麒麟の章 ―子牙―
朝夕ずいぶん涼しくなってきた。
待ちに待った、この季節。
「なぁ白唱、猪狩り行こうぜ、猪狩り!」
「子牙……狩りは遊びでするもんじゃないよ」
「だってさ、お前の記録の三日で八頭早く抜かしたいんだもんよー」
「ははは……子牙は倒すのは早いけど、どこにいるのか見当つけずに走り回るから時間かかるんだろ。もう少し、いる場所とか予想して動かないと」
「ちぇ、おじいみたいなこと言いやがる」
俺たちの小さな村でも、秋には収穫祭が行われる。
冬に備えて保存できる食料を集めるために、大きな狩りを行うのもこの頃だ。
去年は、俺と白唱が猪や鹿の狩りを任された。
なのに、よりによって俺は風邪をひいてしまい、全部白唱が獲ってきてくれたのだった。
しかも、普通なら一週間はかかるところを、白唱の奴、あっという間に片付けてしまった。
三日で猪八頭。
この記録は当分破られないだろうと大人たちが言っている。
俺だってそう思う。
それまでは、なんでも同じくらいの腕だと思ってたんだ。
だけど、あれで急に置いてけぼりを食らったような気がした。
別に猪を倒しまくりたいってわけじゃない。
ただ、俺はいつだって白唱と対等の友人でいたい。
だから、今年はどうしても早く猪狩りに挑戦して、自分の腕を試したいのだ。
カランカラン
おじいの鐘だ。
遠くに行くことが多い俺や白唱を呼ぶために使われている、でっかい土鈴。
……もっとも、最近は俺が何かやらかした時に、小言を言うために鳴らされることが多い。
今日、叱られるようなことをした覚えはないけど……反射的に別の天幕(パオ)の蔭に隠れる。
白唱、後は任せた!
しょうがないな、という顔で、白唱がおじいのパオに入っていく。
――やべぇ、俺、こういうところでも白唱に負けてんのか。
しばらくして、白唱がパオから出てきた。
俺に向かって、「大丈夫だから、来い」と手招きしている。
ほっとして俺もパオに入ったが、おじいに「遅い!」と杖でぶん殴られてしまった。
ひでえ。
でも、その後のおじいの言葉に、俺は飛び上がって喜んだ。
「子牙、白唱。秋の収穫祭のために狩りをしてきてくれぬか」
「やたっ、猪狩りしていいんだな、おじい!」
「お前は、キノコ狩りでもしてくるがよかろう」
「ええー、なんだよそれっ!」
俺が猪狩りに挑戦したがってるの知ってるくせに!
キノコや薬草の、模様がどうだとか綿毛のつき方がどうだとか、そういう細かいの苦手だってこと知ってるくせに!
おじいは意地悪だ!
……そりゃキノコナベは好きだけどさ。
こうなったら腕づくででも……と殴り掛ってみる。
おじいはいつも、「腕でわしに敵うようになってから口答えしろ」と言ってるのだ。
でも、おじいはその小さな体のどこにそんな力があるんだか、簡単に俺を押さえつけてしまう。
カエルみたいに俺を床にへばりつかせたまま、おじいは白唱に向かってなにやら注意している。
「白唱、収穫祭のための狩りは特別なものじゃ。多めに獲物を取る分、いつも以上に自然への感謝を忘れてはならぬ」
「はい、分かってます」
「もしも麒麟の名を聞くことがあれば、お前が正しいと思うことに使うがよい」
白唱が渡されたのは、素焼きのちっぽけな二つの像だった。
「これは、麒麟ですか?」
「ロバだろ?」
見たままの感想を俺が言うと、
ごん。
また殴られた。
そんなにごんごん殴って、アホになったらどうすんだよ!
喚く俺の苦情は完全に無視された。
「麒麟は土を統べる者、そして中央を治める者じゃ。忘れるでないぞ」
白唱のちょっと当惑したような顔。
去年はこんなものは渡されなかったらしい。
でも聞き返しもせずに、布にくるんで懐にしまいこんでいた。
「分かりました、お預かりします」
「なぁ、おじい、猪狩ってもいいんだろ?」
「必要な分だけじゃ。例年通り、二人で八頭まで」
「それじゃ、白唱の記録抜けねぇよぉ!」
「昨年、お前が風邪なんぞで寝込むから、必要な数全部を白唱が獲ってきたのであろうが。ぐだぐだ言っておると、本当にキノコ狩りに回すぞ!」
「分かった、分かったよ、ちぇーっ」
ぶちぶち文句を言ってみたが、本当はそれが当然だってことくらい分かってる。
競争のために狩ったりしたら、猪や鹿なんか、いなくなっちゃうもんな。
俺が白唱の記録を抜くには、今度は白唱が風邪をひくのを待つしかないか。
やれやれ、いつになることやら。
そんなことを考えつつ、狩場へ向かうために洞窟に入る。
――暗闇に目が慣れる前だった。
いきなり地面がなくなったような気がした。
「うわーーっ!?」
「子牙!」
なんだ今の?
落ちたかと思って慌てたが、すぐに手が地面に触れた。
あわてて見回すと、そこは洞窟ではなかった。
深い森のようだ。
明るいけれども、木々が日差しをさえぎっている。
「あれ……れ? ここどこだ?」
「何かとても変な感じがしたな……」
「おい、この土の色。村の近くじゃねーぞ」
足元は見慣れない濃い黒だった。
俺たちの村の近くなら、海に洗われた黒い岩か、川に灰色の砂利。緑の多い山側でようやく茶色の土のはずだ。
足ざわりがふかふかしたこの黒い土は、森の奥にあるやつ。
どこだよ、ここ?
きょろきょろしていたら、なんか妙なものが目に入った。
「白唱! なんかあるぜ!」
木の間にそれがあるのは、すっごく変だった。
「ナベ……だよな」
「ナベ……に見えるな」
大きな、黒い深いナベ。
十人分くらいの料理ができそうな。
調理中みたいに、木のフタが閉まってる。
「開けてみようぜ!」
「お、おい、何が入ってるか分からないぞ!」
白唱が止めたが構わず開けてみる。
なに、変なものが入ってたらまた閉めりゃいいんだ。
変なものが飛び出してくるかと、少し用心したが、何も起こらない。
ちょっと拍子抜け。
中には、一枚の紙が入っていた。
元の場所へ戻りたい者は
次のものを集めよ
霊芝 ウスヒラタケ サンゴハリタケ オオチャワンタケ カラカサタケ
「なんだこりゃ」
「俺たちがここに飛ばされたのは、これのせいってことか……」
「なんだよ、キノコナベでも作ろうってのかぁ?」
ナベの端を蹴飛ばしてみる。
予想よりもそれは頑丈で、ぐわわ〜〜んとすごい音がした。
……いってぇぇぇぇ!!
つま先つかんで跳ね回るはめになっちまった。
つまらないことはするもんじゃないな。
白唱が、落ちた紙を拾い上げてもう一度読見直している。
「とにかく、集めてみよう。ここで猪狩りをしてもいいけど、帰り道を確保しないことには……」
白唱の足元で、何か白いものが動いた。
「白唱、下!」
ヘビだった。
俺の大声に驚いたのか、牙を剥き、目の前の白唱の足に噛み付いてしまった。
「痛っ!」
「白唱!」
駆けつけてきた俺に驚いて、蛇は逃げていく。
あっという間に茂みの中に姿を消してしまった。
「大丈夫か? ど、ど、毒蛇だったら……」
足首を布で縛っている白唱。
今の、猛毒のクサリヘビに見えた。
傷口が腐って、死んでしまうこともある奴だ。
どうしよう……どうしよう?
「……子牙、すまないけど、キノコ探し、頼んでもいいか?」
意外と平然とした声で、白唱が言う。
そうだ、あのナベに中身を放り込んだら、元の場所に戻れるかもしれないんだった。
村に戻れれば、おじいがいる。
ヘビの毒くらいなんとかしてくれるはずだ!
「当たり前だ、任せとけ! すぐ戻るからな! 死ぬんじゃないぞ、白唱!」
振り返るのが怖い。
白唱が青ざめた顔なんかしてたら、その場にへたり込んで動けなくなっちまいそうだ。
今は、俺にできることをしないと。
すぐに戻るからな、白唱!
夢中でその場から駆け出し、キノコを探す。
ええと、必要なのはなんだっけ?
確か、おじいが薬効のある貴重なキノコだって言ってたものばかりだったような気がする……。
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