黎明に叛く風の刃 弐
セーブルに戻ってからは、叔母が仕掛けた「黒幕退治」で一騒ぎだった。
仕出かした事態は重大だったけれども、その犯人の行動は余りに稚拙で、呆れてしまうようなものだった。
おかげで、それまでの緊張がすっかり解けてしまった。
ラウルベル卿の屋敷の一階。
提供された部屋のソファで休んでいると、サイアリーズが飲み物を持ってきてくれた。
「お疲れさん」
ニセ王子事件解決祝いに、早速一杯ひっかけてきたらしく上機嫌だ。
「山賊共、会ったらめいっぱいぶんなぐってやろうと思ってたんだけどさ……。やっぱり顔合わせちまうと、そうもいかないもんだねぇ」
投降した彼らを並ばせて、速攻で鉄拳制裁を加えた本人がよく言う。
拳骨は、『めいっぱい』ではなかったということか。
「……彼らが辛い生き方をしてきたのは、目が行き届かなかった王家の責任でもあるし」
「まぁ、それを言うときりがないけどね。特に、あいつらはレインウォールにいたんだろ」
ファレナ女王国内とは言っても、貴族の支配地は他国に近い。
税の取立てが正しく行われているか、戦災孤児となった者たちに救いの手が差し伸べられているか。
その地の貴族の報告を信じるしかないのだ。
それにしても、とサイアリーズが笑った。
「あんたがあんなに感情的になるなんて、珍しかったね」
ソルファレナが落ちて以来、王子はあまり表情を変えなくなっていた。
立て続いた状況で感覚が麻痺しかけていた上に、ルクレティアにも、上に立つ者が揺らぐと軍の士気に響く、と釘を刺されていた。
辛い事があっても、人前では耐えられるようになったのだと、自分でも思いかけていたのに。
「あたしはいいと思うけどさ。たまには爆発しとかないと、周りも気づいてやれないよ」
酔っているのか、くしゃくしゃと甥の髪を混ぜ返し、自嘲ぎみに呟く。
「大事なもんは、失くしてからじゃ遅いんだ……」
「叔母上?」
それは父や母や、残してきたリムのことだろうか。
それとも……。
「やだやだ、辛気臭くなっちまった。飲み直すとするか」
聞き返す間もなく、サイアリーズはきびすを返し、部屋から出て行ってしまった。
急に、叔母を遠く感じたような気がして、ふと不安になる。
気のせいだとよいのだが。
「王子殿下」
上階からダインが降りてきた。
ラウルベル卿への報告が終わったらしい。
「今日はお疲れ様」
「殿下もご無事で何よりでした」
ワイバーンの一件では、取り乱したところを見られてしまったのでちょっと決まりが悪い。
あの時、ダインが止めてくれなかったら、リオンを押しのけて駆け出していたかもしれない。
もしそうなっていたら……。
ベルクートの意を無にするだけでなく、ワイバーンの本格的な攻撃を招いていただろう。
あの時、ダインも共に戦いたかったはずだ。
国や部下のことを考えて、それを抑える強さ。
彼には、見習わなくてはならないことがたくさんある。
「ところで殿下、ベルクート殿と少々話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん構わないけど。ぼくに許可をとる必要なんてないのに」
山を下りている間、ダインはずっとベルクートに声をかけたそうな顔をしていた。
彼を取り巻く自分の部下たちに阻まれて果たせず、どんどん不機嫌になっていくのは、端で見ていてちょっと面白かった。
……とは、本人には言えない。
一礼をして出て行こうとするダインに、王子は少し意地悪をすることにした。
「ベルクートは時々、素ですごい殺し文句言うから。気をつけて」
「は?」
ダインの目が丸くなる。
南の守護神にそんな顔をさせたことに満足して、王子はラウルベル卿の元へと向かった。
***
「王子殿下。それでは、セーブルの者たちを、よろしくお願いいたします」
ラウルベル卿との正式な話し合いが終わり、改めてセーブルの助力を得られることが決まった。
南の守護神の二つ名を持つ猛将ダインと、その直下の騎馬隊。
実力と人員だけでなく、彼らが王子の側についたという事実。
それが今回の、一番の成果だった。
ダインにも報告がてら、礼を言わなくては。
そう考えて、彼の居るであろう兵舎に向かおうとした王子を、ラウルベル卿が呼び止めた。
「王子殿下。少しお願いがあるのですが」
領主直々の願いとはなんだろう。
軍の動きに関わることであれば、ルクレティアに相談しなくては。
「そちらに、ベルクートという方がおられるでしょう?」
「は?」
その名が出るとは思わなかった。
「うちの部隊の者たちから請願が出ておりまして……、王子殿下の下でセーブルの騎馬隊が編成される際には、その方を副長につけていただけないかと」
「はいっ!?」
あまりに予想外で、間の抜けた声を上げてしまった。
「うちの子たちが、そういった要望を出すのは初めてなんですよ。しかも、他国の方でしょう? 私も驚きまして」
ラウルベル卿には、荒くれ者の集まりであるセーブルの騎馬隊兵たちも、可愛い子供たちに見えるらしい。
「昨日今日で何があったのか、私は存じませんが――。できれば、ご配慮いただけませんか」
セーブルに着いた当初、騎馬隊の者たちは王子たちを山賊と信じ、頑な拒否を示した。
それまで信じていたからこその反発。
そんな実直さと、誇りを持つ者たち。
当然、自分たちの実力と、組織力にも相当の自信を持っているはず。
それが、会って間もない者を身内に引き入れようというのが、どれほどのことか……。
「わ、分かりました。編成の際には考慮します」
自分も褒められたような気がして、嬉しい。
けれど、なぜだろう。
同時に妙な不安が湧き上がっていた。
***
兵舎に向かう途中、近道をしようと食堂を通った。
遅い昼食を取っている数人と、それを取り囲む者たちが、にぎやかに話している。
セーブルの部隊兵たちだ。
山賊討伐に参加した者を中心に、興奮冷めやらぬ顔でワイバーンの話題で盛り上がっている。
勇猛で鳴らすセーブルの隊兵たちにも、山岳に棲む巨大な竜と正面切って戦う、というのは信じられない事態だったらしい。
同行しなかった者が、大げさに言ってるんだろうと疑えば、実際に立ち会った者は、足りないくらいだと言い返す。
くすぐったい気分で、その会話に耳を向ける。
ひとしきり賑やかに騒いだ後、一人がぽつりと呟いた。
「あの人……戦いが終わったら、セーブルに来てくれないかなぁ」
それほど深い意味で言ったのではないのだろうが、周りが反応した。
「いいな、それ」
「どこかに所属しているわけじゃないんだろう?」
「隊長と揃ったら、怖いものなしじゃないか」
「まずは王子様の軍で、副長になってもらってさ」
「セーブルに戻る時に、さりげなく連れて行く、と」
「よし、それで行こう」
……。
――ちょっと待て。
なにやら雲行きが怪しくなってきた。
さっき感じた不安はこれだったのか。
王子は気づかれないようにその場から離れ、兵営へと急いだ。
***
ベルクートとダインは、兵舎の片隅に座っていた。
同じ大剣使い、歳も同じだと聞いている。
生真面目な性格も似ているし、話が合うのかもしれない。
いつもは部隊長として厳しい表情を崩さないダインだが、時折、つられて笑顔となってることに、自分で気づいているのだろうか。
話している様子が、二人とも自分の時とは随分違っているようで、なんとなく声をかけにくい。
しばらくして。
ベルクートが何か言った途端、ダインが絶句したのが分かった。
早速、何か食らったらしい。
だから注意したのに。
ダインはどうしたらいいのか分からない、という表情で視線を宙にさまよわせている。
思わず吹き出して、王子は助け舟を出すことにした。
わざと靴音を立てて、二人の前に出る。
「セーブルからの援軍として、ダイン殿が来てくれると聞きました」
あからさまにほっとした顔で、ダインが振り返った。
「はい、セーブルの騎馬隊は、明日から王子殿下の指揮下に入ります。これからは私も王子殿下に従う一人です。どうか、ダインとお呼びください」
「分かった。ダイン、これからもよろしく」
命を預かる者としての責任に、年齢は関係ない。
山賊と疑われていた間にも、ダインが見せてくれた信頼に応えなくては。
それに、きっと彼から学ぶことは多い。
傍らにいてくれることがとても嬉しかった。
ただし。
「ところで……あの件なんだけど」
「あの件――?」
それとこれとは話が別だ。
「……貸すだけだから!」
「は?」
「騎馬隊を編成する時に、貸すだけだから! ちゃんと返してね!」
「「殿下!?」」
二人の声が追ってきたが、立ち止まっても何と言えばいいか分からないので、逃げ切ることにする。
子供のように喚いてしまったのが照れくさくて、悔しくて。
ちょっとふくれた顔で歩いていると、先ほどの隊兵たちが王子に気が付いて声をかけた。
今度はなんだ、と身構える王子の警戒に気づかぬまま、彼らは無邪気に尋ねる。
「ベルクート殿って馬に乗れるんでしたっけ?」
――ある意味、最重要な疑問には、王子も答えられなかった。
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ここまで動揺させておいて、今更そんな質問か!
王子の心の叫び。
(大丈夫でしょう。小説でも、マリノさんとミルーンさんを乗せて、ヤシュナ村からロッジまで早駆けしてたし)
さて。
王子の最大の敵がセーブルとなりました(笑)。
ベルクートさんのこと、強くて優しいお兄さんくらいに思っていたら、実は命がけで守ってくれるほどの人だった。
一気に見る目が変わったのに、何、このライバルの多さ。
……って感じで。
騎馬隊兵さんたち、書いてて非常に気に入ってますw
ダインさん直下の小隊は、年齢もばらばらな十名くらいが、わらわらと集まってます。
セーブルの中ではエリート集団ですが、ダイン隊長の邪魔するには、3人以上必要らしい。
名前はまだない。
ワイバーンの火炎の場面では、リオンはロイ君が、サイアリーズ様はカイルが助けています。
その後、王子の元に駆けつけようとしたリオンを止めようとして、ロイ君が殴り飛ばされて昏倒。
フェイレンとフェイロンが駆けつけてます。
真面目な一騎打ちの傍らで、こんなお笑いが繰り広げられているのが、うちの王子一行クオリティ。
蛇足:
今回のタイトルは、
……この人、色んな意味で思い通りにならないよっ!
てな王子の叫びです。
ベルクートさんはホントは水なのですけど、風の紡いだセットを着せてたせいか、風のイメージが離れません。
黎明に叛く風の刃 壱
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