麒麟の章 ―白唱―
元気な子牙は、秋になるとさらに元気になる。
夏の間、川や海であれだけ遊びまわっていたのに、あれはまだ暑さでおとなしかったのだ、と分かるから驚かされる。
「なぁ白唱、猪狩り行こうぜ、猪狩り!」
「子牙……狩りは遊びでするもんじゃないよ」
「だってさ、お前の記録の三日で八頭早く抜かしたいんだもんよー」
「ははは……子牙は倒すのは早いけど、どこにいるのか見当つけずに走り回るから時間かかるんだろ。もう少し、いる場所とか予想して動かないと」
「ちぇ、おじいみたいなこと言いやがる」
遊牧民ではあるけれど、半定住の俺たちは、秋の収穫を祝う祭りをこの時期に行う。
冬に備える準備もあって、この頃に大きな狩りを行う。
昨年、たまたま俺がその役目を負って猪狩りをした。
子牙はそのことがうらやましくて仕方がないらしい。
今年こそは、とうずうずして、いてもたってもいられないみたいだ。
子牙がそんなに楽しみにしているのなら、今年は一緒に行けるといい。
多分そうなるだろう。
きっと、長老からの呼び出しの鐘が鳴って……。
カランカラン
牛や羊たちにつける土鈴を大きくしたもの。
どこにいるか分からない子牙を呼び戻すために、長老がわざわざ作ったものだ。
最近は、いたずらした後や勉強をさぼった後などに鳴らされることが多いので、すっかり子牙は用心している。
俺が先に中に入り、お叱りじゃない、と合図をするまで天幕(パオ)に近寄ろうとしなかった。
結局、遅くなったのでやっぱり長老に杖で殴られていたが。
「子牙、白唱。秋の収穫祭のために狩りをしてきてくれぬか」
「やたっ、猪狩りしていいんだな、おじい!」
「お前は、キノコ狩りでもしてくるがよかろう」
「ええー、なんだよそれっ!」
やれやれ。
長老は子牙をからかうのが楽しくて仕方がないようだ。
ものすごい歳に見えるけど、長老は杖で子牙の頭をなんなく押さえてしまう。
きっと若い頃は、すごい戦士だったに違いない。
「白唱、収穫祭のための狩りは特別なものじゃ。多めに獲物を取る分、いつも以上に自然への感謝を忘れてはならぬ」
「はい、分かってます」
「もしも麒麟の名を聞くことがあれば、お前が正しいと思うことに使うがよい」
渡されたのは、土鈴と同じ素材で作られた、素朴な像だった。
二対の、馬のような生き物。
「これは、麒麟ですか?」
「ロバだろ?」
ごん。
また子牙が長老に殴られる音。
「麒麟は土を統べる者、そして中央を治める者じゃ。忘れるでないぞ」
去年はこんなもの、渡されなかったけれど……。
どこかにお供えしてくるのだろうか。
長老が渡してくれたということは、今日の狩りで必要になるのかもしれない。
「分かりました、お預かりします」
「なぁ、おじい、猪狩ってもいいんだろー?」
「必要な分だけじゃ。例年通り、二人で八頭まで」
「それじゃ、白唱の記録抜けねぇよぉ!」
「昨年、お前が風邪なんぞで寝込むから、必要な数全部を白唱が獲ってきたのであろうが。
ぐだぐだ言っておると、本当にキノコ狩りに回すぞ!」
「分かった、分かったよ、ちぇーっ」
子牙はとても不満そうだったけれども、必要以上に生き物を殺すような人間じゃない。
俺の記録に挑むあまり、言いつけられた数を越えて乱獲するような真似はしないだろう。
……今日は、俺がキノコ取りにまわって、一頭も狩らずにいようかな。
でもそんなことを言ったら、きっと子牙はバカにするなと怒るに違いない。
そんなことを考えつつ、狩場へ向かうために洞窟に入る。
――暗闇に目が慣れる前だった。
ぐらり、と闇が揺れたような気がした。
「うわーーっ!?」
「子牙!」
俺の気のせいじゃなかったらしい。
何がどうなったんだ?
子牙は無事なのか?
気がつくと、そこは洞窟ではなかった。
明るいけれども、木々が日差しをさえぎっている。
深い森のようだ。
「あれ……れ? ここどこだ?」
「何かとても変な感じがしたな……」
「おい、この土の色。村の近くじゃねーぞ」
子牙の言う通り、足元は見慣れない濃い黒だった。
俺たちの村の近くなら、海に現れた黒い玄武岩か、川に面した石英混じりの灰色。緑の多い山側でようやく茶色のはずだ。
足ざわりもふかふかしたこの黒い土は、長いこと森によって育まれた腐葉土。
これはかなり離れた土地ということになる。
「白唱! なんかあるぜ!」
きょろきょろしていた子牙が、ぽっかりと広場になったあたりに何かを見つけた。
自然の木々の中でそれはひどく違和感のあるものだった。
「ナベ……だよな」
「ナベ……に見えるな」
大きな、黒い深いナベ。
十人分くらいの料理ができそうな。
調理中みたいに、木のフタが閉まってる。
「開けてみようぜ!」
「お、おい、何が入ってるか分からないぞ!」
止める間もなく、子牙がぱかっとそれを開けてしまう。
中から何か飛び出してくるのではと身構えてしまったが、そういうことはなかった。
中には、一枚の紙が入っていた。
元の場所へ戻りたい者は 次のものを集めよ
霊芝 ウスヒラタケ サンゴハリタケ オオチャワンタケ カラカサタケ
「なんだこりゃ」
「俺たちがここに飛ばされたのは、これのせいってことか……」
「なんだよ、キノコナベでも作ろうってのかぁ?」
子牙がナベの端を蹴飛ばしたが、それはぐわわ〜〜んとすごい音を立てたものの、少しもびくともしなかった。
足先を痛めた子牙が、片足をつかんで、そこらを跳ね回っている。
まったくもう……。
落ちた紙を拾い上げてもう一度読む。
珍しくて、薬効のあるキノコばかりだ。
しかし、毒キノコと見かけが似ているものもあり、判断は素人には難しい。
子牙は、これらの見分け方、知っているだろうか?
「とにかく、集めてみよう。ここで猪狩りをしてもいいけど、帰り道を確保しないことには……」
「白唱、下!」
跳ねていた子牙がピタリと止まり、叫んだ!
足元を見ると、いつのまにか白い蛇がいた。
俺が動いたのに驚いたのか、牙を剥いている。
足首に咬みつかれてしまった。
「痛っ!」
「白唱!」
駆けつけてきた子牙に驚いて、蛇は逃げていく。
あっという間に茂みの中に姿を消してしまった。
「大丈夫か? ど、ど、毒蛇だったら……」
足首を布で縛った俺に、子牙が泣きそうな顔で言う。
「……子牙、すまないけど、キノコ探し、頼んでもいいか?」
「当たり前だ、任せとけ! すぐ戻るからな! 死ぬんじゃないぞ、白唱!」
子牙は、叫ぶと走り出していってしまった。
まったく説明する暇もない。
今のヘビは猛毒のクサリヘビに似ていたけれど、別種だった。
毒は、しびれる程度でたいしたことはない。
一時間くらい休んでいれば治るから、その間だけでも集めるのを頼もうと思っただけなのに。
あの調子じゃ、全部集めるまで戻ってこなさそうだ。
まぁ、子牙の知識だと、あの五種類を間違えずに持ってくるのは難しいから、ちょうどそれくらいの時間はかかるかな……。
毒は薄いとはいえ、やっぱり痛い。
熱を持って、腫れてきてしまった。
小川でもあれば、洗って冷やすことができるのだけど……。
耳を澄ますと、せせらぎの音が聞こえてきた。
近いようだ。
子牙が戻ってきても、呼んでくれれば聞こえるだろう。
俺は水の音がする方に向かった。
***
気持ちの良いせせらぎだった。
低い木々の枝が、雫を時折落として涼しい音を立てている。
自然の音楽のようだ。
手にした枝で、雫の落ちる速度とタイミングを合わせてみると、綺麗な旋律になった。
村祭りで使われる笛と合わせたら、いい曲になるかもしれない。
面白くて、時間を忘れてつついていると……
ふいに。枝の折れる音がした。
驚いて振り返ると、決まり悪そうに笑っている男の人がいた。
「邪魔してしまったな」
いつから見ていたのだろう。
子供みたいに遊んでいるのを見られたのは結構恥ずかしい。
こんな森には場違いな立派な服を着た人だった。
都の人だろうか?
「いい音だったよ。よかったらもう少し聞かせてもらえないかな」
「こんなのでよかったら……」
さっきの順番で、枝を叩いていく。
落ちたしずくは、鈴のような涼しい音を立てた。
迷わず叩けたので、さっきよりも音楽っぽくなったような気がする。
「見事、見事」
ぱちぱちと拍手されて照れる。
都の人なら、もっとすごい音楽なんか聞きなれているだろうに。
そう言うと、その人は笑った。
「いやいや、自然の音が琴や笛に勝ることもあるよ。この音は本当に綺麗だ。それを旋律に仕上げてしまった君はさらに見事だ」
放っておくといつまでも誉められそうなので話を変える。
「都の方ですよね。どうしてこんなところに?」
「うむ、実はな」
麒麟が伴侶を取り戻すために、四神と争っているのだという。
このままでは何が起こるか分からない状況なのだとか。
……今日は暑くなったり寒くなったり、やけに気候がおかしいとは思っていたけれど、それが原因だったのか。
「じっとしていられなくて、ここまできたものの……私はただの人間だからね。道士たちに足手まといだと追い返されてしまったよ」
ふう、とため息。
麒麟。
そうだ、長老が渡してくれたこの像は、何か関係あるに違いない。
俺にも、この人にもどうしようもないけれど、道士たちの手に渡れば何か役に立つのではないだろうか。
長老は、俺が正しいと思うことに使えと言っていた。
「これを、その方たちにお渡しできますか?」
「ん? これは麒麟だね。……綺麗な造りだ」
「うちの長老に渡されたものです。不思議な人だから、何か今回のことを知っていたのかもしれません。お役に立つか分かりませんけど」
「分かった。私もこのまま都に戻るのはどうかと思っていたんだ。一度彼らのいそうなところに行ってみよう。確かに預かった」
「お願いいたします」
「ところで君はどうしてこんなところに?」
「それが……」
ここに不思議な力で飛ばされたことを話すと、ものすごく心配してくれた。
ヘビに噛まれたところにも、とても立派な入れ物に入った薬を塗ってくれる。
「ありがとうございます」
その時、空気が揺れた。
これが「気の乱れ」というのだろうか。
どこかで、何かが起こっている。
厳しい表情になったその人は、すく、と立ち上がった。
「行かなくては……君、もし戻れなかったら、このまま王都までおいで。武王に麒麟を渡した者だと言ってくれれば、取り次ぐようにしておくよ」
森の中に声が消えていった。
最後の言葉を聞いて、俺はしばらく真っ白になっていた。
武王?
二年前の戦いで、商王朝を倒し、この時代に平和をもたらしてくれた西岐の王。
あの人が?
……とんでもない話し方をしてしまった。
都に行ったら不敬罪とかで首をはねられてしまうんじゃないだろうか。
いや、あの人はそんな風には見えなかったけど、でも普通は……。
どうしようどうしようと悩んでいると、子牙の呼ぶ声が聞こえてきた。
「白唱!」
「ここだよ、子牙」
「ああああ、良かった、生きてるな?」
まだヘビ毒のことを心配していたらしい。
そんな危ない毒じゃなかったことを知ると、その場にへたり込んでしまった。
悪いことをしちゃったな。
でも子牙は怒らない。
よかった、と本当に嬉しそうな顔で笑っている。
その手には、集めてきたらしいキノコ。
なんとか、あのナベの指令通りに集めることができたらしい。
やればできるじゃないか。
「何も起こらなかったら、ここでキノコナベにしようなー」
ナベに子牙がキノコを放り込む。
最後の霊芝が入ったときだった。
ここに来たときと同じように、視界がゆがむ。
ふわっと浮くような感じがして、気がつくと見覚えのある場所にいた。
洞窟の入口だった。
「やた、村のパオだ!」
「戻れたみたいだな」
駆け出していった子牙は、最初に長老の天幕に飛び込んだ。
「おじい、今日は大変だったんだぜ!」
「おお、戻ったか」
イノシシは? と聞かれるかと思ったが、長老はなにやら大きなナベをかき回すのに忙しい。
……このナベ、見覚えがあるような……。
「ふぉっふぉっふぉっ、今日はキノコ鍋だぞ」
「……へ?」
「これで子牙も食べられるキノコを覚えたであろう。狩りはまた明日にしておけ。ふぉーっふぉっふぉ」
ぐつぐつ煮られているのは、子牙が集めてきたキノコ。
串にさして焼いている分が、香ばしい良い香りを漂わせている。
呆然としていた子牙が、我に返って叫んだ。
「……このクソじじい!」
やれやれ、長老殿もなんて人の悪い。
あの子牙に手っ取り早く勉強させるには、これくらいやらなきゃだめなんだろうか。
俺はため息をついて、立ち上っていく煙を眺めた。
あれから、四神が暴れているというような不穏な空気は感じられない。
長老に麒麟の像を人に渡したことを報告したけれど、それでよい、と言いたげにうなずいただけだった。
あの場所から離れてしまった以上、俺には何もすることはできないけれど。
あの人が無事であることを祈る。
今夜はとりあえず、子牙が取ってきてくれたキノコナベがうまいことを期待することにしよう。
おわり
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