四神伝 ―太公望―2


仙人の考え方では、この世は陰陽五行に支配されている。
全ての物は「木・火・土・金・水」のどれかに属しており、この五行には相剋(そうこく)と相生(そうしょう)という関係がある。
相剋は強弱の関係。木は土をえぐり、土は水をせき止め、水は火を弱め、火は金を溶かし、金は木を切る。
相生は助成の関係。木は火を起こし、火は土(灰)を生じ、土は金を育み、金は水を生み、水は木を育てる。
方角にもこれらの考え方があって、北は玄武(水)、南は朱雀(火)、西は白虎(金)、東は青龍(木)という聖獣が司っている。
そして中央でそれらを支えているのは、伝説の皇帝たる黄帝とも、吉兆を示す瑞獣の麒麟であるとも言われている。
これら五行のバランスが崩れたとすれば、ぼくたちが四神技を出せなかったことや、急に気候が乱れたことも納得できる。
問題は、その原因が分かったとして、季節が崩れるほど狂ったバランスを元に戻せるかどうかだ。

   ***

神泉苑は、自然の霊気の溜まり場のようなところだった。
満ちた自然の力に、感銘を受けたのだろう。
訪れた人間が作ったらしい石碑が並んでいる。
東西南北、そして中央。
中央には二つの石が置かれており、その片方が砕け散っていた。
四神の中央を司る、土の麒麟の石碑が。
「これが原因か?」
「昨夜の雷に当たったみたいだね」
石碑の欠片に手を伸ばすと、その刹那、途方もない霊気が吹き上がった。
凄まじい敵意と殺気。
『触れるな!』
声としては聞こえぬ声。
だがそれは、圧倒的な意思を持って、叩きつけられた。
ぼくらが今までいた場所を、爆発でもあったかのようにえぐりとったのは、黄金に輝くひづめだった。
「な……麒麟?」
「おいおい、麒麟は仁愛の聖獣じゃないのかよ!」
争いを好まぬ、平和と慈愛の象徴。
麒麟が人を襲うなど聞いたこともない。
けれど、今目の前にいるのは、怒りに燃える目をぼくたちに向けている。
「待ってください、我々は貴方と争うつもりは……」
説得しようとする声は、激しい地鳴りにかき消されてしまう。
麒麟は「土」を司る霊獣だ。
ふわりと浮いた小石が、降り注いだ。
「!」
まともに背に受けて、その場に倒れこんでしまう。
駆けつけた麒麟が、そのひづめを落とそうとする。
一撃を覚悟したのだが、それは振り下ろされなかった。
麒麟は背後を向いている。
天化が何かしたらしい。
五行を司る霊気の塊に通常攻撃は通じまい。
唯一対抗できるとしたら四神技だが、今は使えない。
おそらくは、他でもない、麒麟のせいで。
けれど、他に手はないとみてとった天化が、朱雀を呼ぶ。
「来い、朱雀!」
火で土を抑えることはできない。けれど、麒麟の攻撃をさえぎり、時間稼ぎくらいはできるはずだ。
……来てさえくれれば。
「……やっぱ来ねぇか」
麒麟のひづめが地を蹴る。
天化が、莫耶宝剣を構えた。
あの剣の霊力で麒麟を抑えられるだろうか。
まだ起き上がれず、泣きそうな思いで状況を見守る。
天化の直前で、麒麟が止まった。
戦意を失った、というわけではなさそうだ。
動きを止めた麒麟の視線は、天化を通り過ぎている。
その向こうにいるのは……
鋭いつんざくような鳥の声と共に、炎の熱気が吹き上がる。
――朱雀!
だが、これは天化が呼んだ「力」の一部じゃない。
麒麟と同様に、実体を持ってしまった霊力の塊だ。
人界を季節外れの夏に変えてしまうほどの炎の鳥。
対峙する、二つの強大な霊獣。
「おい、今のうちに逃げるぞ」
間をすり抜けて駆けつけてきた天化が、ぼくをひっぱり起こす。
「麒麟と朱雀は……」
「バカ野郎、あれが人間の手に負える連中か!」
引きずられるようにして、その場から駆け出す。
「ねぇ、天化」
「ああ?」
「今回の事件が歴史で呼ばれるとしたら……」
天化が、ん?と振り返る。
「霊獣大決戦かな」
真面目に言ったつもりだったのだが、天化が転びそうになった。

   ***

「ここまでくれば、とりあえず大丈夫か……」
「思わず逃げちゃったけど、どうしよう」
「五行属性の塊だぜ? こりゃ大仙レベルの問題だろう。俺たちにどうこうできる相手かっての」
「師匠や他の洞府の方々に報告して、指示を仰ぐしかないか……ん?」
「どうした?」
近づいてくる覚えのある『気』。
これは……
いっそ逃げたい、でもどこへ?
おろおろ迷っている間に、その気配はぼくらの元にたどり着いてしまった。
「太公望さん!」
「ししょー!」
現れたのは、とてもとても見覚えのある二人だった。
元々元気の塊のような気を発散している二人だが、ぼくの顔を見た途端、その強さが跳ね上がる。
叩きつけられるようなそのエネルギーというべきものが、ぼくは苦手なのだけど……二人はどうも気づいてくれない。
「二人で行動してるなんて珍しいね。どうしたんだい?」
つとめて平静に対応してみたけれど、顔がひきつっている気がする。
「ししょーに」
「太公望さんに」
「「料理を食べてもらおうと思って材料集めてるの。食べてね 食べるわよね 食べてくれるわよね」」
「わ、分かった、分かったから」
背後で天化が笑っている。
あとで覚えてろ。
「ところで、ししょーたちは何してるの?」
「実は……」
これまでのことを簡単に説明する。
片や仙界の連絡係にして有数の宝貝使い、片や先の戦いでも活躍した女武将。
案の定、二人は身を乗り出して叫んだ。
「あたしも行く!」
「私も当然行くわよ!」
地獄の果てまでついてきそうな勢いに、たじたじとなりながら、言葉を探す。
そして、なんとか回答をひねり出す。
「ぼ、ぼくは、君たちが作ってる料理を早く食べてみたいな、うん!」
「「!!!」」
「任せて、腕によりをかけて作っておくわ!」
「見たこともないような、すっごいの作って待ってるからね!」
「う、うん。楽しみにしてる……」
材料の入手も競争のうちなのか、駆け去っていく背を見送って、ほっと安堵のため息。
「あ、そうだ」
「太公望さん!」
「ししょー!」
「は、はいぃっ?」
「そういえば、昨日、こんなもの手に入れたよ」
「何か役に立つかしら」
「赤い羽……」
「それじゃ、ししょー、気をつけてね」
「早く片付けて、都戻ってきてね!」
今度こそ、二人の足音が聞こえなくなるのを待ってから、ほーーーーっとため息をつく。
「……随分捨て身な防御に出たな、大将」
「後は野となれ山となれ……」
天化のからかいに怒鳴り返す気力もでない。
「ところで、この赤い羽って……あつっ!」
「どうした?」
白鶴に渡された羽を思わず取り落とす。
ものすごい熱さを感じたのだ。
指先が赤くなっている。
「火が……」
足元に落ちた羽が風に揺れる。
羽の周りを紅い炎が揺れた。
錯覚じゃない。
用心しながら拾い上げようとした時、一陣の風が吹き抜けた。
羽が、ふわりと舞い上がり、飛ばされていってしまう。
「大変だ、山火事にでもなったら……」
それさえなければ、羽なんか追いかけている場合ではないのだが。
羽は何か意識でも持っているかのように、どんどん離れていってしまう。
迷路のような森を随分走った後、ようやく風が止まった。
羽が落ちた場所。
そこは、四神相応と呼ばれる土地では南の朱雀が司るべき湖沼。
広がる湖の前に、ぽてっと落ちている、奇妙なものがあった。
「なんだろう、この鳥は……」
なんとなく触るのが嫌で、足をつかんで拾い上げてみる。
赤い鳥が、ぱちっと目を開いた。
きょろきょろした後、ようやく自分が吊り下げられていることに気づき、翼をばたつかせて叫ぶ。
「むきーっ! 離さぬか、失礼な! 我こそは、鳥たちの王にして南を統べる霊鳥、朱雀なるぞ!」
……しゃべった。
「……赤い雀?」
「むきーーー! 朱雀だ朱雀!」
「だって、朱雀とはさっき会ったよ」
麒麟と対峙していた、炎の霊気の塊。
あれこそが朱雀の名にふさわしい。
ぼくたちの不信の目に、朱雀もどきは、じたばたしながら抗議する。
「あれは、我であって我でない。バランスが崩れたことで分裂してしまった、言わば我の魄に当たるものだ」
「四神の魄だってぇ?」
人間だけでなくこの世界に存在するものには、魂魄が宿っている。
死ねば魂は輪廻の輪に入り、魄は大地に戻る。
しかし、何か霊的な事故が起こってこの輪が断ち切られた場合、特に魄が地上に残ってしまった時、それは手をつけられない悪鬼と化す。
魂を理性の存在だとするのであれば、魄は本能の塊なのだ。
「キョンシーみたいなもんか」
「ぬぬぬ。まぁよい、お主らの理解力ではその程度であろう」
「なんだとぉ?」
逆さ吊りのくせに、なんか偉そうだ。
「どうして魂魄が分かれたんだ?」
「昨日の雷で中央を統べる麒麟に何かあった。それ故に、五行のバランスが崩れたのだ。我にはそれしか分からぬ」
「役立たず」
「むきーーーっ!」
「それで、朱雀の魄は何をしようとしてるんだ?」
「自分の能力のままに、すべてのものを焼き尽くす。おそらく他の者たちも同じだろう」
「それでこんな異常気象……でも雪が降ったのは少しだけだ。北の玄武は何もしていないのか?」
「黒亀の爺様は、我らの中でも最古参だ。何か手を打ったのかもしれない。だがそれで、朱雀の力だけが四方の中で飛びぬけてしまっておる」
「なるほど、朱雀が一番迷惑者なわけか」
「むきーーーっ!」
ミニ朱雀はじたばたと暴れていたが、しっかりつかんでいると直に諦めた。
疲れて、ぷらんと吊り下がった姿は、これから羽をむしられる鶏みたいだ。
「我は玄武の爺様のところへ行くつもりだったのだが、魄との戦いで霊力が尽きてしまったのだ。そなたたち、この事態を収めるために動いておるのだろう? 私を玄武の元へと連れて行ってはくれぬか?」
朱雀が分裂しているということは、他もミニサイズがいる可能性が高い。
事態打開の手がかりにはなるか。
「行くか……北へ」
「ええかげん手を離さんかいっ」
びしっと翼を打ち振って命じてきたので、言われた通り、ぱっと手を離す。
ミニ朱雀は、真下の石に頭をぶつけて目を回していた。
ぼくは、指先の火傷に回復術をかけながら、さっさと歩き始めた。



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