なら聞こえるように言います」
「悪口なら本人の前で言うぜ」
「お前ら、性格悪すぎ」
口をそろえて言った二人には、苦笑するしかない。
「公明殿のところは兄妹仲がよくて、うらやましいって話ですよ」
「お、やっぱりそう思うか? うちは良く出来た奴ばかりだからな、うんうん」
まったく謙遜しない辺り、兄バカ全開である。
「公明さーん、術教えてくださーい!」
「おう、今行く!」
年下の扱いに慣れているからか、なかなかいい兄貴ぶりだ。
そちらに行きかけて、公明は二人を振り返った。
「そうだ。明日の早朝。起きられるなら、湖で面白いもんが見られるぜ」
「はやくはやくなのだー」
「まぁ、待てって」
子供たちに懐かれて、まんざらでもないらしい。
得意の浮遊術で身軽に去っていく背を見送って、太公望は首をかしげた。
「面白いものってなんだろう?」
「さぁな」
子供たちがそろって発した大技の気配に、太公望は趙公明の無事を祈って合掌した。
***
傍らで動く気配に、天化は目を覚ました。
「天祥?」
「ごめんなさい、兄上。起こしちゃいましたか」
弟は、きちんと外用の服を着込んでいた。
「なんだか目が覚めちゃって」
「趙公明が言ってたやつか」
まだ夜明けには早い。
一番冷え込む時間帯だ。
満月に近い月のおかげで、辺りは薄明るい。
弟一人を行かせるのが心配なのと、公明の言う「面白いもの」が何か興味があったので、天化も起きることにした。
空気が張り詰め、氷の粒が顔に当たっているように感じる夜明け前。
「お、来たな」
湖で待っていたのは、公明だけではなかった。
「楊センさん、那咤。韋護さんも」
結構な人数が、すでに湖畔に集まっていた。
「面白いもんが見られるっつーから来たんだけどよ。こんな湖で何があるってんだろな」
退屈した那咤が、飛び回りながら辺りの木や石や韋護に八つ当たりしている。
「さすがに寒いですね」
「あと少しの辛抱ですよ」
身を震わせる天祥を、面白いものが何か知っているらしい楊センがなだめる。
集まった顔ぶれを眺めて、趙公明が呟いた。
「あと見損ねてうるさそうなのは……女たちの天幕に入るわけにゃ行かねぇから、あきらめてもらうとして。……大将か」
その言葉に、天化が肩をすくめる。
「あいつは寝起き最悪だぞ。起こすのは命がけ……」
周りの者たちの視線が自分に集まっていることに、天化は気づいた。
「――俺かよ!?」
猫の首に鈴をつける役目、決定である。
「お前ら後で覚えてろ……」
ぶつぶつ言いながら大将の天幕に向かうのを、仲間たちはにやにやしながら見送っていた。
***
「おい、大将。起きろ」
「うーん……?」
声をかけて何度目か。
ようやく目を開けた太公望は、枕元に置いてあった打神鞭をつかむなり、声のした方へ振り下ろした。
「馬鹿、俺だ俺!」
危うく避けた天化が、小声で喚く。
「むー、俺俺詐欺?」
「そういう、時代考証狂わせるネタを使うな」
「もう朝〜?」
「いや、まだあと一刻ほどあるが……」
「ぐう」
「ほんっと寝起きわりぃな、こいつ」
「眠いよう、寒いよう」
「情けねぇ大将だぜ、まったく」
この調子では、起こしたことをいつまでも恨まれるに違いない。
そのくせ、起こさなければ、仲間はずれにされたと機嫌悪くなるのが目に見えている。
まったく割に合わない役を押し付けられたものだ。
もっとも、滅多に見られない顔を独り占めして、役得、と思わないでもなかったが。
ありったけの外着を被せ、なだめすかしてようやく外に連れ出すのに成功する。
難攻不落の砦を落としたくらいの達成感であった。
***
「太公望さん」
「なっさけねぇ顔」
大将の寝ぼけまなこに、趙公明と天祥が苦笑し、那咤が遠慮なく笑う。
その時、楊センが湖の方を指差した。
「来ましたよ」
月明かりの下。
ぴしっ、と鋭い音が闇に響いた。
続いて、湖の奥からも。
そして――。
どおおおん、と爆発のような音が響き渡った。
一瞬にして湖上に現われた氷の槍の群れが、湖を両断したのだった。
その後には、湖の中から現われた氷柱が湖面を串刺しにしたような、不思議な光景が残されていた。
「な、すごいだろ!」
「はい!」
「すっげええ」
昼夜の気温差を受けた氷が膨張を繰り返し、その限界を超えた時、巨大な亀裂となる。
神渡り(みわたり)と呼ばれる現象だった。
「湖は結構あるがな、ここの神渡りは特に見事なんだ」
よほどお気に入りの場所だったのか、得意気に公明は胸を張る。
「人間にここを教えてやったのは、聞仲くらいのもん……」
自分で言ってしまった言葉に、公明は一瞬顔をこわばらせたが、すぐにいつもの皮肉気な笑みに戻った。
「公明さん……」
心配そうに袖をつかんでいる天祥の頭をくしゃくしゃと撫で、ひょいと抱え上げる。
「ここはな、上からの眺めが一番いいんだぜ!」
「お、ずりぃぞ、オレも行く!」
白銀に輝く湖面。
突き立った氷の刃は、水の凄まじい破壊力を誇示していた。
だが、今はそれも静まり返り、美しい彫刻となって月の光を散らしている。
「……聞仲殿と同じ場所を教えてもらえたということは、少しは心を開いてもらえたと思っていいんだろうか」
氷の造形よりも、その上を楽しそうに飛び回っている者を見つめて、太公望が呟いた。
「少しどころではないと思いますけどね」
楊センの言葉に、大将殿は氷が陽の光を浴びたような笑顔を見せた。
***
その日。
あくび交じりで封神された敵将に、同情が集まったらしい。
おわり
おまけ:
太公望 「少し不謹慎だったかな」
楊セン 「少しどころではないと思いますけどね」
御神渡り(おみわたり):
湖面が全面結氷し、さらに昼夜の温度差で氷の膨張・収縮がくり返されると、氷が裂け、高さ30cmから1m80cmくらいの氷の山脈ができる。
これを「御神渡り」と呼ぶ。
日本では、諏訪湖、山中湖のものが有名。
TOP/小説/
封神演義篇