逢魔ヶ刻に手を離さぬよう 壱
薄明の森の遺跡に入って何度目か。
壁から飛び出してきた矢に串刺しになりかけた王子を、なんとか助けたベルクートがたまりかねて叫んだ。
「ツヴァイクさん、本当にこちらの道で合っているんでしょうね!?」
「前に扉のところまでは行けたって言ってたでしょー? なんでこんなに罠が残ってるんです?」
転がってきた巨大な石につぶされかけたカイルも、恨めしげに苦情を言う。
ツヴァイクは、眼鏡を気取った仕草でかけ直しながら、満足げにニヤリとした。
「ああ、合っているとも。ここは初めて通る道だ。またシンダル文明の新しい史料を発見することができた!」
「「迷ってるじゃないですかーーーっ!」」
非難の声が、石の通路に響き渡る。
トラップの発見は前を進む者たちに任せ、ハヅキとリヒャルト、ミアキスは呑気に後ろからついていく。
たまに、彼らがうっかり(もしくはわざと)触れたスイッチで新たな罠が発動し、前衛の二人がさらに危機に陥ったりしつつ。
なんとかたどり着いた広間で、ツヴァイクとローレライが石壁の観察を始める。
「この文字は太陽、これは月を表し……」
「この図の位置関係は……」
学者たちによる、ありがたい講義が始まった。
「「「ぐう」」」
見事な催眠効果に、三人ほどが陥落する。
「そして、その床の記号は――」
退屈して、ほてほてと歩き回っていた王子の足元を、ツヴァイクが指差した。
「下への通路……いわゆる落とし穴だ」
「どわあああああっ」
「殿下ーーーっ!!」
床石が、ちょうど一人分、抜け落ちていた。
「殿下、お怪我は!?」
「……大丈夫。でも真っ暗」
「少し離れていてください」
かつん、と響く音と共に、傍らに人の気配。
「ベルクート?」
「こちらです」
声を頼りに手を伸ばす。
暗闇の中で、指先が触れ合う。
それだけで、もう大丈夫だと安心できるから不思議だ。
「灯りを落としますよー」
カイルが、小さなランプを放ってきた。
受け止めて、ベルクートは辺りを見回す。
「ここからは登れそうにありませんね」
「風向きはどうだ?」
「奥から結構強く吹いています」
「こちらと同じようだな。この構造なら、奥でつながっている可能性が高い。このまま別々に進むとしよう」
あっさりと別行動を決めたツヴァイクに、カイルが小声で隣に囁く。
(おおっ、これはもしかして、『肝試しで好きな子と二人っきりにしてあげよう作戦』では!?)
(ツヴァイクさんが、そんな親切なことするわけないでしょぉ。あれは……)
ミアキスが指摘するまでもなく、本人がほくそえんだ
「これで、上下の地図が一度にできるな。効率的だ、素晴らしい」
あまりの堂々っぷりに、もう誰も驚かない。
(立ってる者は王子でも使えってことですか)
ハヅキとリヒャルトは、まだ下を覗き込んでいる。
「下は二人だけか?」
「ぼくも降りよっか?」
「ハヅキちゃん、リヒャルト君、あちらには今、下手なモンスターより強い人がいるから大丈夫ですよー」
「む……ベルクートなら大丈夫か。分かった」
「そっかー。ぼくもミューラーさんと二人のところ邪魔されたりしたら、叩き切っちゃうもんね」
微妙に異なる納得をする二人。
(何気にハヅキちゃんよりもリヒャルト君が分かってるのは仕様ですかね)
(仕様ですねぇ)
カイルがミアキスと顔を見合わせて笑いをこらえていると、容赦ない先生に小突かれた。
「さっさと行くぞ」
「なんでオレが先頭〜っ!?」
上層では、不良騎士の悲鳴が響き渡っていた。
***
通路のところどころに、干からびかけた屍が転がっている。
「冒険者の墓場……ですか」
装備はそこそこ揃っていたようなのに、この遺跡から出ることができなかったのだろうか。
上層と別れ、かなりの距離を進んだ頃。
うろたえた小さな悲鳴があがった。
「え――ちょ……待っ、こんなとこで、やだっ」
「殿下?」
ベルクートの戸惑った声は、前から聞こえた。
「あ、あれ? それじゃ、これは――」
灯りに照らし出されたのは。
王子の細い腰に、ぺったりと張り付いた、骨だらけの手。
どろん、としたにごった目が、王子を見上げた。
床から身を起こしたゾンビだった。
「ふぎゃああっ!」
「――っ!(腐りかけの分際で、不埒な真似をっ!)」
容赦なく蹴り飛ばされた動く死体が、石壁にぶつかって崩れ落ちる。
バラバラになった骨が、軽い音を立てて転がっていった。
「……」
「……」
「ご、ごめん…っ(他の場所ならいいような言い方をしてしまった…)」
「いえ……(そんなことをするような人間と思われてたのだろうか…)」
――などと、のんびりショックを受けている場合ではなかった。
床に倒れていた屍が、緩慢な動きながら、一斉に身を起こし始めていた。
「行き倒れがそのまま遺跡の番人……というわけですか」
「結構いるね」
「先に進みましょう」
死者の群れは、足が遅い。
石の通路は走りやすく、かなり引き離すことができた。
……が。
「行き止まり!?」
行く手をふさぐ、石の壁。
「殿下、そこから先に行けそうです」
人の背よりもかなり高い位置に、通路が見える。
さっき分かれた上層に続く道だろうか。
元は、そちらへ向かう階段があったのかもしれない。
肩を借りて、王子は通路によじ登った。
「早く!」
下に手を伸ばすが、ベルクートはすでに背を向けていた。
「私を引き上げるのは無理です。片付けてから参ります」
「何を言って……」
「すぐに追いつきますから、先に行ってください」
「今、そっちに戻――」
「来てはいけません!」
すくむような鋭い声。
「失礼を承知で申し上げます」
もう、いつもの穏やかな口調に戻っていたが、告げられた言葉は。
「殿下がおられると、上手く立ち回れないのです」
「――っ!」
足手まといであると。
あきらかに、この場から離れさせるためだ。
けれど、それがまったくのウソでないことも、一番よく分かっていた。
自分の武器では、数に対処するのが難しい。
もし囲まれれば、きっと彼は自分をかばう……。
「誰か呼んでくる!」
離れていく足音を聞いて、ベルクートはほっとして微笑んだ。
あちらには上層に残った他の者たちがいる。
これで、王子は大丈夫。
「さぁ、――始めましょうか」
追いついてきたモンスターたちに、迷いのない刃を向けた。
***
通路を進んだ先に、いくつかの炎が見えた。
大きな扉の前に、見慣れた姿が揃っていた。
「王子、よかった。合流できましたね」
「早く来い、鍵が必要だ」
「あら、ベルクートさんは?」
当然いるはずのもう一人を探す彼らに、息を切らせたまま、王子は助けを求める。
「……モンスターがいる下層に、一人で残って……誰か、早くっ」
その言葉に、ハヅキとリヒャルトが剣を抜く。
すぐにでも駆け出しそうな二人を、ツヴァイクが止めた。
「待て。あいつはなんと言っていた?」
「先に行けって……必ず追いつくからって……」
「ならば、直に来るのだろう。先に進むぞ」
「――なっ!?」
ツヴァイクの冷徹な言葉に、つかまれた手を振り解く。
「嫌だ、絶対に行かない!」
睨み合った二人の間に、ミアキスがひょいと顔を覗かせた。
「王子の機嫌を損ねると、きっと紋章は働かないと思いますよぉ?」
扉の近くでも王子の右手の紋章が光を失ったままなのを見て、ツヴァイクはやれやれ、という表情を隠さないまま、ため息をつく。
「まったく、急いでいるというのに――仕方ないな」
通路に、いくつもの靴音が響き渡る。
仲間たちを探している時には、あれほど遠く感じた道は、思ったよりも短かった。
「ベルクート!」
「……殿下?」
先ほどの下層から段を上がったところで、剣士は壁にもたれて休んでいた。
「皆さん、わざわざ戻ってくださったのですか。すみません」
床に突き刺した剣の先に、大きな鎧兜がひっかかっている。
「うわ、あれ全部一人で片付けちゃったんですか?」
段差の下に灯りを向け、覗き込んだカイルが呆れたように言う。
遺跡の犠牲者の慣れの果てで、下層の床が見えないほどだった。
「いえ、ほとんどは、途中で現われた鎧型のモンスターが暴れた時に巻き込まれたものです」
「あら、同士討ちですかぁ」
そういえば、下層からはまだ重い音が響いている。
何かが徘徊しているのだ。
「下から、どうやって登れたの」
「その鎧に、踏み台になってもらいました」
「なるほどねー、あはは、鎧が頭を探してる」
足音に共鳴して、剣に刺された兜が、ごとごとと震えていた。
「だから言っただろう。まったく、時間の無駄だ。――置いていけば、もうしばらく休めただろうに」
ぼそり、と呟かれた言葉に、王子がえっ、と顔を上げる。
「悪いが、合流した以上は働いてもらうぞ」
「はい。――参りましょう、殿下」
貴重な休憩時間を、自分が縮めてしまったのか。
呆然とする王子に、いつもと変わらぬ笑顔で手が差し伸べられた。
逢魔ヶ刻に手を離さぬよう 弐へ
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