四神伝 ―天化―1
昨夜の雷雨が嘘のような晴天。
能天気に輝く太陽は、もう秋だというのに容赦なく照り付けている。まるで真夏だ。
暑さに負けて、兵士たちのえい、やーという掛け声も迫力がない。
まぁ、死ぬか生きるかという実戦ではない以上、暑さにバテた一般兵士の練習試合なんてこんなもんだろう。
こいつらに、俺が経験してきた仙人クラスの戦いを見せたら腰を抜かすに違いない。
訓練が訓練で終わるのは、平和な証拠。
副司令の立場としては喜ぶべきなのだろうが……
「ずいぶんと暇そうだね、副司令殿」
「おわっ、突然出てくるんじゃねぇよ」
太公望だった。
出合った頃から変わらない笑顔。
これが、妖魔大戦での俺たちの大将だなどとは、初めて会った者は信じまい。
修行の旅を続けつつ人界を見て回っているが、最近は武王への報告を兼ねて、都にも顔を出すようになっていた。
「さっきから声かけてたよ」
「そ、そうか、悪い」
「……素直だね。気色悪い」
「悪かったなっ!」
「そんなに隙だらけなんて、剣の腕が落ちてないか心配だな」
「なんだと?」
ケンカ売るつもりか、こいつは。
睨みつけると、にこりと笑顔を返された。
「相手してあげようか」
「へ?」
「実戦がないのは良いことだけど、たまには本気で技を出せた方がいいだろう。ぼくなら、攻守ともによい練習になると思うんだけど」
柔和な印象に反して、こいつは武術、術力共に並外れて強い。
特に、防御にすぐれているから持久力がある。
初めて会った頃は、打神鞭を構える手もおぼつかなかったもんだが、あの大戦で一番腕をあげたのはこいつではないだろうか。
隣の関門の女司令が王への報告に来る際、ご丁寧に毎回俺にケンカをふっかけていくので、ほぼ実戦の『防御』の訓練は続けられているのだが。
遠慮なく攻撃しても良いという、貴重な練習相手をなくす必要はない。
「ありがてぇ。一戦頼むぜ」
「了解。兵士のみなさーん、すいません、場所空けてくださーい」
太公望の呑気な呼びかけに、すでにばてばてになっていた兵士たちは天の助けと言わんばかりに木陰に避難する。
しかし、そこで休むわけではなく、興味深々でこちらを眺めている辺り、さすがは俺の部下たちだ。
俺が出るからには、並ではない戦いが見られることを知っている。
「おや、副司令と太公望殿の試合かい? これは見ておかないと」
「武王殿」
いつの間にか、武王が訓練場に来ていた。
こうやって気軽に姿を見せるのが無用心で、側近としてはひやひやするのだが、一般民衆的にはこういうところに親近感が沸くらしく、人気があるようだ。
武王や兵士たちが術の有効範囲より離れているのを確認し、太公望がくるりと振り返った。
「それじゃ、いっきまーす」
おいおい、大将。その掛け声、どこかのガキみたいだぞ?
さては都に来るまで、鳥頭と遊んでやがったな。
気の抜けるような口調とは裏腹に、動きは早い。一瞬で間合いに入られた。
「砕岩襲!」
「なんの、闘気斬!」
小手調べの打撃技は相殺。
だが、スピード重視の嬋玉と違って、攻撃自体に重みがある。
受けた瞬間、手がしびれるような感覚。
「炎爆襲!」
「しゃらくせえ、雷神剣!」
術を乗せた攻撃も完全に相殺。
だが少しひやりとした。
こいつ、また腕上げやがったな。
互角ならではの高揚感。
気を抜けばやられるかもしれないという緊張。
本気を出しても、相手はうまく防御するだろうという信頼。
腕は立つとはいえ、うっかり傷つけるわけにはいかない相手とのケンカとはワケが違う。
一通りの技を打ち合った後、とっておきを繰り出す機会を伺う。
「白虎襲!」
「朱雀剣!」
もっとも得意手でありながら、一般兵相手に使うわけにもいかず、最近はあまり使わなくなっていた四神技。
呼び出す炎の鳥と、光をまとった白虎が激突し、俺たちのいる場所を隕石の衝突のように陥没させる……
はずだった。
「お?」
「あれ?」
聖なる獣は姿を見せず、ただ重みのある武器だけが火花を散らしてぶつかりあった。
朱雀も白虎もこなかった。
その意味するところを考えていた俺は、太公望の発した声にはっと我に返る。
「無限倒落!」
遅かった。
防御はしたものの、相殺するまではいかず、足元に深くえぐられた穴に落ちたのは俺だけだった。
「術が発動しなかったら、別の攻撃に移らなきゃ。実戦だったら死んでるよ、天化の負け」
頭上から降ってくる声。
いや、それはそうなんだけどよ。
「副司令、大丈夫かい」
心配そうに、穴の上から武王が覗き込んでいる。
情けねぇ。
穴から這い上がり、太公望に回復術をかけてもらっていると、武王は俺たちに向かって言った。
「実は二人に頼みたいことがあるのだ。後で王宮に来てくれ。……治療が終わってからでいいからな」
な?
と、笑顔で言ってのけた武王は、ちょっと太公望に似ているかもしれない。
ああいう顔と口調で言えば、相手が断らないと分かっていてやっているところが、ちと性質(たち)が悪い。
「武王殿の話ってなんだろうね」
「さてな。直接俺たちに頼みってんだから、妖魔がらみだとは思うが……おい、もうちょっと丁寧に扱えよ」
「治療をしてもらってるくせに態度大きいよ」
「いってー! ……ん?」
まだ残っている切り傷擦り傷をぺちんと叩かれて喚いた俺は、目の前に落ちてきたものにぎょっとした。
北風に乗ってひらひらと舞い落ちる白いもの。
さっきからやけに冷え込むとは思っていたが、これは……
「え、雪?」
「ウソだろ、おい。まだ初雪には早すぎるぞ」
だが、後から後から空から舞い落ちる白いものは、消えるどころか大きさを増すばかり。
たちまち地面は白く染まった。
しかし、今度は南から熱風が吹き始めた。
弱くなっていたはずの太陽がまた燦々と照りつけ、雪が解け、蒸発する。
まるで夏と冬が交互にきているかのようだ。
数回それが繰り返された後、最後は初めと同じく夏のような日差しが残った。
しかも前よりも暑い。
「やっぱり変だね。さっきの朱雀と白虎のこともあるし……」
「四神に何かあったってのか?」
「武王殿の用事って、関係あるのかもしれない。行ってみよう!」
「あ、おい! ……ちぇ」
ぱたぱたと駆けていく太公望。
俺は舌打ちして、残された傷に自分で残りの回復術をかけ、後を追った。
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