四神伝 ―天化―2


「きてくれたか、二人共」
「武王殿、お話とは?」
「さっきの突然の気候の変化は、君たちも体験したと思うのだが……これを見て欲しい」
渡されたのは地図だった。
この鎬京を中心に、北の山、南の湖沼まで網羅している。
鎬京の南東あたりに、小さな黒い目印があった。
いや、これは印ではなく……
「昨夜、その地図を見ていた時に、突然そこに火がついてな」
虫食いのような焼け跡の脇には、小さな文字で神泉苑と書かれている。
「そこには四神を祭る石碑があるのだ。火は一瞬で消えたのだが、場所が場所なので気になっていた。二人に相談しようと思ったら、先ほどの異常気象というわけだ」
四神とも呼ばれる四聖獣は、もちろん実体をもった存在ではなく、それらの属性の霊気の塊のようなものだ。
玄武は水、朱雀は火、白虎は金、青龍は木。
それらは、方角と同時に季節をも司る。
青龍は東にして春、朱雀は南にして夏、白虎は西にして秋、玄武は北にして冬。
確かに先ほどの急激な変化と、その後、夏の状態のままになっているのは、朱雀が暴走しているようにも感じる。
「分かりました、調査してまいります」
「気をつけてな」
武王の心配そうな声に送られて、俺たちは四神が集うと言われる神泉苑へ向かう事になったのだった。

   ***

仙人の考え方では、この世は陰陽五行に支配されている。
全ての物は「木・火・土・金・水」のどれかに属しており、この五行には相剋(そうこく)と相生(そうしょう)という関係がある。

相剋は強弱の関係。
木は土をえぐり、土は水をせき止め、水は火を弱め、火は金を溶かし、金は木を切る。

相生は助成の関係。
木は火を起こし、火は土(灰)を生じ、土は金を育み、金は水を生み、水は木を育てる。

方角にもこれらの考え方があって、
北は玄武(水)、南は朱雀(火)、西は白虎(金)、東は青龍(木)

という聖獣が司っていると伝えられている。
中央でそれらを支えているのは、伝説の皇帝たる黄帝、もしくは吉兆を示す瑞獣たる麒麟。
これら五行のバランスが崩れたとすれば、俺たちが四神技を出せなかったことや、急に気候が乱れたことも納得できる。
問題は、その原因が分かったとして、季節が崩れるほど狂ったバランスを元に戻せるかどうかだ。
神泉苑は、自然の霊気の溜まり場のようなところだった。
満ちた自然の力に、感銘を受けたのだろう。
訪れた人間が作ったらしい石碑が並んでいる。
東西南北、そして中央。
中央には二つの石が置かれており、その片方が砕け散っていた。
四神の中央を司る、土の麒麟の石碑が。
「これが原因か?」
「昨夜の雷に当たったみたいだね」
太公望が、石碑の欠片に手を伸ばす。
その刹那、途方もない霊気が吹き上がった。
凄まじい敵意と殺気。
『触れるな!』
声としては聞こえぬ声。
だがそれは、圧倒的な意思を持って、叩きつけられた。
俺たちが今までいた場所を、爆発でもあったかのようにえぐりとったのは、黄金に輝くひづめだった。
「な……麒麟?」
「おいおい、麒麟は仁愛の聖獣じゃないのかよ!」
争いを好まぬ、平和と慈愛の象徴。
麒麟が人を襲うなど聞いたこともない。
だが、今目の前にいるのは、確かに怒りに燃える目を俺たちに向けている。
「待ってください、我々は貴方と争うつもりは……」
説得しようとする声は、激しい地鳴りにかき消されてしまう。
麒麟は「土」を司る霊獣だ。
ふわりと浮いた小石が、背後から太公望に降り注いだ。
「!」
まともに背に受けて、その場に倒れこんでしまう。
駆けつけた麒麟が、そのひづめを太公望に落とそうとする。
とっさに俺は、手近の木の枝を折り、麒麟へ投げつけた。
枝は麒麟の身体を素通りした。
本当にこいつは霊気の塊なのだ。
だが、木は土に勝る。
若木による邪魔は、麒麟の気を害したらしい。
怒りに燃えた目がこちらに向いた。
矛先を変えたのは成功だが……この後どうする?
五行を司る霊気の塊に通常攻撃は通じまい。
唯一対抗できるとしたら四神技だが、今は使えない。
おそらくは、他でもない、こいつのせいで。
それでも、やるしかない……か。
「来い、朱雀!」
火で土を抑えることはできない。
だが、麒麟の攻撃をさえぎり、時間稼ぎくらいはできるはずだ。
……来てさえくれれば。
「……やっぱ来ねぇか」
術が発動しない四神技は、間が抜けてて恥ずかしいんだぞ、ちくしょう!
などと考えてる場合じゃない。
なんとか避けたものの、このままではいつかひづめの餌食になってしまう。
この場から逃げたとしても、元々霊気の塊である麒麟に、地形などが障害になるのかどうか。
麒麟のひづめが地を蹴る。
あとは莫耶宝剣の霊力に頼るしかない。
一撃を覚悟しつつ、愛剣を握り直した時だった。
俺の直前で、麒麟が止まった。
戦意を失った、というわけではなさそうだ。
動きを止めた麒麟の視線は、俺を通り過ぎている。
俺の後ろに何か、いる?
振り返ろうとした途端、つんざくような鳥の声と共に、炎の熱気が背後から叩きつけてきた。
――朱雀!
だが、これは俺が呼んだ「力」の一部じゃない。
麒麟と同様に、実体を持ってしまった霊力の塊だ。
人界を季節外れの夏に変えてしまうほどの炎の鳥。
対峙する、二つの強大な霊獣。
両者がにらみ合った隙に、俺はその間から逃げ出し、太公望の傍らにたどり着いた。
「おい、今のうちに逃げるぞ」
「麒麟と朱雀は……」
「馬鹿野郎、あれが人間の手に負える連中か!」
太公望を引きずるようにして、その場から駆け出す。
「ねぇ、天化」
「ああ?」
「今回の事件が歴史で呼ばれるとしたら……」
黎明大戦とか妖魔大戦のことか?
後のことなんか考えてる場合じゃねぇつーのに。
「霊獣大決戦かな」
太公望の言葉に、俺はこけそうになった。



四神伝 ―天化―3



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