最強の薬


敵陣近くに走り出してしまった太公望を追い、背後にかばう形で敵側と相対する。
天化の剣が、敵の弓を払った。
このまま、勢いに乗って関門を突破できれば……。
その時だった。
「玄武槍!」
背後から、威勢のよい声が聞こえてきた。
続いて、真後ろから地響き。
宝貝による術が、大地をえぐり、敵をなぎ倒す。
ついでに、門の横に大穴が開いた。
ただの人間にしては見事な技だ。
……敵との間に、自分たちさえいなければ!
「こ、このクソ親父、なんてことしやが……」
なんとか立ち上がった天化が、途中で苦情を途切れさせる。
見覚えのある姿が、足元に倒れていた。
そう、後ろには、こいつがいたのだ。
自分よりも先に、攻撃をまともに受けてしまったわけで……。
「ぼくは、こんなところで倒れるわけには……」
不吉な呟きの後、ぱたり、と手が落ちる。
「太公望!」
我らが大将殿を死の淵へ追い込んだのは、恐ろしいことに味方なのだった。

***

「おや、ここは?」
気が付くと、大きな川の河原にいた。
石だらけの、歩きにくい岸。
「ぼくは死んでしまったのかな」
周りには、ぼろぼろの服をまとった者たちが、ふらふらと川に向かって歩いている。
川には、大きいような、小さいような、不思議な舟があった。
彼らはみな、それに向かっている。
自分も乗らなくてはいけない。
そんな気がした。
「死ぬと川を渡って彼岸に行くと言うけど……これがそうなのかな」
人間界のことを考えると、死んでいる場合ではないのだけれど。
志半ばで倒れるのも、天命なのだろうか。
おそらく、周りの人々はこの戦で命を落としたのだろう。
次々に舟で運ばれていくのに、あとから来る人数は減る様子がない。
彼らだけを行かせて、一人だけ生者の世界に戻ろうとするのは傲慢なような気がした。
こうなった以上、自分も行かなくては。
ゆっくり、太公望は川に向かって歩き出した。

***

「太公望殿の魂は、冥府に行きかけたところで留まっているようです。川を渡りかけては戻っている、という感じですね」
「死んでもトロい奴だな、まったく」
難しい顔で言った楊センに、天化がため息をつく。
まだ、太公望は川を渡りきってはいない。
今なら連れ戻せるかもしれない。
「迎えに行くしかないでしょう」
「俺たちも冥府に行くってか? 敵と戦って瀕死になるとか?」
「それでは、下手をしたら私たちが戻れなくなってしまいます。なんとか、五体満足の状態のまま、彼岸近くまで行かないと……」
「そんな都合のいい薬があるのかよ」
自分で言って、天化がはっと気がついた。
「アレか」
「アレですね」
「ほ……他に方法は?」
「私だって嫌ですよ。でも時間がありませんし」
しばしの沈黙の後、二人は決死の覚悟でうなずきあった。

***

あれから何度目か。
太公望は舟に乗ろうと挑戦し、そのたびに敗北していた。
人を押しのけて先に進む、ということにためらいがある。
それに比べて、亡者の群れは遠慮がないときている。しかも数は増える一方だ。
我先に舟に乗り込もうとする亡者たちにはじきだされ、一度も舟の縁にすら触れられずにいた。
「ぼくって、もしかしてトロい…?」
がっくりと膝をついていると、鬼らしき者が近寄ってきた。
亡者を導く、見張りの獄卒だろうか。
先ほどから、同じ場所でうろうろしている太公望を、素直にあの世へ渡ろうとしない往生際の悪い者、と判断したのかもしれない。
手にしている、鉄の棍棒が振り上げられた。
(こ、こんなもので叩かれたら死んでしまうよ。あれ、ぼくはもう死んでるんだっけ。じゃあ、殴られたらどうなるんだろう?)
ぶん、と風を切って、鉄の塊が眼前に迫る。
「太公望殿!」
「この阿呆!」
がつ、と棍棒が食い止められた。
「あれ?」
聞きなれた声に、太公望が目を丸くする。
いつのまにか、楊センと天化が前に立っていた。
冥府にさすがに武器までは持って来れなかったのか、素手ではあったが、そこは体術と術力で補ってるらしい。
たちまち鬼を撃退してしまった。
「楊セン殿! 天化! 君たちまで死んでしまったのかい?」
太公望が驚いて叫ぶ。
そんなにも強大な敵がいたのか。
残された西岐軍はどうなってしまったのだろう。
「まったくトロくさい奴め。どうせここでも、のたのたしてるんだろうと思ったら、案の定……」
「おかげで間に合いましたがね」
太公望の心配をよそに、二人は元気そうな(?)大将にほっとしたようだった。
「よし、戻るぞ」
「え、戻るってどうやって……」
がしっと両脇から腕を捕まれた。
何をするのかとおたおたしていると……二人が、がくんと引っ張られた。
当然太公望もひきずられる。
最初はずるずると運ばれる程度だったが、たちまち穴に落ちるような感覚に変わる。
辺りが暗転し……遠くに光を見たような気がした。

***

「う……」
三人がほぼ同時に飛び起きた。
楊センがわずかに早かったのは、薬を与えた者が、やはり少しだけひいきして多めに与えたからだろう。
「まぁ、皆さん、良かったですわ」
ほんわかと死後の世界からの帰還を迎えたのは、竜吉公主であった。
「本当に戻れたんだねぇ」
感心して辺りを見回す太公望。
目覚めた場所は、見慣れた本陣だった。
両脇で、冥府にまで迎えに来てくれた二人が身を起こしている。
「まったく、マジで死ぬかと思ったぜ……」
「二度とご免です。太公望殿、今後はくれぐれも気をつけてください」
「は、はい、肝に銘じます」
もっとも、背後からの攻撃に用心するのは、これからも難しそうだが。
「それにしても、死後の世界まで来れるような薬なんて、よく手に入ったね」
「ああ、それはな」
「身近に、実に腕のいい方がおりますので」
やつれた顔で言った二人の視線の先には、机の上の膳があった。
一見普通の食事のようだが、何故か異様な匂いが漂っている。
竜吉公主が、薬瓶を手にしたまま、にっこりと笑った。
「天界の胃薬が効いたようで、よかったですわ〜」
西岐軍の強者たちを冥府まで送りかけたのは、誰かさんが作った料理なのだった。
やはり、この世で一番恐ろしいのは味方らしい。


おわり


すいません、死後の世界の封神版を考えるのが面倒だったので、さっくり三途の川にしてしまいました(笑)。