いつかまた巡り会う日のために


『仲間の魂どれかよこせ。望みの者を生き返らせてやろう』
人ならぬ声で告げられた、残酷な取引。
迷わず子牙は叫んだ。
「ふざけるな!」
『大切な友達ではないのか』
「だからって、仲間の魂を渡せるわけないだろう!」
大切な友達だからこそ、そんなことはできない。
子牙は、ふいに沸き起こったやりばのない怒りをこめて、陰陽剣を構え直した。

***

龍帝を倒した後、静かな白い霧の中に、懐かしい姿が現われた。
見間違えるわけがない。
「白唱!」
『子牙』
「分かるのか、俺のことが」
『ああ』
もう一度、こうして話をしたいと思っていた。
けれど、色々な思いがあふれて、うまく言葉にならない。
「俺、お前に言いたい事がたくさんあって……」
『言わなくてもわかるさ、子牙』
いつだってそうだった。
優しく見守ってくれるようなまなざし。
無理だとは分かってはいても、言わずにはいられない。
「一緒に戻ろう、俺たちの世界に!」
だが、やはり白唱は静かに首を振った。
『もう戻れないよ。おれは死んでしまったんだから』
「白唱…」
友の姿は、向こうが透けて見えるほどおぼろげだ。
触れることもできない。
こんなに近くにいるのに。
「ごめんな、白唱。龍帝がお前を生き返してくれるって言った時……。俺、少し迷っちまった」
あの時の怒りは、本当は自分に向けたものだった。
龍帝の言葉に心が動きかけた自分への憤怒。
白唱を選ばなかったことを後悔している自分が、どこかにいたのだ。
それに気づいてしまったから……。
子牙を見つめる白唱の目が、少しだけ厳しくなった。
『子牙。もし、お前が誰かを犠牲にして、俺を復活させたとしたら……俺はお前を許さない』
「うん、そう言うだろうと思った。だから断った」
『いいんだよ、子牙。お前は間違ってない』
そう言って、白唱は微笑んだ。
誰かを選んでいたら、この笑顔を見ることはできなかった。
これで、よかったのだ。
『もう泣くなよ。おまえには新しい仲間がたくさんいるんだから』
「うん……でもお前の事、俺は決してわすれない」
龍帝の力が消えていく中、辺りの光景もおぼろげになってきた。
白唱の姿が、それに溶けてゆく。
『さよなら、子牙』
「さよなら、白唱……」
『俺たちはまた必ず会えるよ。何年後か、何百年後か分からないけど。必ず』
「ああ、俺たち友達だもんな」
『だったら、挨拶が違うよな』
子牙は、うなずいた。
泣いてなんかいられない。
次に会う時まで、今の友の姿をしっかり覚えておくのだから。
「白唱……またな!」
笑顔の気配を残して、親友の姿は、霧に紛れ……そして、消えていった。

***

「なぁ、太公望」
「今は話かけないでくれないか」
とっさに答えてしまってから、太公望はしまったという表情になった。
「――ごめん。後にしてくれ」
襲い掛かってきたムレスズメを叩き落して、逃げるように子牙から離れる。
子牙の驚いた顔が脳裏に焼き付いていた。
きっと、なんて嫌なヤツだと思っているに違いない。
蛮獣を倒した後、太公望は彼らのいるところから離れた。
子牙にあんなことを言ってしまった後悔と、自分の心の弱さに対する自己嫌悪。
大きなため息をついていると、聞き慣れた声が響いた。
「落ち込むくらいなら、あんなこと言わなきゃいいのによ」
「……あのまま話してたら、もっとひどいことを言ってしまいそうだったんだ」
「龍帝の言ったこと、まだ気にしてんのか」
沈黙は、肯定であった。
しばらくして、太公望は呟いた。
「子牙は強い。同じことを言われたら……僕なら誰かを差し出してしまったかもしれない」
「仮に誰かが倒れたとして、霊帝に同じ提案をされたとしたら……お前は、「誰か」じゃなくて、間違いなく自分を差し出すだろうよ。……だけどな、あいつも言ってただろう。そんなことで生き返ったって嬉しくない。本当に相手のことを考えるなら、絶対にそんな真似するんじゃねぇぞ」
「――努力するよ」
答えた顔を、信用できねぇ、と睨みつける。
「ま、俺なら迷わず親父を差し出すけどな」
「ひどいことを言う……」
ようやくわずかに笑みを浮かべた太公望の後ろから、がばっと飛びついた者がいる。
「心配しないで、太公望さん! 太公望さんに何かあったら、あたしがコレを生贄にして生き返らせてあげるから!」
指差されたのは、情け容赦なく、どつき倒された幼馴染。
「コレとはなんだ、コレとは!」
「うっさいわね、あんたと太公望さんじゃ、重要度が違うのよ!」
ぎゃあぎゃあと喚き始める二人に、太公望は嘆息する。
しかし、さっきまでの重いため息ではなかった。
どうもこの二人の近くでは、深刻な気分が持続しにくい。
「よう、大将、しけた顔すんなよ」
ひょいと覗き込んできたのは、かつての大戦から、そばに居てくれた者たち。
「俺はちょっとくらい壊れても、修理すれば直るからさ、全然心配いらないぜ」
「らいちゃんもがんばるのだ」
「太公望殿。まだ起こっていないことで心を悩ませるのは無益ですよ」
仲間たちの暖かい笑顔。
「楊セン殿、ご心配かけて申し訳ありません。那咤、らいちゃんもありがとうね」
自分はまだ、これらを一つも失っていないのだ。
失くしてしまった時……自分は一体どうなるのだろう?
けれどそれは、いくら考えても答えの出ないこと。
今はただ、前へ歩き出さなくては。
「さ、行こう」
背後で巻き起こった、炎の術のぶつかり合いは放置することにして。

***

戻ってきた者たちの中に太公望の姿を見つけ、子牙は駆けつけた。
「「さっきはごめん!」」
同時に同じ言葉を発する二人。
驚いて、太公望が聞き返す。
「なんで子牙が謝るんだ?」
「俺、太公望がそんなに悩んでるなんて気づかなくてさ」
「え……っ」
返答に詰まった太公望に、子牙は自慢気に続けた。
「だからほら、いっぱいキノコ取ってきたんだ!」
「……はい?」
「今朝、好きなキノコ食っちまったから機嫌悪かったんだろ? ほら、俺が食べちまった珊瑚針茸もあるぜ」
用意された大きな鍋には、実に様々な茸が湯に踊っている。
確かに美味しそうだ。
美味しそう、だが。
「……天化」
そーっとその場から離れようとしている者に声をかける。
「君は一体どういう説明をしたんだ?」
構えられたのは打神鞭。
脱兎のごとく駆け出した後ろから、繰り出された技は無限倒落。

「人に倒されると悔しいけど、いっそ自分で倒したらあきらめがつくかもね」

かつての大将殿は、茸鍋をいただきながら、さりげなくひどいことを言っていたらしい。


おわり



家で飼われている猫は、よく夜中に運動会を始めます。
真っ暗な中、どどどど…と走り回り、飼い主を寝不足に陥らせます。
ところが、この運動会。
飼い主が留守だと、やらないのだそうです!
見ている(聞いてる)人がいないと、一人遊びもつまらないんですかね……。

というわけで、うちの火属性の二人の喧嘩は、見ている人がいなくなるとすぐに治まる模様です(笑)。