夕暮れに染まる音色 壱
「はじめまして」
自分と同じくらいの少女が、にっこりと声をかけてきた。
「うむ、おはよう。――何をしてるのだ?」
「お魚さんに、ご飯をあげてるの」
「働いておるのか!」
小さな手で、重そうなバケツを運んでいることにリムスレーアは驚く。
しばらく魚や城の話をした後、シュンミンは首をかしげた。
「リムちゃんはどこの国の人?」
「わらわはファレナの出であるぞ?」
何故そんなことを聞かれるのか。
リムスレーアは驚いて尋ね返す。
「言葉が変わってるから、他の国かと思ったの」
「こ、言葉か……」
他の者と自分の言葉使いが違っていることは分かっていたが、他国出身と思われるほどだとは思わなかった。
「わらわ……わ、わたしは、ファレナの出身であ……ファレナの出身だ、いや、出身よ。こ、これでよいか」
「――大変そう」
「普通の言葉とは難しいものじゃな」
がっくりと肩を落とすリムスレーア。
そこに、青い服に革の胸当てを身に付けた青年が通りかかった。
「おはようございます、シュンミンさん」
「おはようなの」
彼は隣に目をやり、
「初めまし……」
――挨拶しかけて、表情がこわばった。
「リ」
「しーーーーーっ!!」
言いかけるのを、慌てて止める。
つられて彼も口に人差し指を当てていた。
「内緒なのですね?」
「内緒なのじゃ」
「殿下にもですか?」
「もちろんじゃ!」
「分かりました」
にこりと笑顔を残して去っていくのを見送って、リムスレーアは腕を組んで考え込んだ。
「今の青いのは、どこかで会った気がするのじゃが……」
誰だったかのう、と首をひねる王女に、いつの間にか隣に来ていたミアキスが笑う。
「もう少しでだんな様になるかも知れなかった方ですよぉ?」
「……! 何故知らせなかったのじゃ!?」
「まさか忘れてらっしゃるとは思わなくて」
「闘神祭で遠くからしか見たことがないのだ、仕方なかろうっ」
そこまで言った時、隣の少女が目を丸くしていることに気づいた。
「リムちゃん……王女様だったの」
「そ、それは――」
シュンミンは距離を置いてしまうだろうか。
いずれ知られることでも、もう少し普通に話していたかったのに。
だが。
「すごい。シュンミン、王女様とお友達になれたのね」
屈託のない嬉しそうな笑顔。
「友達……」
リムスレーアは、初めての菓子に巡り合ったかのように、その言葉を口の中で転がした。
***
忙しそうに植物の手入れをしていた少年が、顔を上げた。
「あんた、新顔だね。オレはトーマ。あんたは?」
「リムじゃ」
「へぇ、王女さまと同じ名前なんだ」
「おぬしはここで働いておるのか」
自慢げに、少年はうなずいた。
「小さいけど、立派な畑だろ?」
こじんまりとしているが、あふれんばかりの緑が城の傍らを占めている。
たわわに実った、赤や紫の野菜や果物。
「これはなんじゃ?」
「トマトだよ」
「ト……トマトとは、こんな形ではないのか!?」
リムスレーアは、ぱぱっと半月型を宙に描いてみる。
トーマが爆笑した。
「これを切るとそういう形になるのさ」
一つをもぎ取り、湖でざっと洗ってから、ナイフで四等分にしてみせる。
「おお、あの形になった!」
「ほら、食べてみろよ」
料理というものは、皿の上に乗っていて、ナイフとフォークで食べるのだと思っていたリムスレーアには、驚愕の言葉だった。
少年の手の一片を恐る恐るつまみ、口に放り込む。
「トマトじゃ!」
「あんた、よっぽどいいとこのお嬢さんなんだなぁ」
馬鹿にするわけではなく、感心したようにトーマが笑う。
「あんちゃん、城を案内してきていいかな」
「おう、行って来な」
「行こうぜ、リム!」
何も知らぬ少年は、いつもの面倒見のよさを発揮して、リムを先導する。
塔に沿うように作られた階段を下りたところで、トーマは湖に向かって手を振った。
「おーい、マルーン!」
湖から、服を着た奇妙な生き物が顔を出した。
そのまま、すい、とこちらに近づいてくると、身軽に岸辺に飛び上がった。
「マルーンだよ。次のビーバー族の代表だぜ」
「やだな、そんなんじゃないよ」
二人にかからないように気をつけながら、身体を震わせて水を払うその姿。
毛むくじゃらで、牙が大きくて、その手には大きなカナヅチ。
ちょっと怖いように見えて、トーマの後ろから尋ねる。
「何をしておったのじゃ?」
「船着場の修理さ。この間の雨で、少し痛んでたんでね」
「ビーバー族は、腕のいい大工なんだ。泳ぎもうまいから、水の中じゃ最強だし」
「よせよ、トーマ」
誉められて、まんざらでもない様子で照れるマルーン。
「この城では、誰もが働いているのじゃな。大人も子供も……」
「ん? 当たり前だろ?」
働かざるもの、食うべからずだぜ、とトーマが胸を張る。
「わらわは、魚を育てたこともない。野菜を作ったり、建物の修理をしたことも……」
知識としては知っていた。
けれど、それを、実際に誰かがやっているところは見たことがなかった。
世界を相手にしているつもりで、自分の視界はなんと狭かったのだろう。
「普段は何をしてるんだ?」
「人の話を何時間も聞いたり、書類を読んだり……かのう」
「それがあんたの仕事なんじゃないのか? オレは、人の話を何時間も聞いてるなんて、とてもできないや」
素直に感心するその純朴さを、リムスレーアは逆にすごいと思う。
でもさ、とトーマは続けた。
「オレ、今はあんちゃんの手伝いしてるけど、女王騎士になりたいんだ」
「女王騎士にか!」
「ガレオンさんはロードレイク出身だし、リオン姉ちゃんみたいに小さくても強くなれば大丈夫だって言うし。問題は、オレが農民出ってことだけど……」
「そんなことは関係ない。大丈夫、トーマならなれる。なれるぞ!」
力強く断言されて、トーマの顔がぱっと輝いた。
夕暮れに染まる音色 弐
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