夕暮れに染まる音色 弐


城の中を巡るだけで、まるで世界旅行のようだった。
ビーバーや、ケイヴドワーフといった亜人と言われる者たち。
ゴドウィンは、彼らをファレナには不要と切り捨て、根絶やしにしようとしていた。
人間ではないからと聞かされ、どれほど獣のような存在なのかと思っていたが――。
多少変わってはいても、気のいい者たちばかりだった。
見かけが違う、ただそれだけで、彼らに一体どんな罪があるというのだろう。
そして、規律正しいセーブルの騎馬隊や、対照的に荒っぽい傭兵団。
少し父と似た雰囲気をまとった群島諸国の者たち、血も涙もない人非人と聞かされていたアーメスの意外なほど優雅な者たち……。
よくぞここまで異なった人々を集めたものだ。
地域だけでなく、種族をも超えて、兄は彼らの信頼を勝ち得ている。
それが何よりも誇らしかった。
ただ、自分だけの兄だと思っていたのが、なんだか遠い存在になってしまったようで……ちょっと淋しい。
「姫様、お茶入れましょうか。お菓子もありますよ。お城放棄作戦の前には、もっとあったんですけど」
水浸しになっちゃって、とミアキスが泣き真似をする。
「……おぬし、部屋にどれだけ溜め込んでおるのだ」
机の上に並べられた、山ほどの焼き菓子を見て呆れる。
城巡りの後、そろそろ王子が帰ってくるだろうということで、リムスレーアはミアキスの部屋に避難していた。
塔から少し離れた円堂の最下層。
ここなら、そうそう訪れる者はいない。
……と思っていたところに、こつこつ、とノックの音が響いた。
「失礼します」
「あら、ベルクートさん」
青いのだ。
慌てて、口にほおばっていた菓子を、お茶で流し込む。
だが、二言三言、ミアキスと言葉を交わしただけで、そのまま踵を返してしまったようだ。
「なんじゃ、ミアキスを誘いにきたのか?」
「今のは、姫様へのお誘いですよぉ。竜馬騎兵団の演奏会があります、って」
「なっ!?」
机をばん、と叩いて抗議するリムスレーア。
「何故その場で言わんのじゃ! 礼も言えなかったではないか!」
「だって、ベルクートさんが来たということは……」
ミアキスの言葉が終わらないうちに、
「ミアキスさんっ!」
「こちらにベルクート殿が」
「来ませんでした!?」
ドアが叩かれるなり、どどど、っとばかりに、大人数が部屋に入り……かけたところでひっかかっていた。
わたわたと、机の影に隠れるリムスレーア。
「ベルクートさんなら、もう戻られましたよぉ。竜馬騎兵団のことをおっしゃってましたから、離れに向かったんじゃありません?」
その情報に、口々に礼を言いながら、Uターン。
ひらひらと手を振って、ミアキスが見送る。
「という訳ですぅ」
「な、なんじゃ今の集団は!」
「えっと……ベルクートさんの追っかけですね」
「なんじゃそれは」
「あの人、無自覚に人気者ですからぁ」
分かったような、分からないような。
とりあえず、あの青いのとゆっくり話すのは難しそうだ、ということは理解できた。

***

リムスレーアは、ミアキスと共に作戦会議室となる広間の前に来ていた。
「今日も空振り。本当にどこに隠れたんだろう」
兄の声を聞いて飛び出してしまいそうになったが、ここは我慢。
あとで驚かせてやるのだ。
それに、声がなんだか不機嫌そうだ。
外出から戻って、疲れているのだろうか。
ミアキスが、ちょっと待っててくださいね、と言い残して、広間に入って行った
「王子、ベルクートさんから伝言です。竜馬騎兵団が演奏会やるみたいです、開始を待ってもらいます、って」
「あ、それで先に行ったんだ」
今まで機嫌が悪そうだった声が、たちまち明るくなる。
王子たちの一行がわらわら出て行くのをテラスでやり過ごし、こっそりと見送る。
一行の最後に加わったミアキスが、「先行ってますね」と口だけ動かすのが見えた。
広間に入ると、ルクレティアとハスワールが笑顔で迎えてくれた。
「姫様もいかがです? 竜馬騎兵団の笛は素敵ですよ」
「聞いてみたいが……」
マルスカールの行方が分からない以上、ファレナの危機は去ったわけではない。
連絡は随時受けているとは言え、ソルファレナを丸一日離れていることに少々罪悪感があった。
「姫様。楽器でも弓でも、絃を張り詰めたままでは、いざという時に切れてしまいます。それに、ここの皆さんと会ったことは、無駄だと思いますか?」
ぶんぶん、とリムスレーアは首を横に振る。
「でしたら、今日は立派な視察ですよ。お仕事の後には、ご褒美があってもよいでしょう? ゲオルグ殿だって、ここに戻るとチーズケーキを召し上がるのです」
にこりと笑った軍師の言葉に、その場に居た者たちが吹き出した。

***

小さな離れの広場を見下ろす東屋に、簡単なお茶会が準備されていた。
下では、竜馬や騎兵団の前に、観客が結構集まっている。
「青いのは、さっきの連中に囲まれてるのう」
本当はあちらに行ってみたいのだが、ちょっと狭そうだ。
「女二人に挟まれて、鼻の下を伸ばしておるのか」
カイルのようじゃな、とリムスレーアが不機嫌に肩をすくめると、ルクレティアがふふ、と笑った。
「そう見えます?」
そう言われて、改めて下を見下ろす。
しばらく観察して――。
「……なんじゃ、脇の女たちが勝手に盛り上がっておるだけか」
遠目でも意外と分かるものだ。
そこに役者が増えた。
「……兄上も、青いのがお気に入りなのか?」
声までは聞こえないのだが、先にいる連中との間に妙な緊張感が見て取れる。
そして。
「兄上が一番大人げないぞ!」
中心にいる者を独占してしまった兄に、思わず笑い出す。
これだけの城を構え、これだけの人数をまとめている、自慢の兄。
自分の手には届かぬほど大きな存在になってしまったと感じていたその姿が、急に小さな子供のように見えて、ちょっと安心した。
その後も、不思議な色の生き物たちが飛んできたり、笛だけの演奏会と思っていたのが見事な楽団となったことに驚いたり。
太陽宮では決して見られぬものを、たくさん目にすることができて楽しい。
何よりも、皆に囲まれている兄の笑顔が嬉しかった。
「よかった。ソルファレナから出て行ってから、わらわを助けるために動いているのに、反乱軍とまで言われて……ずっと心配だったのじゃ。本当によかった……!」
ようやく上階に妹がいることを知ったらしい兄がこちらを見た。
兄の、どうしたらいいか分からないという顔。
トーマやマルーンのぽかんとした表情。
それらが面白くて、久しぶりに心の底から笑い続けて。

少しだけこぼれた涙は、笑いすぎたからだ、とリムスレーアは言い張った。





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リムのおしのびの旅でした。
城の中で世界一周。
ミアキスとガレオンさんが、つかず離れず見守っています。
初めてのおつかい状態。

とうもろこしがそのまま地中から生えてくると思っていた友人が居たなぁ、とか思い出しつつ。
実際に生えているところを見ないと、原型が分からない植物ってありますよね。
ザーサイとか!
(写真とかで説明見ても、いまいち実態がつかめない)

ベルクートさん篇の解答にもなってます。
一旦円堂へ向かったのはミアキスに王女への伝言を伝えるため、でした。
円堂の最下層から離れへの回廊は、つながってそうでつながってない。
階段があるので、本当は第四レベルまで城を増強する予定があったのではないかと思ってみたり。

リムスレーア様は、ずっとベルクートさんのことを「青いの」呼ばわり。
そういえば、デジコミでも「ベルなんとか」でしたね。
「わらわは興味ない、ないったらないぞ」という意思表示w


夕暮れに染まる音色 壱

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