白虎の章 ―那咤―
「なたちゃーん」
「ああもう、うるせーっての!」
なんだってこいつは、オレにばっかりくっついてくるんだ。
置いていこうにも、翼があるから、簡単には引き離せないし。
「なたちゃん、あそぼ」
「オレは修行にきてんだからな、邪魔すんな」
「らいちゃんもしゅぎょうするのだ」
こいつにとって、修行も遊びも同じなんだろうな。
まぁ、オレも似たようなもんだけどよ。
……そうだ!
「じゃ、競争するか?」
「うん、するする」
「西にはでかい虎、東には大きな龍がいるんだってよ。オレは虎を探す。お前、龍を探せ」
「わかったのだ、みつけてどうするのだ?」
「倒す!」
「わかったのだ!」
ありゃ。
マジにいっちまった。
大丈夫かな、あいつ……
ま、危なきゃ翼あるんだし、逃げてくるだろ。
人間界に来てから、やっと静かになった。
よし、これで思い切り暴れられるってもんだぜ。
雷震子がいると、なんでもかんでも仙界の連中に言いつけられちまうもんなぁ。
オレのことを誉めてるつもりだから怒ることもできねぇしよ。
さてと、トラトラトラ……
飛んでる最中に、小さな村を見つけた。
なんだか村の女たちが集まって泣いている。
「おう、どうしたんだ?」
女たちは、オレをみると、急にぽかんとした顔になり……一斉にひれ伏した。
な、なんだなんだ?
「め、女神様!」
めがみぃ?
「お社を不手際で燃やしてしまったこと、さぞお怒りのことと思います!」
「生贄は、西の虎の穴に……。なにとぞ、それでお赦しくださいませっ!」
女神だとか、社だとか、生贄だとか。
わけわからねぇ。
でも、今トラって言ったよな。
こいつらが何か困ってるのは間違いなさそうだし。
ちょっくら、見てくるとするか!
***
村の外れに、沼があった。
ぬかるみに、でかい足跡が残っている。これがトラだとしたら、相当の大きさだ!
足跡をたどると、大きな洞窟の入り口があった。確かに中からは、大きな霊気が立ち込めている。
奥の方には、いくつかの人間の気配。あれが生贄ってやつらか。
「おい、トラ! 那咤様が退治に来てやったぜ、出てきやがれ!」
しかし、いくら待っても中からは何も出てこない。
待ちくたびれて、中にずんずん進んでいくと。
苔に覆われた大きな岩の上に、何か、いた。
手に乗るくらい小さくて、白くて、ふわふわの。
ネコ……じゃないよな。
そいつは、オレが近寄ると、やっと目を開けた。
くわぁーと大きく欠伸をして立ち上がる。
後ろ脚でかりかりかりと首や頬辺りを掻いて、またその場で眠り込んじまった。
オレの前に、ひらり、と落ちる白い長いもの。
……ネコ……じゃなくて、トラのヒゲ。
ヒゲは、地面に落ちると、指くらいの大きさから、いきなりオレの背くらいにまででかくなった。
これがこのネコじゃなくてトラの本体の大きさなんだろう。
ひっこぬいたヒゲは勝利の証。
……のはずだったんだが。
何にもしないで手に入っちまった。
ドウシヨウ、コレ。
槍のようなヒゲを手にして、途方に暮れていると。
「女神様だ……」
情けない、男の声がした。
「へ?」
虎の向こう側に、人間がいた。
穴の一番奥で、身を寄せ合って……
いや、互いにトラの方へ押しやっている最中だったらしい。
むさくるしい男が四、五人。
真っ暗闇の中なので、目しか見えないが。
オレと虎を見比べて、助かったと思ったようだ。
……別に助けるつもりじゃなかったんだけどよ。
「女神様だーーーっ」
わらわらと連中が駆け寄ってきた。
いきなり担ぎ上げられる。
なんだってんだよ、こら!
あ、こいつら、暗かったからだけじゃなくて、泥にはまって全身真っ黒、外に出ても目しか見えないじゃねーか。
「な、何すんだ、離せ!」
ちくちょう、服が汚れるだろうが!
金磚でも投げつけてやろうか。
いや、それはさすがにやばいよな。
普通の人間じゃ、全員死んじまう。
とか考えているうちに、さっきの村まで運ばれ、小さな家に放り込まれちまった。
がちゃり。
「あーーーっ、鍵なんかかけるんじゃねぇ!」
なんだってんだ、一体!
喚いたものの、扉は開かれそうにない。
それどころか、向こう側に大勢の気配が集まってる。
「女神様、このたびは村人をお救いいただきまことにありがとうございました。戻ってくださって、心から嬉しく存じます……」
「ああ? 誰が「戻った」って? バカ言ってんじゃねぇぞ! 第一、オレのどこが女神だってんだ?」
「ではあなた様は人間で?」
「いや、人間じゃねぇけどよっ」
「やはり女神様ではありませんか!」
扉の向こうで、ははーと大勢がひれ伏す気配。
ああ、ちくしょう、なんて説明すりゃいいんだ?
喚いてる間にも、連中は「良かった良かった」とか言いながら離れていってしまう。
このアホ共が!
人の話聞きやがれっ!
「なたちゃん、めがみさまだったのだ?」
「んなわきゃねーだろ!」
聞きなれた声が、頭の上の方からした。
小さな窓の向こうにいるのは、雷震子。
木の格子がはまっているが、壊せばあそこから出られるな。
いや、いっそ、この家ごとぶっ壊していくか。
火尖鎗を構えたオレに、雷震子が首をかしげる。
「ものをこわすと、たいこうぼうちゃんにおこられるのだ」
「なんでそこで、あいつが出てくんだよっ」
確かに、何か壊すといろんなヤツがうるさいんだよな。
うちの師匠も、「丹精込めて作ったものを〜」とか言ってツボに閉じ込めようとするし。
オレがちょっと振り回したくらいで壊れるようなもん作るのが悪いんだ。
次から次に変なもの作るんだからいいじゃんか、別に。
「なたちゃん、まどのこうし、はずれたよー」
「お、えらいぞ、雷震子!」
ちっと狭いが、オレなら通れる。
空っぽの小屋覗いて驚きやがれ、まったくもう。
「なたちゃん、ここってめがみさまがいるのかな」
わくわくした顔で雷震子が言う。
確かに、何かいたから、オレが間違えられたんだろ。
「その女神ってヤツが家出したのかもな」
オレを間違えるくらいだから姿は分かってないのか?
とにかく、ひっ捕まえて文句の一つも言ってやらないと。
「らいちゃん、めがみさまにあってみたいのだ」
「姿が分からねぇんじゃなぁ……」
窓から這い出そうとすると、目の前に大きな蝶が止まっていた。
出るのに邪魔だ。あっち行け。
手で追い払うと、ちょっと飛んで、また止まる。
そんなことを繰り返し、ようやくオレと雷震子は村から離れた大きな木の上についた。
蝶はまだ目の前に止まっている。
…って、都合がよすぎるが、これってもしかして。
「あんたが村の女神とやらか」
「わらわに何かようかえ?」
やっぱり。
「あんたが家出なんかするから、間違えられて、ひでぇ目に会ったんだよ!」
「おや。それはすまなかったのう。わらわも、気がついたら外におったのだ。何かに宿っていたはずなのだが、思い出せなくなってしもうての。石や花やこの蝶に入ってみたが、どうもしっくりこない。そなたたち、わらわの本当の宿りはなんであろうのう?」
「らいちゃんわからないのだ。なたちゃんわかる?」
「わ、分かるわけないだろ、そんな小難しいこと!」
師匠とか大将ならわかるのかもしれないけどよっ。
一応色々考えてみたが、本人に分からないもんが、オレに分かるわけねぇっての。
面倒になって、オレは考えるのを放棄した。
「おい、あんた! よく分からねぇけどさ、どんな姿なったってオレはオレだし、あんたはあんただろう! 別に急ぐ必要なんかねーんだからさ、思い出すまで、蝶でいたっていいんじゃねーの?」
「わらわは、わらわ……ふむ、確かに……」
女神が宿った蝶は、しばらく何か考えていたようだった。
「そうか……思い出したぞえ。わらわは、あの村に飾られていた人形だったのじゃ。毎日皆に話しかけられているうちに、魂を持つようになった。ところが、火事で人形が焼けてしもうての。その灰が外に飛んでしまったのじゃな」
「んじゃ、新しい人形作ってもらえばいいんだな? 雷震子、ちょっと村に行って、知らせて来い」
「うん、わかったのだー」
「ありがとう、子供たちよ。感謝するぞえ」
「いいからもう、村から離れるんじゃねーぞ!」
しばらく待っていると、雷震子がふっとんで帰ってきた。
どかーん!
「つおーーーーっ、雷震子、てめぇ、前見ろよ!」
「あたまくらくらなのだぁ」
「で、どうだった?」
「うん、むらのひとたちね、もうにんぎょうつくってたよ。あのね、そっくりだった」
「そっくり? 何に?」
「なたちゃんに」
「げ、なんだよそりゃ!」
さっきオレが閉じ込められた小屋を覗きに行ってみると、人形が中央に座っていた。
急いで作ったにしては、まぁよく出来ている。
「村人たちはおぬしをわらわと思い込んでしまったようだのう。ふむ、わらわは別に文句はないぞえ。なかなか可愛いではないか」
「うがー、やめろよ、オレの姿で正座なんて!」
「ん? では、こうがよいのか?」
「膝そろえてナナメすわりなんかすんなーーー!」
「やれやれ、難しい子だのう。仕方ない、おぬし風にふるまっておくぞえ……。いや、お前風にふるまっておくからよ!」
「なたちゃん、よかったねー」
「う……よ、よかったのか? 本当によかったのか?」
よく分からなくなって、とにかく小屋から出る。
「やれやれ、人騒がせな女神さんだったぜ」
「おもいだせてよかったのだ」
「そういやお前、龍はどうした?」
「それがねぇ、おはなししたらたら、これもらったの」
「オレもトラのヒゲを手に入れたぜ。……ってことは、引き分けか」
「ひきわけなのだ」
「よーし、次は南の鳥と、北の亀だ!」
「またきょうそうなのだ!」
「負けねーぞ!」
その後、小さな村に「乱暴な可愛い女神様」伝説ができたなんて
オレの知ったことじゃねーや。
おわり
数日後――神泉苑。
「ちぇ、つまんねーの。ホントになんにもいなくなってやんの。あと鳥と亀が決着ついてないのによ」
「ねー、なたちゃん、なたちゃん」
「なんだよ、うっせーな」
「このいし、うごくのしってた?」
「あ?」
ごろごろごろごろ……。
「お、ほんとだ。動く動く」
「ほら、こーんなにうごいたよ、すごい? すごい?」
「何言ってんだ、オレなんかもっと動かせたぜ」
「らいちゃんも負けないのだー!」
ごろごろごろごろ……。
「いけね、動かしすぎて、元の場所わかんなくなっちまった」
「わかんなくなっちゃった」
「ま、いいか。腹減った、帰ろうぜー」
「かえるのだー」
この後、この辺りの土地が、気のバランスを崩して大騒ぎになり、オレは師匠に大目玉を食らっちまった。
おわり
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