暁が導く道を、共に 壱


乱稜山に巣くう大鳥をなぎ払い、ダインは隣を見やった。
共に戦ってみて気づいたが、ベルクートの持つ大剣は片刃であった。
元は両刃であったはずなのに、片側をわざと鈍らせてある。
殺す必要のない相手の場合は、こちらを使っているのだろう。
――無用な殺生はしたくない。
その思いを形にしたような武器だ。
セーブルを騒がせた山賊たちをこらしめた時には、刃どころか、剣の側面であしらっていたのを思い出す。
倒れた山賊たちは痛みに呻いてはいたものの、一人とて切られた傷はなかった。
せいぜい、しばらく跡の残る打撲程度。
彼らは、偽者騒ぎで王子を貶め、セーブルとの連携まで危うくするところだった。
王子の側近という立場であれば、その場で叩き切ってもおかしくはないというのに。
アーメスとの小競り合いが絶えぬ地に生きてきた者の目から見れば、それはあまりにも甘い。
しかし――。
この戦乱の世にも、そのような人物が居てくれたことが嬉しかった。

***

大きな翼の音が聞こえたと同時に、空が真っ暗になったように思った。
巨大な身体が作り出す陰。
地響きを立てて舞い降りたのは、赤い鱗をまとった巨大なワイバーンだった。
「乱稜山の主だ」
「北の守護神――」
ざわ、と隊兵たちがどよめく。
山の奥に棲むワイバーンが、何故こんな山道に。
山賊退治での騒ぎに機嫌を損ねたのだろうか。
路の中央にいた少年たちに目を止めた巨大な竜は、火炎の息を吐き出した。
「サイアリーズ様!」
「嬢ちゃん、あぶねぇ!」
金髪の女王騎士と、元山賊の少年が、それぞれ近くにいた女性を抱えて道脇に走った。
取り残された王子が直撃を受ける――!
熱風があたりの木々をなぎ倒し、灼熱の炎が渦を巻いた。
最悪の状況を想像して目を開く。
――王子は無事だった。
傍らにいた剣士が、少年を抱え込むようにして護っていた。
ワイバーンの吐いた強烈な火炎にも、焼かれた様子はない。
狙った相手が全員無事であったことに激昂したのか、ワイバーンが再び咆哮を上げた。
隊兵たちを赤い瞳で睨めつける。
「全隊散開! 弓兵、矢を構えろ!」
ダインは隊兵たちを分散させ、命じた。
「しかし、隊長、あれは――」
「今は退けるのが先だ、迷うな!」
隊兵たちが言いたいことは分かる。
遥か昔から山に棲む竜。
人とは相容れぬモンスターではあるが、永くその存在を知られる者は自然と畏れ敬われる存在となる。
特にあの竜は――。
だが、今はそれを考えている場合ではない。
弓兵に攻撃を命じようとした、その時。
王子を護っていた剣士が地を蹴った。
大剣を抜きざま、ワイバーンのふところに飛び込むのを、ダインは息を飲んで見つめた。
ワイバーンが顔を向けた時には、すでに一撃。
返す刃で第二撃、そしてなぎ払われた尻尾を避け、第三撃。
竜族の急所である胸元を確実に切り払う。
無駄のない動きに目を奪われた。
人づてに聞いた話や、山賊とのやりとりで、相当の腕前とは分かっていた。
しかし、これほどとは。
ワイバーンの動きが、完全に止まった。
ぐらり、とその巨体がゆらぐ。
そして――ゆっくりと、轟音を立ててその場に横倒しとなった。
辺りが静かになって、ようやく呆然と見守っていた隊兵の間から、感嘆のため息が漏れる。
「すげ……一人でワイバーンを――」
「主を倒しちまった……」
隊兵たちの呟きに、ダインははっと我に返った。
彼らの声には、困惑が混じっている。
「騒ぐな。倒さなければ、我々がやられていた」
「しかし、隊長――我々は理解していますが、民が納得するかどうか……」
「誰がなんと言おうと、説得するしかあるまい」
「は…い――」
素直に称賛したい気持ちと、思い入れのある生き物を倒されてしまった苦渋の板ばさみになっている隊兵たちの心情は分からないでもない。
恐らく、結果だけを伝えれば、セーブルの民も反感を示すだろう。
せっかく王子の山賊疑惑をぬぐえたというのに、なんと間の悪い。
ダインは、複雑な思いで、山道に倒れたワイバーンの巨体を見やった。

***

王子が、ベルクートに食ってかかっている。
無理もあるまい。
無事だったとは言え、あの火炎をまともに受け、しかもワイバーンに一人で向かってしまったのだ。
王子をなだめ、先を急がせようとしていたベルクートが、足を止めた。
「ダイン殿、殿下を連れて先に進んでください」
理由を聞く必要はなかった。
ずん、と重い音が響いた。
倒したはずのワイバーンが、起き上がりかけている。
大地に叩きつけられた鋭い爪を持った腕。
口から噴出すのは炎の息。
怒りに燃える目が、目の前の人間たちを捉える。
致命傷を与えたように見えた胸元には、何故か傷がない。
ベルクートが、立ち上がってきたワイバーンに正面から相対し、再び剣を抜いた。
その後を追おうとした王子に、リオンが叫ぶ。
「だめです、王子! 私たちが行かないと、ベルクートさんも逃げられません!」
その言葉に、駆け出しかけていたダインの足も止まった。
全員が逃げ出せば、ワイバーンは必ず追ってくる。
空から火炎を吐かれれば、太刀打ちする方法もなく、被害は甚大だ。
自分たちが安全な場所へ移るまで、彼はこの場から動かないだろう。
できることなら、共に戦いたい。
しかし、自分がするべきことは、王子殿下とその一行を無事に逃がすこと。
歯噛みする思いで、隊兵に彼らを先に進ませるよう命じ、まだその場から動けずにいる王子の手を捕らえる。
「王子殿下、行きましょう!」
「嫌だ、置いておくなんてできない――。もう、誰も……っ!」
その言葉が、何を思い出してのものなのか。
ソルファレナでの出来事は、風の噂でしか聞こえてこないが、察してあまりある。
――今は眠らせてでも、運ぶしかないか……。
そう決心し、ダインは後ろの状況を見やった。
剣士と竜は互いに隙を伺い、膠着している。
殺気がぶつかり、熱気を含んだ空気が震えている。
どちらが先に動くか。
その時、ベルクートが呟くように言った。
「頼む、退いてくれ。――殺したくない……!」
――目をそらしたのはワイバーンの方だった。
赤い竜は、ばさりと翼を打ちふると、空に舞い上がった。
岩山の向こうに、その姿が見えなくなり、ようやく一同は安堵の息をついた。
「気迫でワイバーンを追い払っちまった……」
半ば、腰を抜かして座り込む隊兵たち。
王子がダインの手を振り払い、今度こそ駆け出す。
声もなく掴みかかられて、剣士は困ったように微笑みを返すばかりだった。


暁が導く道を、共に 弐

TOP小説