午前三時はお茶の時間


「マルーンちゃん、いつもふかふかね。可愛いわっ」
ハスワールの抱擁に、マルーンはすでにあきらめモードの表情である。
弱々しく王子たちに振られる手が助けを求めてはいたが。
「マルーン君、いいなー。綺麗なおねーさんたちに、もふもふされて。人間で言えば、結構いい歳の青年でしょ?」
「カイルみたいな下心がないことを、やる方も分かってるからだと思うけど」
「俺、下心なんてありませんよ。全部真心です」
「……そういうこと言うのは、この口かな」
「ひてててて」
「あれだけ天真爛漫にぎうーってするのって、あとはベルクートさんくらいですよねぇ」
ハスワールの「可愛い」攻撃を眺めながら、ミアキスが笑う。

――王子とカイルが固まった。

「あら?」
「ミアキス、それって……」
「……どういうことなんでしょ?」
「もしかして、王子もカイル殿もご存知ないんです?」
ミアキスがにんまりとした。
「私が見る限り、会うたびにいつも、ぎうーってやってますよぉ?」
「あ……相手、誰?」
少なくとも、ビーバー族相手にやっているのは見たことがない。
「な・い・しょ・ですぅ」
実に楽しそうな笑顔を残して、ミアキスは去ってしまった。
こうなると、彼女から情報を引き出すのは不可能だ。
カイルが、通りすがりに聞きつけて、一緒に固まっていたダインに目をやる。
「まさか――ダイン殿とか?」
「え゛っ!? いえいえいえ!!」
これで演技だったら、大俳優間違いなしの慌てぶりだ。
「じゃあ、誰!? ……ぼくでさえ、ぎうーなんてされたことないのにっ!」
「王子、問題発言ですから」
「絶対相手を突き止めるよ!」
燃え上がった王子は聞いちゃいない。
通りかかったレレイが、その様子を眺め、ため息をついた。
「その気合いを、作戦会議の時にも見せていただけるとよいのですが」
大人びたすまし顔に、王子がちょっとだけ反撃を試みる。
「レレイは、ルクレティアが誰かをぎうーってしてたら平気なの?」
レレイの手から書類がばさりと落ちた。
「わっ、わたしはそのような……! ルクレティア様がぎう……、ぎう――orz」

その後、レレイが王子の邪魔をすることはなかった。

***

あれ以来、王子は都市の視察や地方の見回りだけでなく、普段の訓練や食事の際にも、ベルクートの様子を伺っていたのだが。
……それらしい相手の気配がない。
カイルやダインも、顔を合わせては、首をひねる。
「ミアキスさんの冗談だったという可能性は?」
「うーん、ミアキス殿は、人をからかうのは大好きだけど、ああいう言い方をした時は嘘じゃないんですよねぇ」
「時間帯が違うのか、それともこの城じゃないのか……でも、ミアキスは『いつも』って言ってたから、そんなに遠くにいる人とは思えないんだけど……」
食堂で、男三人顔を突き合わせて、真面目な顔で何を話しているのだか。
そこに噂の本人が現われた。
「あれ、ベルクート?」
「珍しい組み合わせですねー」
大道芸で町を回っていた少女ノーマと、その連れの豹、エルンスト。
闘神祭からの顔見知りだという。
「今日は満月なので、お菓子作りの手伝いを」
「ああ、エルンスト君の」
「くう」
豹の尻尾が、嬉しそうにくるんと振られた。
エルンストは、ノーマの連れの豹であるが、本当は人間の少年である。
戦闘時に根性を出せば数分戻ることができるが、それ以外では月に一度、満月の夜、魔力が増大する時だけ元の姿になれるのだという。
本当は甘い物が大好きなのだが、豹の姿の時には味がよく分からなくなってしまうため、一ヶ月分の甘味を食いだめするという噂だった。
「皆さんは作戦会議ですか? お疲れ様です」
「――あ……あはははは」
まさか、そういう本人の素行調査中とは言えない。
三人が厨房に姿を消して数分。
辺りによい香りが漂い始めた。
「これはチーズケーキですねぇ」
レツオウに下ごしらえを用意してもらっていたのだろう。
仕上げの段階の甘い匂い。
「これはアップルパイ」
「フルーツポンチ」
「マドレーヌでしょうか」
「バナナタルトとみた」
「コーヒーゼリー」
「フルーツポンチとかコーヒーゼリーって、そんなに匂いましたっけ?」
「王子は、自分の食べたいもの言ってません?」
「だってお腹空いた」
不機嫌な膨れ面。
「……何かいただいてきましょうか?」
「王子はお気に入りを取られて拗ねてるだけでしょー」
「余計なこと言うのはこの口かな」
「ひてててて」
その時、厨房の扉が開いた。
エルンストが、カゴを咥えて颯爽と彼らの方に歩いてくる。
カゴの中には、今まで彼らが当ててきたお菓子が少しずつと……『味見お願いします』のメモ。
「コーヒーゼリーとフルーツポンチも!」
「やるなぁ、ベルクート殿」
「なんで分かったんでしょう」
「昨日、ミアキスとベルナデットが食べてるのを見たんだ。……ぼくは、そんなにうらやましそうな顔してたのか――」
反省、としょぼんとしつつも、おやつを手放さない王子に、なるほどとカイルとダインが微笑んだ。
空になったカゴを再び咥え、エルンストは厨房に戻って行った。
ノーマがカゴを受け取り、お疲れ様とベルクートが頭を撫でる。
エルンストが嬉しそうにすり寄ると、ビロードのような毛並みの身体を、ベルクートはぎゅと抱き締めた。

こ・れ・だ!

「もしかして、ベルクートって……猫好き?」
「まぁ、それなりには」
幸せそうに毛並みを撫でている様子からすると、それなりではなく、かなり、相当、とみた。
「エルンストが正体、人間だって知ってるよね?」
ノーマとエルンストが加入した時、ベルクートもいたのだから、知らないはずはない。
「ええ、知っていますが……手触りが良いもので、つい」
「エっちゃんもね、豹の時は撫でられるの好きなんだって」
だから気にしなくていいんだよー、とノーマが言い、当のエルンストも気持ちよさそうにぐるぐると喉を鳴らしているが……。

――周り(の一部)が気にするんだ!

というわけで、その日のうちに「エルンストお触り禁止令」が出されたが、城内ではえらく不評だった。

***

満月が晧晧と下界を見下ろし、鏡のように凪いだ湖には少しゆがんだ同じ姿が映し出されている。
時折、それがゆらめくのは、夢を見た湖の主が身じろぎでもしたのだろうか。
普段は賑やかな城も静まりかえり、雫の音さえも聞き分けられそうな、そんな午前三時。
「こんばんは」
「エルンスト君、こんな時間に」
「ベルクートさんこそ」
円堂のテラスの手すりにもたれ、エルンストは夜風を受けて気持ちよさそうに伸びをする。
こんなところは、人の姿に戻っても、いつものクセが残っているのかもしれない。
「人の高さだと、湖が見渡せるんですね」
普段とはまるで違う目の高さに、いいなぁ、と呟く。
「ノーマさんとお話はできましたか?」
「はい、一ヶ月分! ……しゃべり疲れて、ノーマは寝ちゃいました」
せっかく人の姿に戻れる機会なのに、はしゃいだノーマが一生懸命話しすぎて、エルンストは結局聞き役に回っているのでは、というのが容易に想像できる。
それでも、エルンストは大好きなノーマの笑顔を見ることができることが、何よりも嬉しいのだろう。
「ぼくは豹の時、昼間は寝てることが多いんで、夜はつい目が覚めちゃうんです」
「では、おやつの残りでお茶でもしましょうか。今日は多分、あの方もおいでかと」
こんな時間に、あの方とは誰だろう。
エルンストは首をかしげながら後をついていく。
いつもならば、夜目が利いてなんとも思わない吊り橋や通路も、人の目だと見えにくいところがあり、ちょっと怖い。
夜の食堂は、最低限の灯りだけになっているが、訪れる者のために簡単な用意がされている。
薄暗い中に、さらに闇に溶けるような姿をした者が声をかけた。
「よう」
「ゲオルグ殿、お隣よろしいですか」
「ゲオルグさん、お疲れ様です」
剣士の前にはチーズケーキ。
エルンスト向けの甘味の山の、おすそ分けに預かっていたようだ。
「ところで……こんな時間に、お二人共、何かあったんですか?」
それとも、これから何か。
ちょっと不安になって訊ねると、重々しくゲオルグが答えた。
「満月の日は、魔物の動きも活発になるものだ」
「それで用心して起きてたんですね」
すごいなぁ、とエルンストが尊敬のまなざしで二人を見比べる。
「……」
「……」
(あれ?)
はぁ〜と深くため息をついて、ゲオルグが呟いた。
「昼間は、城の中に魔物が多すぎてな」
「昼間? 城の中!?」
驚いたエルンストに、ベルクートが助け舟を出す。
(ミアキスさんと他数名様のことです)
(――ああ!)
甘いモノを食べる魔物が、この城には多数生息しているらしい。
天下無双の剣士も大変だ。
ようやく安心してアップルパイやオレンジタルトをかじり始めた少年を、剣士二人は微笑ましく見守っている。
「自称紋章研究家、正体不明の紋章使い、これまた正体不明の紋章師。これ以上、紋章に詳しい連中は他にいないだろう」
「アズラッドさんも、古い本を片端から調べて下さっているようですし」
だからきっと、大丈夫。
「はい、それまでノーマと一緒にがんばります!」
こんな素直で優しい少年が、早く呪いから解かれ、平和な日を送れるように、祈らずにはいられない。
ゲオルグがチーズケーキを片づけ、夜中のお茶会はお開きとなった。
湖側の通路から、各々の部屋に向かう途中。
空を見上げたベルクートに、ゲオルグが訊ねた。
「月が苦手か?」
「ええ、少し」
「……この国では、太陽は女王だ。ならば、月はあいつじゃないか」
その言葉に、はっとしたように、再び冴え冴えとした光を放つ月を見上げる。
しばらくして。
「……これからは、眠れそうです」
ようやくベルクートから不自然な緊張が消えたのを確認して、ゲオルグはおやすみ、と肩越しに手を振った。
明日も、魔物の手から、己の大切なモノを守り切れるかどうか、考えつつ。


翌日。
エルンストは、城の中庭の陽だまりで丸くなって寝ていた。
どう見ても「にっこり」した顔で、幸せ一杯で眠っているその姿。
思う存分甘いものを食べまくっている夢でも見ているのだろうか。
ゆっくり動くお腹を眺めているうちに、眠気に負けた子供たちが、その周りでばたばたと倒れて眠っていた。






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猫の寝姿は、最強の眠り薬です。
不眠症の方は、是非お試しください。

使用上の注意:
本物を膝に乗せると、効果が倍増します。
ただし確実に作業放棄となりますので、原稿が進まない等の副作用にお気を付け下さい。

猫は、何故か甘い匂いが大好きです。
猫の本を読むと、「甘さは分からない」とか「糖分は必要ない」と書かれているんですが、本当なんでしょうか。
(「猫は夢を見ない」なんてことも書いてあるので信用してない)

うちの猫は 夕張メロンに目がありませんでした!
ごくごく稀にお中元とかで届くと、箱の周りをうろうろうろ。
開けろ開けろと要求します。

ある時、似てる色と味の外国産赤肉メロンを買ってきたところ、完全に無視しましたよ。
仕方ないので、人間が食べました。
人間には、違いがよくわからなかった……。


超おまけ:エル×王子→ベル 18禁(冗談ですから!)




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