魂換伍
「いよいよだねぇ、太公望君」
堂々と本陣に現れたはぐれ道士に、太公望は思い切り不機嫌になった。
「またあなたですか、申公豹さん」
「今度は何の用だ?」
「……」
たまたま大将の天幕に来ていた天化と韋護も、はた迷惑なことばかりしていく申公豹に迷惑顔だ。
「まったく君たちときたら、せっかちでいけない。せっかく次の戦闘で役立ちそうな符印を持ってきたのに……」
「申公豹さん作の符印?」
「あやしすぎる」
「……」
あからさまに疑いの目で見る彼らに、申公豹がむっとした表情で言った。
「へぇ、そういうこと言っちゃうんだ。それなら、ぼくにも考えがある」
手にした符印を、いきなりびりっと破いた。
ぼん、という音と共に、沸き上がる白煙。
笑い声を残して、はぐれ道士は煙と共に消えた。
「けほけほっ……なんなんだ、一体。みんな、大丈夫か!?」
「なんとかな……」
「ああ」
――沈黙。
「「「ん?」」」
お互いに顔を見合わせる。
メンバーは合っていたが、声と言葉に違和感があった。
「ええと……もしかして、ぼくに韋護さん、韋護さんに天化、天化にぼく?」
「気味悪いから、その顔でぼくって言うな」
「そんなこと言ったって……さくさく話す韋護さんだって、違和感ばりばりだよ」
「……ったく、あの野郎、本当に余計な真似ばかりしくさりやがるな」
「と、とにかく、明日は決戦のちょっと手前なんだ。この程度のいたずらなんかに負けてちゃいけない!」
気合を入れて、なんとか自分を慰める太公望。
「ま、なんとかなるだろ」
すっかり慣れてきてしまった天化は気楽なものだ。
「うむ」
韋護も、あまり気にしていないらしい。
一人、太公望だけは不安は山盛りであったが。
なるようにしかならない。
……長いこと戦ってきて、手に入れたのは、そういう開き直りだった。
***
「姐己め、ついに追い詰めたぞ」
「太公望殿、進軍の合図を!」
黄飛虎と蘇護の言葉に、大将がうなずき……
「……開戦……」
ぼそっと、呟いた。
ときの声を上げようとしていたメンバーが、がたがたとこける。
「た、太公望殿、もう少し大きな声の方がよろしいのでは……」
ん? と大将が首をかしげた。
そして、もう一度。
「……進軍……」
ぼそっ。
西岐軍の兵士たちが、再びよたよたよたと倒れかける。
そんな中を、元気に走り抜けていく道士たちがいた。
「おっしゃあ、首と体が離れたい奴はかかって来やがれ!!」
「待てったら! 目を見開いて暴言を吐く韋護殿、自重〜っ!!」
韋護と天化……のように、見える、が。
固まった黄飛虎たちの前を行きすぎ、『天化』があわてて戻ってきた。
「黄飛虎殿、蘇護殿! 我々が先陣を切りますので、後詰めお願いします! ――こらーっ、一人でつっこむな〜っ!!」
台風のような二人を見送り、黄飛虎が自分の頬をつねる。
「蘇護」
「うむ」
「今、わしは非常に不思議なものを見たように思うのだが……気のせいだろうか」
「まぁ、考えるのは戦が終わってからにしよう」
「そ、そうだな」
「「進軍!」」
仕方がないので、一応将軍格の二人が、黙々と土を掘り返している大将の代わりに、西岐軍に号令をかけたのであった。
***
「ふふふ、そろそろかな」
ようやくまともな戦況となりつつある下界を見下ろし、黒点虎に乗った申公豹がにやりとした。
「よし、魂換の符印、行け!」
その手から、数枚の符印がひらひらと落ちていく。
「ん、あれは……?」
空から降ってくるそれに気づき、『天化』が見上げる。
その符印は風に乗って、戦場のあちらこちらへ散り、地上でぽんぽんと発動し始めた。
……そして。
「ひいい、やめんか、バカ息子が〜っ!」
逃げていく『那咤』。
「待ちやがれ、今日こそてめえの命日だ!!」
追いかける『李靖』。
「やめないか、那咤!」
「待ってください、父上!」
さらに追いかける、金咤と木咤。
走り抜けていく、妙な李家一行。
「なんでぇ、双子は無事だったのか」
「「いえ、代わっています」」
「ぼくが木咤で」
「ぼくが金咤です」
練習したようにぴったりと合った声。
「「待ちなさい、那咤、父上〜」」
戦場も親子ゲンカにしてしまう李家を見送って、『韋護』が肩をすくめた。
「……双子が入れ替わってもなぁ」
「そういう問題じゃない」
ぺち、と『天化』がつっこみを入れた。
さて、集団の後ろの方では。
「わぁ、兄上! ぼく、飛んでます、飛んでますっ!」
大喜びで空を飛び回っている『雷震子』。
「あら、まぁ、わたくし、楊セン様と一心同体になってしまったのですわねぇ。……このまま天界に帰れば、わたくしの目的も達成ですわね」
「お、お待ちください、公主! それは困ります!」
おっとりとニコニコしている『楊セン』と必死に引き止めている『竜吉公主』。
「らいちゃん、土を掘れるのだ、楽しいのだ〜っ!!」
嬉々として、戦場をトンネルだらけにしている『土行孫』。
……もう、戦いどころではなくなっていた。
***
しかし、それでもなんとか、一部の者たちの努力によって、ついに。
西岐軍は、姐己と聞仲、紂王を城に追い詰めた。
……はずだった。
「ほ……ほほほほ、今日のところは、坊やたち、見逃してあげることにいたしますわ!」
高台から太公望たちを見下ろし、口に手を当てて、高笑いをする『聞仲』。
「姐己よ……妃よ、どこへ行ったのだ? わしを一人にしないでくれ……」
おろおろと辺りを見回している『姐己』。
「紂王様! 陛下はいずこにおられるのか!」
亡霊と化しても、なお忠実に主を捜し求める……『紂王』。
「あーあ。あっちも術にかかったみたいだな」
「ちょっと気の毒になってきた……」
あと少し、というところで、いつものように鮮やかな逃げっぷりを披露した敵に、『天化』が呟く。
今回ばかりは、怒りよりも哀れさが先立っていた。
***
本陣で出迎えたのは、お茶を飲みながらくつろいでいる申公豹だった。
「どうだい、ぼくの術はたいしたものだろう。毎回使えば、戦闘が楽しいこと間違いなし!」
「「「帰れ」」」
その日、『話が進まないから』という理由で元始天尊から派遣された白鶴が、申公豹を連行していく姿が、満月の空に浮かんでいたという。
--------------
映像でお見せ出来ないのがとても残念です!
R様に、「天化と韋護の魂換」というナイスなヒントをいただきました。
せっかくだから、もう少し人数増やしてみようか……と思ったら、なんだか大変なことに。
……復帰第一作が、こんなんでごめんなさいw
「魂換」シリーズ、これにて多分終了であります。
R様、戻る良いきっかけのメールを下さって、本当にありがとうございましたv