四神伝 ―太公望―1
晴れ上がった気持ちのよい朝だった。
昨夜の雷雨は山の方ではかなり荒れたようだが、幸い都に被害はなかったらしい。
もう紅葉が見られるという時期なのに、真夏のような太陽。
ここ、兵士たちのための訓練場では、あまり歓迎されるものではない。
暑さに負けて、槍や剣を振るう様子も力ない。
暑さ寒さに影響されるようでは修行不足……というのは、普通の人たちには酷だろう。
兵士たちの訓練風景を眺めているのは、前の大戦でぼくの最強の剣として活躍してくれた天化。
あの頃は、一匹狼のイメージが強く、人の上に立つことなど考えたこともなかったようなのに、なかなかどうして。
元々面倒見のいい天化は、部下を取りまとめる将としても、都の復興のために動く副司令としても、申し分のない活躍ぶりだった。
本人は、落ち着いたらとっとと修行の旅に戻る、と公言してはばからないけれど。
ここまで皆に頼りにされるようになってしまっては、そう簡単には放り出すことはできないだろう。前の自由奔放な行動ぶりを知っているぼくとしては、嬉しいような、少々寂しいような……。
暑さにうんざりしているのか、座り込んで、兵士たちの様子をぼーっと眺めてる天化に声をかける。
「天化」
む、振り向かない。
「天化ったら」
まだ気がつかない。
ぼくを無視するとはいい度胸。
今度は打神鞭を構えておく。
「ずいぶんと暇そうだね、副司令殿」
「おわっ、突然出てくるんじゃねぇよ」
おや、飛び上がりかけたところを見ると、本当に気づいていなかったようだ。
「さっきから声かけてたよ」
「う、そうか、悪い」
不気味なくらい素直だな。
平和なのは何よりだけど、ちょっとボケちゃってないか?
「そんなに隙だらけなんて、剣の腕が落ちてないか心配だなぁ」
「なんだと?」
ああ心配だと繰り返すと、さすがに少し気色ばんだ。
うん、天化はこうでないとね。
「相手してあげようか?」
「へ?」
「実戦が一番の修行って言ってたじゃないか。実戦がないのは良いことだけど、たまには本気で技を出せた方がいいだろう。ぼくなら、攻守ともによい練習になると思うんだけど」
「ありがてぇ。一戦頼むぜ」
ぼくの提案に、案の定天化は飛びついてきた。
もちろん、自分一人でも修行は続けているのだろうけれど、相手がいるのといないのとでは格段に違う。
何より、大戦後も旅を続け、時折九龍派の道士と対決する羽目になっているぼくが一番よく感じていた。
隠しているつもりかもしれないが、天化の嬉しそうな顔。
元気がなかったのは、訓練に自分が参加できないからだろう。
一般兵士に、道士の戦い方を見せるわけにはいかないし。
「了解。兵士のみなさーん、すいません、場所空けてくださーい」
ぼくの声で、兵士たちはわらわらと木陰に走っていく。
暑さに疲れ果てていたので、これ幸いといった感じだ。
だが、興味深そうにこちらを眺めている。
さすが、天化の部下たちだ。
天化とぼくが出る以上、普通でない戦いぶりが見られることを知っている。
「おや、副司令と太公望殿の試合かい? これは見ておかないと」
「武王殿」
いつの間にか、武王殿が訓練場に来ていた。
戦いがない時は、相変わらず、気さくで柔和な笑顔。
こうやって気軽に姿を見せるのが無用心で、天化をひやひやさせているらしい。
もっと王としての自覚を持ってくれとぶちぶち言っていた。
……って、それってぼくにも言ってなかったか。
武王や兵士たちが術の有効範囲より離れているのを確認して、練習開始。
「それじゃ、いっきまーす」
自分で言って、ちょっと子供っぽかったかなと思う。
ちょっと前まで遊んで……むぐ、一緒に修行をした雷ちゃんの口調が移ってしまったようだ。
「砕岩襲!」
「なんの、闘気斬!」
小手調べの打撃技は相殺。
さすが天化。
ふいをついたつもりだったのに、見事に受けられた。
「炎爆襲!」
「しゃらくせえ、雷神剣!」
術を乗せた攻撃も完全に相殺。
腕はなまっていないようだ。
気を抜けばやられるかもしれないという緊張。
本気を出しても、相手はうまく防御するだろうという信頼。
一通りの技を打ち合った後、とっておきを繰り出す機会を伺う。
「白虎襲!」
「朱雀剣!」
前の大戦で幾度となくぼくらを救ってくれた、四神技と呼ばれる、道士ならではの術を乗せた攻撃。
天化の呼び出す炎の鳥と、ぼくが呼ぶ光をまとった白虎が激突し、この場を吹き飛ばすほどの衝撃を生み出す……はずだった。
「お?」
「あれ?」
聖なる獣は姿を見せず、ただ重みのある武器だけが火花を散らしてぶつかりあった。
朱雀も白虎もこなかった。
その意味するところは気になったけれど、実戦では油断していたらやられる。
「無限倒落!」
すぐに切り替えた、範囲なら白虎襲よりも上の技。
予想外に天化が次の攻撃に移らなかったので、とっさに目標を大地に向ける。
まともに術を受けた地面が、深く陥没した。
その中に落ちる、副司令一人。
「術が発動しなかったら、別の攻撃に移らなきゃ。実戦だったら死んでるよ、天化の負け」
見下ろして声をかけても、返事がない。
怪我はそれほどないはずだ。
落ちた時に、擦り傷切り傷くらいはできてるかもしれないけれど。
「副司令、大丈夫かい」
心配そうに、隣で武王殿も覗き込んだ。
さすがにがばっと天化が飛び起きる。
「実は二人に頼みたいことがあるのだ。後で王宮に来てくれ。……治療が終わってからでいいからな」
な?
と、笑顔で言った武王は、結構マイペースなのかもしれない。
「武王殿の話ってなんだろうね」
「さてな。直接俺たちに頼みってんだから、妖魔がらみだとは思うが……おい、もうちょっと丁寧に扱えよ」
「治療をしてもらってるくせに態度大きいよ」
「いってー! ……ん?」
まだ残っている切り傷擦り傷をぺちんと叩いて、ふと周りを見回す。
何かさっきから辺りをちらちらしていると思ったら……。
北風に乗ってひらひらと舞い落ちる白いもの。
さっきからやけに冷え込むとは思っていたが、これは……
「え、雪?」
「ウソだろ、おい。まだ初雪には早すぎるぞ」
だが、後から後から空から舞い落ちる白いものは、消えるどころか大きさを増すばかり。
たちまち地面は白く染まった。
しかし、十分もすると今度は南から熱風が吹き始めた。
弱くなっていたはずの太陽がまた燦々と照りつけ、雪が解け、蒸発する。
まるで夏と冬が交互にきているかのようだ。
数回それが繰り返された後、最後は初めと同じく夏のような日差しが残った。
しかも前よりも暑い。
「やっぱり変だね。さっきの朱雀と白虎のこともあるし……」
「四神に何かあったってのか?」
「武王殿の用事って、関係あるのかもしれない。行ってみよう!」
「あ、おい! ……ちぇ」
天化が自分で回復術を唱え始めたのを聞いて、ようやく治療を途中で放り出したことを思い出した。
ふてくされた天化って結構可愛いかもしれない。
***
「きてくれたか、二人共」
「武王殿、お話とは?」
「さっきの突然の気候の変化は、君たちも体験したと思うのだが……これを見て欲しい」
渡されたのは地図だった。
この鎬京を中心に、北の山、南の湖沼まで網羅している。
鎬京の南東あたりに、小さな黒い点があった。
いや、これは印ではなく……
「昨夜、その地図を見ていた時に、突然そこに火がついてな」
虫食いのような焼け跡の脇には、小さな文字で神泉苑と書かれている。
「そこには四神を祭る石碑があるのだ。火は一瞬で消えたのだが、場所が場所なので気になっていた。二人に相談しようと思ったら、先ほどの異常気象というわけだ」
四神とも呼ばれる四聖獣は、もちろん実体をもった存在ではなく、それらの属性の霊気の塊のようなものだ。
玄武は水、朱雀は火、白虎は金、青龍は木。
それらは、方角と同時に季節をも司る。
青龍は東にして春、朱雀は南にして夏、白虎は西にして秋、玄武は北にして冬。
確かに先ほどの急激な変化と、その後、夏の状態のままになっているのは、朱雀が暴走しているようにも感じる。
「分かりました、調査してまいります」
「気をつけてな」
武王の心配そうな声に送られて、ぼくたちは四神が集うと言われる神泉苑へ向かう事になった。
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