四神伝 ―天化―3
あれからどのくらい駆け続けたものか。
とりあえず、森の二つ三つは越えたような気がする。
さすがにへたばって、一時休憩。
「ここまでくれば、とりあえず大丈夫か……」
「思わず逃げちゃったけど、どうしよう」
「五行属性の塊だぜ? こりゃ大仙レベルの問題だろ。俺たちにどうこうできる相手かっての」
「師匠や他の洞府の方々に報告して、指示を仰ぐしかないか……ん?」
「どうした?」
麒麟や朱雀を前にした時でさえ、好奇心の方が先に立ったような顔をしていたのに、ひどく緊張した表情になっている。
今にも逃げ出しそうだ。
……敵か?
「太公望さん!」
「ししょー!」
現れたのは、ある意味、世界最凶のコンビだった。
仙界の鶴の化身、白鶴。
女だてらに関門の司令を勤める嬋玉。
「……二人で行動してるなんて珍しいね。どうしたんだい?」
つとめて平静に対応してはいるが、大将、笑顔がひきつってるぜ?
「ししょーに」
「太公望さんに」
「「料理を食べてもらおうと思って材料集めてるの! 食べてね 食べるわよね 食べてくれるわよね」」
「わ、分かった、分かったから」
俺が笑っているのに気づいた太公望の口が、こっそり「あとで覚えてろ」と動いた。
「ししょーたちは何してるの?」
「実は……」
太公望が、これまでのことを簡単に説明する。
片や仙界の連絡係にして有数の宝貝使い、片や先の戦いでも活躍した女武将。
案の定、二人は身を乗り出して叫んだ。
「あたしも行く!」
「私も当然行くわよ!」
地獄の果てまでついてきそうな勢いに、太公望はたじたじとなりながら、言葉を探した。
そして、ひねり出したのは、
「ぼ、ぼくは、君たちが作ってる料理を早く食べてみたいな、うん!」
「「!!!」」
見かけだけは並以上の美少女二人の間に、火花が散ったように見えた。
「任せて、腕によりをかけて作っておくわ!」
「見たこともないような、すっごいの作って待ってるからね!」
「う、うん。楽しみにしてる……」
材料の入手も競争のうちなのか、駆け去っていく背を見送って、ほっと安堵のため息をつく太公望。
安心するのは少し早かった。
豆台風共が、駆け戻って来た。
「太公望さん!」
「ししょー!」
「は、はいぃっ?」
「そういえば、昨日、こんなもの手に入れたの」
「綺麗だったから、拾っておいたの。太公望さんににあげる」
「それじゃ、ししょー、気をつけてね」
「早く片付けて、都戻ってきてね!」
今度こそ、二人の足音が聞こえなくなるのを待ってから、ほーーーーっとため息をつく。
「……随分捨て身な防御に出たな、大将」
あの二人、少なくとも片方の料理の腕は身をもって知っているはずなのに。
俺が言うと、太公望はがっくりと肩を落として言った。
「後は野となれ山となれ……」
まぁ、なんというか。
モテる男も大変だな、おい。
この場合、うらやましいともなんとも思わない相手だってのが問題だが。
残されたのは、確かに綺麗なものだった。
鮮やかな紅色の、かなり大きな鳥の羽根だ。
「これって……あつっ!」
眺めようとした太公望が、羽を取り落とした。
火傷でもしたのか、指先が赤くなっている。
「この羽、燃えてる……?」
足元に落ちた羽を、用心しながら拾い上げようとした時、一陣の風が吹き抜けた。
羽が、ふわりと舞い上がり、飛ばされていく。
「大変だ、山火事にでもなったら……」
それさえなければ、羽なんぞ追いかけている場合ではないのだが。
羽は何か意識でも持っているかのように、どんどん離れていってしまう。
迷路のような森を随分走った後、ようやく風が止まった。
羽が落ちた場所。
そこは、四神相応と呼ばれる土地では南の朱雀が司るべき湖沼。
広がる湖の前に、ぽてっと落ちている、奇妙なものがあった。
「なんだろう、この鳥は……」
いきなりむんず、と足をつかんで逆さ吊りにする太公望。
こいつ、変なところで容赦ないんだよな。
それにしても、これは鳥? 鳥なのか??
赤い鳥(らしきもの)が、ぱちっと目を開いた。
きょろきょろした後、ようやく自分が吊り下げられていることに気づき、翼をばたつかせて叫ぶ。
「むきーっ! 離さぬか、失礼な! 我こそは、鳥たちの王にして南を統べる霊鳥、朱雀なるぞ!」
……しゃべりやがった。
「赤い雀?」
太公望の奴、嫌そうな顔で言い返しただけで平然としてやがる。
少しは驚けっての。
「むきーーー! 朱雀だ朱雀!」
「だって、朱雀とはさっき会ったよ」
麒麟と対峙していた、炎の霊気の塊。
あれこそが朱雀の名にふさわしい。
俺たちの不信の目に、朱雀もどきは、じたばたしながら抗議する。
「あれは、我であって我でない。バランスが崩れたことで分裂してしまった、言わば我の魄(ハク)に当たるものだ」
「四神の魄だってぇ?」
人間だけでなくこの世界に存在するものには、魂魄が宿っている。
死ねば魂(コン)は輪廻の輪に入り、魄(ハク)は大地に戻る。
しかし、何か霊的な事故が起こってこの輪が断ち切られた場合、特に魄が地上に残ってしまった時、それは手をつけられない悪鬼と化す。
魂を理性の存在だとするのであれば、魄は本能の塊なのだ。
「キョンシーみたいなもんか」
「ぬぬぬ。まぁよい、お主らの理解力ではその程度であろう」
「なんだとぉ?」
逆さ吊りのくせに、偉そうなことを抜かしやがる。
「どうして魂魄が分かれたんだ?」
「昨日の雷で中央を統べる麒麟に何かあった。それ故に、五行のバランスが崩れたのだ。我にはそれしか分からぬ」
「役立たず」
ぼそっと呟く太公望。
どうも、この手の生き物は好きでないらしい。
「むきーーーっ!」
「それで、朱雀の魄は何をしようとしてるんだ?」
「自分の能力のままに、すべてのものを焼き尽くす。おそらく他の者たちも同じだろう」
「それでこんな異常気象……でも雪が降ったのは少しだけだ。北の玄武は何もしていないのか?」
「黒亀の爺様は、我らの中でも最古参だ。何か手を打ったのかもしれない。だがそれで、対立する朱雀の力だけが四方の中で飛びぬけてしまっておる」
「なるほど、朱雀が一番迷惑者なわけか」
「むきーーーっ!」
ミニ朱雀はじたばたと暴れていたが、機嫌の悪い太公望は少しも力をゆるめない。
疲れて、ぷらんと吊り下がった姿は、これから羽をむしられる鶏のようだ。
どうやら、先ほどの羽根はこいつのものだったらしい。
本人いや、本鳥の霊気にひかれて辿り着いた、というところか。
「我は玄武の爺様のところへ行くつもりだったのだが、魄との戦いで霊力が尽きてしまったのだ。……そなたたち、この事態を収めるために動いておるのだろう? 私を玄武の元へと連れて行ってはくれぬか?」
こいつが分裂しているってことは、他の連中もミニサイズがいる可能性が高いってことだよな。
事態打開の手がかりにはなるか。
「行くか……北へ」
「そうだね」
「ええかげん手を離さんかいっ」
朱雀は、びしっと翼を打ち振って命じたつもりだったようだが、太公望が言われた通りぱっと手を離したので、真下の石に頭をぶつけて目を回してしまった。
太公望は、不機嫌の原因である指先の火傷に回復術をかけながら、さっさと歩き始めていた。
……鳥を拾うのは俺なのか、この場合。
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