紺碧に棲まう神の託宣 壱
「こら、ゴクウ! いたずらするなと何度言ったら!」
「うるせえな、このくらい……」
「オン アロリキヤ ソワカ!」
「いてててて、お師匠様、ごめんなさい!」
頭を押さえて転がるサルの人形に、子供たちの間からどっと笑いがあがった。
***
船を下りた王子一行を出迎えたのは、日焼けした大柄な男であった。
「群島諸国連合艦隊をあずかっております、スカルド=イーガンです」
「はじめまして」
群島諸国の守護神と言われるスカルド提督。
「あ……」
「りゃっ?」
王子とあいさつを交わす、その顔を見た途端、ベルクートとカイルが、驚いて言葉をつまらせた。
そして。
「「フェ」」
言いかけたところに、がつ、と二人の背後から手が回り、両方の口を押さえた。
「カイルは当然として……ベルクートも闘神祭で、あいつの顔を知っているのだったな」
フェリドが騎士長として長くファレナを支えていたとは言え、ソルファレナに住んでいても、直接本人に会うことはそうそうない。
フェリドとスカルドの両方を知る者は、さらに少ない。
同じ国の出である、と言えば、なるほど、と誤魔化せる程度の顔立ちの類似。
早くから故郷を出ていたこともあり、フェリドの過去を知る者は少数だ。
「あいつが出自を隠していたことには、それなりの訳がある。本人が自然と気づくならそれも良し。だが今は黙っていてやってくれ」
ゲオルグは目を閉じ、友の姿を思い浮かべる。
あの男がここに居れば、提督と王子の出会いを、どんな顔で見守っていただろうか。
「あのー、チーズケーキさん?」
黙祷していたゲオルグを、つんつん、とリヒャルトがつついた。
もしかして、それは俺のことなのか。
難しい顔で振り返ったゲオルグに、のほほんとした笑顔が言う。
「二人とも落ちかけてるよ」
「うおっ!」
我知らず力がこもっていた両手を、あわてて離す。
その場に座り込み、動けなくなった二人に、王子が駆けつけてきた。
「カイル! ベルクート! 一体どうしたの!?」
「賊の襲撃ですか!?」
武器を構えて、真剣に辺りを見回すリオン。
ゲオルグは乾いた笑いでごまかす。
たまたま少し離れていたダインが、(言わなくてよかった…!)と呟いていた。
***
「どうかしましたか?」
いつの間にか自分の隣に来ていたベルクートに、ダインが尋ねた。
最近、王子はお気に入りを近くから離さない。
自然と王子の傍らか、すぐ後ろ辺りが定位置となっているのに、こんなに後ろにいるのは珍しい。
「あ、い、いえ、別に……」
元々口数の多い方ではないが、妙に歯切れが悪い。
前方では、王子がスカルド提督と話している。
政治的な話を聞くことを遠慮したのかとも思ったが。
変にそわそわしているような。
「ベル!」
「は、はい……っ!」
離れた処から響いた声に、思わず答えてしまってから、ベルクートは自分の口を押さえた。
「ん?」
全員の注目を浴びて、さらに後ずさる。
「失礼しました――っ!」
謝罪する彼を、スカルド提督がじっと見つめた。
「……鳶色の髪に碧い目――ふむ、君が闘神祭の……」
「ベルクートです」
王子に名を紹介されて、なるほど、と笑う。
「お前と略称が同じになるな、ベル!」
提督が娘を呼んだ瞬間。
またベルクートが、びくっと身体を硬直させた。
よく聞けば、発音は異なるのに。
どうやら、この呼ばれ方に何か曰くがありそうだ、と皆が気づく。
面白がって、スカルド提督が他愛ない話で娘の名を連呼する。
そのたびに、ベルクートは反射的に返事をしそうになるのを必死で抑えていたが。
「……宿の手配をしてまいります!」
とうとう、逃げ出してしまった。
その背を見送り、カイルが言った。
「王子ぃ。顔がほころんでますよ?」
「カイルこそ」
にっこりと微笑み交わした二人に、悪魔のコウモリ羽とカギ尻尾が見えるのは気のせいではないと、ゲオルグは思った。
***
「ベル!」
「……は、はいっ!」
またうっかり答えてしまった。
その声が呼ぶのは違う人だと、頭では分かっているのに。
階段を上がったところに、群島諸国の守護神スカルド提督がいた。
その名の女性を探すが……いない。
「いや、今のは君のことだ」
ニヤリと言われて、脱力する。
「よほど怖い人に、そう呼ばれていたのかな?」
「怖いというか……勘弁してください」
あまり思い出したくない過去であるようだ。
提督は、隣に立ち、手すりから港町を見下ろした。
ここはニルバ島の灯台の前。島一番の高台。
港とそこに沿って開けた町が一望できる。
下の広場には、子供たちが集まっていた。
噂の人形師の舞台だろう。
その前に、王子の一行が混ざっていることに気づき、スカルドは苦笑した。
なるほど、逃げ出しても姿が確認できる場所に居るわけか。
「ファレナの前時代的な王権制度はどうかと思うが、闘神祭に一般からも参加できるというのは、なかなかのものだと評価している」
武勇だけで、なんの政治的知識もない者が王家に入る可能性もあるというのに、あの閉鎖的な国家は、妙なところで思い切ったことをする。
今は、貴族が代理人を出すという方法が横行してはいるが、それでも前回のように、人々の思惑をひっくり返す事態が起きることがある。
女王自身も、国民も、新しい風が吹き込むのを期待して、そんな制度を設けたのかもしれない。
「王子がファレナを取り戻したら、君はまた騎士長に挑戦するのかね?」
「とんでもありません!」
スカルドの問いに、ベルクートはあわてて否定する。
「闘神祭に出場したのは、自分でも過ぎたことと分かっていたつもりでしたが……。提督とお会いして、自分の挑戦がどれだけ無謀なことだったか、思い知りました。フェリド閣下の過去も知らずに、私は――」
前騎士長は、ファレナの貴族がいまいましげに言っていたような、「ぽっと出の野蛮な他国の戦士」などではなかったのだ。
王家に入り、女王を長きに渡って支えてこられたのも、それだけの知識と下積みがあってのこと。
そんなことすら知らず……。
その言葉に、海を眺めて提督はぽつりと呟いた。
「王家や貴族とはなんだろうな」
「え?」
「元を辿れば、移民してきた者のリーダー。多少裕福な者。たまたま代表になった者。そういった立場の者が、少しずつ力を集めただけのことだ。先祖を遡れば、どれも農民、商人であっただろう。そう考えれば、たかだか数世代。どの血筋だ、どこで育ったかなどは、たいした問題ではない。この世界にいるのは、赤い血の流れる、同じ人間だ。――そう思うからこそ、君は奴隷制をおかしいと考えるのだろう?」
この人は一体どこまで知っているのか。
そして、王子にどこまで力を貸してくれるのだろうか。
ベルクートの無言の問いに、提督は首を振る。
「残念ながら、私はファレナには関われんよ。自分のところで手一杯だ。――それに、ファレナは他国が干渉することを、ことの他嫌う。前騎士長が自分の力で闘神祭の勝利を勝ち取っても、他国の出身というだけで、快く思わない者が多かっただろう。まして、他国の有力者と関わりがあるとなれば……」
たとえ、本人にそのつもりはなくとも。
ファレナに他国の侵入を謀る輩とかんぐられることは、想像に難くない。
前騎士長にとって、自らの過去は、邪魔にこそなれ、決してプラスではなかった。
だからこそ、出自を隠して出場し、自らの力で権利を勝ち取ったのだ。
改めて、この16年でファレナを少しずつ変えてきた女王と、騎士長の強い結びつきと努力を感じる。
「ファレナに内乱が起きたと聞いた時、戦を知らぬ子供たちには、荷が重過ぎると思ったのだが」
人形劇に笑顔を見せ、仲間たちと共に拍手を送っている王子の姿に微笑む。
「なかなかどうして、あの二人の子だけはある。立場上、直接支援することはできぬが、私のできる範囲で力になろうと思っているよ」
傍観を決め込む、と宣言している群島諸国の代表の一人として、告げることのできる精一杯なのだろう。
その心遣いだけで十分であると、王子なら言うに違いない。
「ところで王子殿下は、女王陛下と騎士長のどちらに似ているのかな?」
「女王騎士の方々がおっしゃるには……お姿は女王陛下似ですが、思い切りのよいところは、閣下似なのだとか」
ほほう、と提督は面白そうに笑った。
「騎士長似なのだとしたら……気に入ったものは、決してあきらめないぞ」
「気に入ったもの……ですか?」
「出会った少女が他国の王女であることを知っても、追いかけて、押しかけて、その手を取った。――そういう人間だということだ」
「はあ……」
恋愛沙汰になったら、あの王子も結構すごいことをやらかすということだろうか。
ちょっと想像がつかず、首をかしげるベルクートに、提督はさらに続ける。
「相手のためと思って身を引いたり、遠慮して逃げても、無駄だということだよ」
「……???」
言葉の意味を読み取れぬまま下を見やり、広場から王子の姿が消えていることに気づく。
探すまでもなく、階段の方から呼ぶ声が聞こえた。
駆けつけてきた王子は、ちょっと拗ねた顔で笑った。
「人形劇、面白かったよ。ベルクートも来ればよかったのに」
「それは拝見できなくて残念でした」
「明日もやるそうだから。帰る前に、一緒に行こうね」
「はい」
微笑ましい主従を眺めているうちに、提督はまた悪戯心を起こす。
「王子殿下。うちのベルを派遣する代わりに、こちらのベルを置いて行ってくれないかね」
王子と剣士が見事に固まった。
慣れている娘のベルナデットは、はぁ、と大きくため息をつく。
「親父殿! ……冗談でもそういうことを言うのはおやめください。――私が返品されてしまいます」
「そうか、それは困るな」
何かと人騒がせな提督殿は、それは楽しそうに豪快に笑ったのだった。
***
「ベル!」
「は、はいっ!」
宿へ向かう途中。
ずっと不機嫌だった王子に呼ばれ、しかられた犬のように少し離れて歩いていたベルクートがあわてて駆けつける。
特に何か用があったわけではないらしく、黙ったままの王子に、ベルクートは恐る恐る願い出る。
「殿下、できればその呼び方は避けていただけると……」
嬉しいのですが、と言いかけたところに。
王子は指をつきつけた。
「そう思ったら、ぼくのそばから離れない! まったくもう、さっきみたいなお誘いに、うっかり「はい」なんて言ったら許さないんだからね!」
「私は、ファレナを離れるつもりはありませんから、そのようなことは」
「スカルド提督は冗談だったけどね」
本人が気づかぬところで、狙っている人間が多いのだから油断ならない。
さらに言おうとした足元に、オレンジがいくつか転がってきた。
買い物中の女性が、荷物を落としたようだ。
迷いもなく拾い上げ、どうぞ、と手渡すベルクート。
受け取った女性が、その笑顔に、あら、と頬を赤らめる。
礼の後、よかったら食事でも……という言葉が続きかけたのを聞いて、王子は五割増しの音量で叫んだ。
「ベルっ!!」
「……は、はいっ!?」
主の不機嫌の理由が分からない忠犬は大変そうだ。
やりとりを見ている仲間たちは、さっきから笑いが止まらない。
交易の要、ニルバ島。
そこで王子は、人形劇で見たような、便利な呪文を手に入れたのだった。
紺碧に棲まう神の託宣 弐へ
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ベルクートさんを怯えさせる呼び方をする人。
お師匠様でもいいのですが、「バ」のつく人希望。
カナカンの滞在期間が重なってたら面白いですよね。
きっと妹弟子たちに、頭の上がらない兄弟子です……。
カイルは、「誰かに似てるなー」どころではなく、初見で提督のこと、分かっていると思います。
王子が何も言わないので、気づいてー気づいてーと、しきりに手紙送ってみたり。
……でも王子も、本当は分かってて黙っている、に一票。
弐は、思いきりよく、うちの時系列最後に飛びます。
「太陽と月の内緒話」の後です。
最終回は明るく楽しくがモットーでして。
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