夜明けは光と闇の狭間 壱
トゥーリバー市を越え、鉱山の都市ティントへ向かう山中。
険しい山道が続くが、これを越えれば西の海へ抜ける川へ出ることができる。
さすがにこの辺りになると、人通りが絶える。
あまり整備されていない道だが、苦にする様子もなく歩きながら、シグレは二人に故郷の状況を知らせていた。
「奴らが動いたのは、あんたらがファレナを離れてから三日目だ。ストームフィストで集まったところを、まとめて捕まえることができた」
「でも、騎士長さんを追って、北へ動いた一派がいることが分かったの」
すぐに王家側も追撃を向かわせたが、敵方が先に追いつく可能性も高かったため、心配していたのだという。
「しっかし驚いたぜ。日程半ばで追いつくとばかり思ってたら、もう帰るところだって言うじゃないか」
何事もなかったことを喜びつつも、せっかく北の大陸まで来たというのに、トンボ帰りすることになったのが少々残念そうだ。
ちら、と睨まれて、ベルクートは苦笑する。
「殿下の留学を、出だしで公表されてしまいましたからね。行きはできる限り急ぎました」
大陸から大陸への航海ができる船は、隻数が限られる。
敵も味方も、そう簡単に動くことはできない。
そして、飛竜は人が数日かける距離を一日でこなす。
ほぼ一週間、追っ手に先行できたということだ。
「騎士長さんが、予定の日数、学校に専念できてよかったわ」
本来は、帰る頃に騎士長が国外に出ていることを公開するはずだった。
早く情報が漏れてしまったために、状況によっては、留学どころか、そのまま帰る羽目になるかもしれなかった。
最短で旅程を組んだことはもちろんだが、敵方の連携が悪かったのも幸いしたに違いない。
「テイラーの奴も、あの件では大反省してな。貴族の悪だくみの暴露に、目一杯働いてくれたぜ」
シグレの言葉に、サギリが困ったような笑顔をしたところをみると、テイラーは少々のスクープを狙ったばかりに、相当後悔する目にあったのだろう。
下り道に入ってしばらくして。
シグレとサギリが、軽くうなずきあった。
その様子に気づいて、ベルクートは先を歩いていた少年を呼び止める。
「少し休憩しましょう」
「うん」
脇道に逸れると、山々を見下ろことのできる場所に出た。
山地においては貴重な広場だ。
「いい眺め」
「落ちないでくださいよ」
広場の端は切り立った崖だ。
「……それで、何人くらい?」
「三、四人というところですか」
「意外と少ないかな」
今通った道を振り返る。
「ようやく登場か。遅かったじゃねぇの」
現れたのは、非人間的な仮面をつけた人間たちだった。
忘れようもない、幽世の門の暗殺者。
だが、何か違和感がある。
殺気を発してはいるのだが、妙にその動きが緩慢に見える。
素早さはあるのに、時折、操り人形のようなぎこちなさが混じる。
「なめられたもんだな、たった四人かよ」
「後ろにも誰かいるわ」
彼らの背後に、人影が増えた。
敵の増援か。
シグレとベルクートが、武器に手をかけて前に出た。
遅れをとるつもりはないが、人数に任せて襲いかかられると、崖から落ちる危険がある。
だが、彼らの背後から上がった声は、よく知っているものだった。
「正義の味方、参上! ……なーんてね」
「間に合ったようだな」
「カイル! ゲオルグ!」
襲撃者のうち二人が、振り返る間もなく倒れた。
挟まれた暗殺者は、後がないと見て、元々の目的である騎士長を狙う。
もちろん、その武器を届かせるシグレとベルクートではない。
シグレが一人の短剣をたたき落とし、針に似たものを腕に突き刺した。
相手の男は意識を失い、倒れる。
残り、一人。
ベルクートと相対しているのは、現れた襲撃者の中では一番の使い手のようだ。
しかし、彼の相手になるほどの腕とは思えないのに、なかなか踏み込まない。
「やりにくそうだな」
「そりゃ、そうでしょう」
「どういうこと?」
「後で説明します。……ベルクート殿! 彼らは自決用の薬を仕込まれていません! 暗示も解く方法が分かっています!」
カイルの呼びかけに、ベルクートは明らかにほっとした表情になった。
一瞬で間合いに入り、相手の剣を叩き落とす。
暗殺者はよろめくように崖の方へと後ずさった。
立ち止まった時。
彼は腰の袋から、左手で何かを取り出していた。
その手に握られているのは――。
右手に持った黒い小さな石を、弾くように打ち付けたのが見えた。
「爆薬だ、伏せろ!」
ゲオルグが少年の腕を引き、崖から引き離す。
「王子っ!」
受け止めたカイルがその身を爆風から守った。
辺りが煙で染まる。
全身がしびれるような轟音が、ようやく耳から去り、叩きつける風が収まった頃。
ようやく全員が身を起こした。
なぎ倒された木や、飛ばされた岩が、どれほどの威力だったかを示している。
辺りをゆっくりと見回し、少年がぽつりと呟いた。
「……ベルクートはどこ?」
誰も答えない。
答えられない。
尋ねる本人も、自分の目で見ていたはずなのだ。
――彼が、襲撃者もろとも崖から落ちるところを。
「ねぇ」
尋ねる声が静かすぎる。
「どこ?」
彼らがいた崖は崩れ、まだ時折、土や石が遥か谷底へと転げていく音が響いている。
――あの時、ベルクートは襲撃者に爆薬を手放させようとしていた。
だが、相手は崖から足を踏み外した。
放っておけば、襲撃者も爆薬も、崖下に落ちる。
少しだけ目をそらす、それだけで済んだものを。
ベルクートは掴んだ手を離さず、そのまま、もつれるように崖から落ちた。
崖下で起こった爆発。
かなり離れたところであったのに、あの威力。
あのまま発火していれば、この小さな広場など吹き飛んでいたかもしれない。
少年はその場に力なく座り込んだまま、無残にむき出しとなった岩肌を見つめている。
「……前に、ジーンにみんなのことを占ってもらったんだ。そうしたら、ベルクートはストームフィストにいると危ないって言われて。――直後に、ストームフィストで暴動が起きた。その時は無事だったけど、ジーンの占いは変わらなかった」
だから、と淡々と呟き続ける。
「本人の意思も聞かないで、無理やりストームフィストから引き離したのに。――今回の計画にも関わらないように、国外にまで連れ出したのに」
がり、と小石混じりの地面を掴む。
そんなことをしたら、指が傷ついてしまう。
――そう叱ってくれる人が、ここにいない。
「運命って変えられないものなの? 太陽の紋章まで宿したのに?」
ガラス玉のように澄んだ乾いた瞳が、仲間たちを振り返った。
「なんで、そいつら生かしておくの」
倒れている襲撃者たちを見る目が、冷たく凍えている。
「早く殺しちゃってよ」
当然のように言い放たれたのは、彼が決して口にするはずがない言葉。
「王子!」
駆け寄ろうとしたカイルを、ゲオルグが引き戻す。
「近づくな」
「でも……」
「今は、黎明と黄昏の紋章が抑えているようだが……」
額の紋章がゆらめいていた。
その輝きは、前女王が暴走させかけた時に似ている。
あの時は、敵を容赦なく消滅させていた。
力を使えば使うほど、紋章は主への支配を増し、最後には――。
両手の二つの紋章がバランスを取ろうと働いているようだが、明らかに押されている。
今ここには、暴走の原因であり、また抑えられる唯一の者がいないのだ。
「何、ぼくを殺す気?」
ゲオルグが、咄嗟に剣の柄に手をやったのを見て、少年が、くっと笑った。
「やってごらんよ。……できるものなら!」
もちろん、ゲオルグは傷つけるつもりなどなかった。
一時的にでも眠らせることができれば、紋章を使わせずに済むのでないかと考えただけだ。
しかし、警戒した主の意志に従って、紋章術が発動している。
太陽を思わせる熱風が取り巻き、近づけない。
「こりゃ、結構やばいんじゃねぇか?」
シグレが、変わらぬ口調で言いつつも、ちらりとサギリを振り返る。
逃げろ、という視線に、彼女はそっと首を横に振った。
土の紋章の力で、吹き付ける熱気から、足元に倒れた襲撃者たちを守っている。
しかし、それもいつまで持つか。
それは誰にも分からない。
***
――これは太陽の光?
眩しくて、周りがよく見えない。
熱いのに冷たく、焼けそうなのに凍えそうな。
まるで夢の中のよう。
光の向こうには、いくつかの影が見える。
あれは敵だろうか、味方だろうか。
自分を取り巻く、風のようなこの光が消えれば、もっとはっきりと見えるのだろうか。
力を使え、と自分の中の何かが命じている。
そうすれば、こんな檻などすぐになくなる、と。
けれど、大切なことを忘れているような気がする。
視線を落とすと、両手の甲の紋章が、目まぐるしく輝きを変えていた。
それは何かに必死に抵抗しているようで。
(力を使え)
(いや、使うな)
二つの相反する声が命じている。
――怖い。
どちらに従っても、自分が自分でなくなるような恐怖。
(――助けて……!)
声のない悲鳴が、白い闇に飲まれた。
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次回に続く!
いやー、少年マンガみたいな『引き』っていうのを、一度やってみたかったんですよ。
でもこんなところで切って中断した日には、カミソリ送られそうなので。
冗談です、すぐ続きますw
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