四神伝 ―天化―5
「朱雀はここに戻っているのか?」
本来朱雀が支配する土地。
南の湖沼。
ミニ朱雀が落ちていた辺りだ。
葦や水草に囲まれて、綺麗な円形を描いている。
鏡面のように凪いだ水面に、時折魚が作り出す波紋が広がる。
「間違いない。元々、我らは必要がない限り別の場所に動くことはない。居心地が良いから、それぞれの場所に収まったのだからな」
「俺たちがいた時、中央の麒麟のところに、朱雀が来たのは?」
「おぬしが呼んだからに決まっておるだろう」
あの時、確かに四神技を試みた。
いつものように剣に乗せて攻撃技に持ち込むことはできなかったが、魄になっても、来るだけは来てたのか。
「他に手がなかったからおぬしは本気で呼んだであろう。条件反射で行ってしまったのだな。おかげで助かった」
「てことは、その時にお前は朱雀と戦ってたわけか」
「うむ。霊力では互角とは言っても、あやつめ、そこいら中に火を撒きおってな。まったくはた迷惑な奴だ」
おいおい、自分だろ。
という突っ込みは、さすがに気の毒なので止めておく。
自分と同じ姿をした奴が、暴れまわっているようなもんだ。
「ところで、暑さが収まっているようだが……朱雀が麒麟にやられたってことはないのか?」
まだ空は夏の様相だが、風は涼しさを増している。
「それはない」
やけにきっぱりと、ミニ朱雀は言った。
「麒は、五行の順番を無視していきなり朱雀の力を奪っても意味がないのだ。土の麒麟はまず、自分より下の水の玄武を手に入れ、その力で炎の我を支配下に置く。炎で金の白虎を得、金を持って木の青龍を制する。本来、木の青龍は土の麒麟を倒せるだけの力を持つが、この順番で押さえ込まれていると、身動きがとれぬ。こうして四つを集め、もっとも強大になった木の霊気を麟に与えれば、復活させることができるはずだ。麒の目的がそれである以上、黒亀の爺様を飛ばして、我に手を出すことはない」
麟を復活させるためには、それなりの手順があるということか。
第一段階目の相手である玄武が用心深かったのは、人界にとって幸いだった。
「もしも、麒が四神の力を手に入れて、麟を復活させたとしたらどうなる?」
天災で失われた麟。
バランスが崩れた根本的な問題が、その存在の消滅であるのなら、元に戻してやるにこしたことはない。
単純に考えれば、麒麟が揃えば、分裂した四神も自然と元に戻るはず。
もしかして、余計な手を出さずに、静観した方がいいのか?
「我らが進んで力を分け与えるならともかく、無理やり奪われて使われるとしたら……」
「したら?」
「この世界から、いきなり我ら四神の霊気がごっそりなくなるわけで、麒麟がそろった後は、木も炎も水も何もない世界となろう」
「冗談じゃねぇぞ……」
「正直、我らはそれでも大して問題はないのだ。待たなかった麟の代わりに、我らが霊気の溜まるのを数百年待つだけのこと。ふむ、一眠りして、人間のいない世界も良いかもしれぬ」
「おい、朱雀、てめぇ……」
「冗談だ、冗談。なんだかんだ言っても、我らもこのごちゃごちゃした世界が気にいっておる。でなければ、さっさと元の世界へ戻っておるわ」
そういえば、こいつらは元々異世界の存在だった。たまたま開いた「門」からこちらの世界にはみ出した力の一部。
気まぐれにこちらの世界に身体の一部をおいているようなものだ。
俺たちはその気まぐれにどれだけ依存していることか。
「それで、朱雀をどう鎮めるんだ?」
「魄の力を我が相殺する。おぬしは黒亀の爺様の甲羅を使え。それで眠らせることができよう。……来たぞ!」
背後から炎の霊気が吹き上がった。
いつもなら、自分が使うはずの強大な四神の炎。
敵に回すとこんなにも恐ろしいものだったのか。
圧倒的な力を前にして、頭の冷静な部分が逃げろと命じている。
「行くぞ!」
「おい、使うってどうするんだよ!」
玄武の甲羅を取り出したものの、これをどうしたらいいんだ?
ミニ朱雀はすでに、朱雀の前に飛んでいってしまっている。
最初にくる炎の攻撃の防御をするつもりだ。
その瞬間に仕掛けないと、せっかくのチャンスがふいになる。
玄武の甲羅は、片面が磨き上げられた鏡のようになっており、片面がひびの入った甲となっている。甲側には、文字が浮き出していた。
炎を打ち消すは甘露の雨 天の鏡を水の鏡に向けよ
朱雀が翼を開いた。
渦を巻いて炎が吹き上がり、熱風が大地をなめる。
その瞬間、対峙したミニ朱雀の姿が変わった。魄と寸分変わらぬ、巨大な炎の鳥に。
羽ばたいた翼が、相手の起こした炎を消しとめ、熱気も吹き飛ばした。
見事な相殺。
いや、余波で飛び散った炎も打ち消している分、元ミニ朱雀=魂の方が上回っている。
なるほど、この調子で対決したのでは、先に余計な力を使っている魂の朱雀が先にばてるわけだ。
玄武の甲羅を使うなら、今しかない。
《選択》 玄武の甲羅を
朱雀に向ける
大地に向ける
太陽に向ける
TOP/小説/
四神伝