四神伝 ―天化―4


玄武は亀に似た霊獣とされている。
何者にも動かされない堅固さ、司る地形は山地。
これらのことから支配しているのは土と誤解されがちだが、その属性は水だ。
麒麟と朱雀が争っている可能性が高い神泉苑を迂回し、俺たちは北の山地へ向かった。
「玄武が暴れている気配はないな」
「暴走していない四神がいるのなら、力を貸してもらうことは可能だろうか……朱雀は当てにならないし」
「むきーっ! 姿こそこんなだが、我の力は魄とは変わらぬぞ!」
「さっき、負けたって言ったじゃないか」
「我と魄が争えば、この大地は干からびてしまうであろうが! 力自体は相殺するが、その余波が大きすぎる。それを考えない分、どうしても奴の方が強いのだ」
人界に一番影響の出ている暑さはこの朱雀のせいだが、なんとか食い止めようと努力していたらしい。
「玄武に会えばなんとかなるのか?」
「水の玄武は、火の我を鎮める強属性。黒亀の爺様の力を借りれば、魄を抑えることができよう」
「それで、玄武はどこにいるんだ?」
「むむむ。黒亀の爺様ほどの霊気であれば、近くにくれば分かるかと思ったのだが……地下に潜ってしまわれたようだ。はっきりした場所が分からぬ」
「この役立たず!」
「むきーーっ!」
すでに恒例となった口ゲンカ。
本来、霊気の塊であるはずの四神がこんなにやかましいなんて知らなかったぞ。
対等にやりあっている太公望も太公望だが。
その時、小さな祠の蔭から、見覚えのある姿が現れた。
「おや、太公望殿。天化殿。それに……ペットですか?」
「むきーーーっ!」
「うるさい」
楊センに飛び掛ろうとしたミニ朱雀を、太公望がぺしんと打神鞭で叩き落す。本当に今日は容赦ないな。
これまでの状況を説明すると、すでに異変は感じていたらしく、楊センはうなずいた。
「私も気になって調べていたのです。実は昨日、こんなものを手に入れたのですが」
「甲羅の欠片?」
「水の眷属である河童と知り合いましてね。その際、玄武にも会ったのです。力を借りたいときは、これを使うようにといただいたものですが……」
言われて傍らの祠に目をやると、奥に蛇の尾を持つ亀のような絵が描かれていた。
これは玄武を祭った祠だったのだ。
「この甲羅、あなた方がお持ちになる方がよさそうだ。私は一度仙界へ行って情報を集めて参ります。どうぞ、お気をつけて」
やけにそそくさと甲羅を太公望に渡し、では、と礼儀正しく挨拶をして、楊センはさっさと姿を消してしまった。
「……楊センの野郎、甲羅の使い方が分からなくて、俺たちに押し付けたんじゃないか?」
「そんな気がする……」
楊センが立ち去った後、もう一度祠を調べてみたのだが、よく分からない。
直に、探し疲れたのか、太公望がもらった甲羅を脇に置いて、ひょいと祠に腰掛けた。
俺がやったら、「この不信心者!」と怒りそうなのだが。
自分はいいのか?
そうつっこみを入れようかと思った時だった。
甲羅が祠のへこみにぴたりとはまり、大きな音と共に、祠自体が沈み始めた。
代わりに現れたのは、人一人が通れるほどの地下への階段。
秘密基地かよ!
「黒亀の爺様はこういう仕掛けが大好きでな。中も色々あると思うぞ。せいぜい気をつけるがよいわ」
何故か偉そうに、かっかっかと笑うミニ朱雀に太公望が冷ややかに言う。
「中は暗いから、せいぜいがんばるといいよ、鳥目くん」
「明かりくらい、自分の炎でつけるわっ!」
「仕掛け矢とかがあったら狙い撃ちになって焼き鳥のできあがりだね」
「むきーーーっ!」
……ったく、地下道に反響してうるさいっての。
ようやく広い空間に出た。
地下水が溜まって出来た泉に、天井のわずかな穴から光が差し込んでいる。
細い糸のように降り注ぐ光の中で、無数の蓮の花が咲き乱れていた。
泉の中央には黒い大きな岩。
近づいてみると、それはわずかに動いている。
岩ではない。
黒く巨大な生き物の姿だった。
これが……玄武!
「ほほう、こんな地底に客とは珍しいの」
「黒亀の爺様!」
岩ではなく、背後から非常に歳のいった錆びた声が響いた。
「おお、朱雀ではないか。これはまためんこい子雀になったのう」
「むきーっ! 黒亀老殿こそ、それでは屋台のミドリガメではありませぬかーーーっ!」
朱雀の光に照らし出されたのは、いつのまにか俺たちの背後に来ていた小さなカメだった。
やはり玄武も分裂していたらしい。
「黒亀老殿の魄は、何故に大人しくあられるのか?」
「ほっほっほ。それはお主、年の功と亀の甲というものじゃ。いつかはこんなことがあろうかと思うての。天上から流れてきた睡蓮の種を集めておいた。分裂してすぐ、わしはこれを芽吹かせて、魄が術を使えばそれだけ眠りに落ちるようにしたのじゃよ。当分起きることはあるまいて。もっとも、水の玄武が眠ったことで、炎の朱雀の力が強まってしまったようだな。朱雀には苦労をかけたようだのう」
「黒亀の爺様のせいではありませぬ。我が未熟であったばかりの失態で……」
「そうだね」
「むきーっ! おぬしは黙っとれ!」
怒り狂うミニ朱雀を、太公望はさくっと無視する。
普通、こういう場面では俺が悪態をついて、こいつがなだめるんじゃなかったっけか?
なんだかえらい機嫌が悪いようだ。
太公望は、玄武には丁寧な口調で尋ねた。
「ご老公、もっと根本的なことを教えてください。麒麟に何があったのです? 四神が分裂した原因は一体何なのです?」
太公望の問いに、玄武は、小さいながらも重々しくうなずいた。
「麒麟は、我らの中では唯一雌雄の対で存在しておる。雄を麒、雌を麟と呼んでおるのは知っておるな」
俺たちがうなずくと、チビ亀は続けた。
「昨夜のことじゃ。雷が神泉苑の麟の石碑に落ちた。麒麟の属性は土。雷は、土の強属性である木に属すもの。
石碑に宿っていた麟は、攻撃を受けたようなものだった。霊気が四散してしまい、文字通りばらばらになってしもうた。その影響で、我々も魂魄をつなぎとめておくことができず、分裂してしまったと言うわけじゃ。
時間さえあれば、我々は自然と力を取り戻して元の状態に戻るはずじゃった。しかし……残された麒は、麟を復活させようとして動いておる。霊気が失われたのであれば、その分を他で補えばよい。つまり――」
「てっとりばやい霊気の入手……他の四神から力を奪おうと?」
「その通り。だが、本能の塊となっている我らの魄が霊気を譲るわけもない。また、魄の暴走を食い止めなくてはならぬ我らも、霊気を分けている余裕などない。故に、出会えば争いつつ、互いに牽制しておるのが現状だのう」
なんてこった、本当に霊獣大決戦の様相になってきちまった。
「麟は四散しただけで消えたわけではない。わしからすれば、数百年も待っておれば元に戻るものを、他を犠牲にしてまで早めようとする麒麟の行動はよく分からぬのだ」
ため息をついた黒亀老と、一緒にうんうんとうなずいているミニ朱雀。
その様子に、四神という存在はたとえ人間と同じように話していても、決して人間を理解することはないだろうと感じた。
霊獣たちは元々は異世界からあふれた霊気の塊。
人界に対して何かしよう、という意思すらなかったからこそ、互いに争わず、交わらず、バランスを保ってきた。
しかし麒麟は、自らに近しいものを優先して守ることを覚えた。
麒麟の行動は、人間であれば分かる。
大切なものを失って、それが取り戻せると分かってるのに、自然に任せて待ち続けるなど……耐えられるはずもない。
他のものを犠牲にすると分かっていても。
麒麟は、人々が「仁愛の獣であれ」と祈った分だけ、人に近くなってしまったのだろうか。
それが人界を破滅させかけているというのは、あまりにも皮肉だが。
「それで、朱雀を鎮めることはできそうなのか?」
「おお、そうだった。黒亀の爺様、水の力を貸していただきたく……」
「お主らがここに来るのに使った甲羅に霊気を追加しておこう。欠片とはいえ、わしの一部じゃ。朱雀の炎を抑えるには十分じゃろう」
「ありがとうございまする」
「行こう」
小さな欠片を受け取ると、用は終わったとばかりに踵を返す太公望。
朱雀を拾った辺りから何かおかしいと思っていたが、やっぱり変だ。
ミニ朱雀が気に入らないにしても、あまりに言動にトゲがあるし、話し方もそっけない。
何より、あれからほとんど表情に変化がない。
「ちょっと待った」
「なんだ? 早くしないと……」
不機嫌そうに振り返る肩を捕まえる。
……案の定。
残った霊気を回りにはりめぐらせてごまかしているが、触れると間違いようはなかった。
「あの時、麒麟に霊気を奪われたな?」
「大丈夫だ、これくらい」
「よく言うぜ、空っぽじゃないか」
「だからって、四神を放っておくわけにはいかないだろう!」
「いい方法があるぜ」
「え?」
「俺に任せて、お前はここで休んでろ」
「……そんなことできるわけ……!」
責任感の強いこいつが、大人しくしているわけもない。
それは俺が一番よく知っている。
それ以上何か言う前に。
「春眠光!」
普段であれば、俺程度の幻惑術に、最高レベルの太公望がかかるはずはない。
だが、霊気をごっそり失った状態の今は、虚をつかれたこともあり、簡単にかかってくれた。
「黒亀の爺さん、こいつが回復するまで、ここで寝かせといてくれないか」
「それは構わぬが……よいのか?」
「戦力的に不安のある奴を連れて行きたくねぇんだよ。それに、水の気にあふれてるここなら、木気の回復も早いだろうからな。どこかいい場所あるか?」
「その奥の苔の間を使うといい」
小さな岩屋にびっしりと生えた苔は、天然のカーペットを織り上げていた。
「こりゃ豪勢だ」
適度な弾力、植物が作り出す澄んだ空気。
王侯貴族でも、これほど豪華な寝台は手に入らない。
光苔が舞い上がり、雪のように降りかかった。
「いい夢見とけよ、大将」
子供のような顔で昏々と眠り続ける太公望の唇が、わずかに動いて一つの名を形作った。
……それで十分だ。
「行くぞ、紅雀(べにすずめ)」
「むきーっ、すずめ言うなーーっ!」
玄武の甲羅の欠片を手にし、祠から出る。
空には大きな入道雲がかかり、季節外れの夏を主張していた。



四神伝 ―天化―5



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