四神伝 ―太公望―3
玄武は亀に似た霊獣とされている。
何者にも動かされない堅固さ、司る地形は山地。
これらのことから支配しているのは土と誤解されがちだが、その属性は水だ。
麒麟と朱雀が争っている可能性が高い神泉苑を迂回し、ぼくたちは北の山地へ向かった。
「玄武が暴れている気配はないな」
「暴走していない四神がいるのなら、力を貸してもらうことは可能だろうか……朱雀は当てにならないし」
「むきーっ! 姿こそこんなだが、我の力は魄とは変わらぬぞ!」
「さっき、負けたって言ったじゃないか」
「我と魄が争えば、この大地は干からびてしまうであろうが! 力自体は相殺するが、その余波が大きすぎる。それを考えない分、どうしても奴の方が強いのだ……」
人界に一番影響の出ている暑さはこの朱雀のせいだが、なんとか食い止めようと努力していたらしい。
「玄武に会えばなんとかなるのか?」
「水の玄武は、火の我を鎮火する強属性。黒亀の爺様の力を借りれば、魄を抑えることができよう」
「それで、玄武はどこにいるんだ?」
「むむむ。黒亀の爺様ほどの霊気であれば、近くにくれば分かるかと思ったのだが……地下に潜ってしまわれたようだ。はっきりした場所が分からぬ」
「この役立たず!」
「むきーーっ!」
本来霊気の塊であるはずの四神がこんなにやかましいなんて知らなかった。
口ゲンカしたいわけじゃないのだけど。
何かしゃべっていないと、ちょっと辛いから……。
岩場を眺めていると、小さな祠の蔭から、見覚えのある姿が現れた。
「おや、太公望殿。天化殿。それに……ペットですか?」
「むきーーーっ!」
「うるさい」
楊セン殿に飛び掛ろうとしたミニ朱雀を、ぺしんと打神鞭で叩き落す。
これまでの状況を説明すると、すでに異変は感じていたらしく、楊セン殿はうなずいた。
「私も気になって調べていたのです。実は昨日、こんなものを手に入れたのですが」
「甲羅の欠片?」
「水の眷属である河童と知り合いましてね。一緒に行動している間に、玄武に会ったのです。力を借りたいときは、これを使うようにといただいたものですが……」
言われて傍らの祠に目をやると、奥に蛇の尾を持つ亀のような絵が描かれていた。
これは玄武を祭った祠だったのだ。
「この甲羅、あなた方がお持ちになる方がよさそうだ。私は一度仙界へ行って情報を集めて参ります。どうぞ、お気をつけて」
やけにそそくさと甲羅を太公望に渡し、では、と礼儀正しく挨拶をして、楊セン殿はさっさと姿を消してしまった。
「……楊センの野郎、甲羅の使い方が分からなくて、俺たちに押し付けたんじゃないか?」
「そんな気がする……」
楊セン殿が立ち去った後、もう一度祠を調べてみたのだが、よく分からない。
ちょっと不謹慎かとは思ったが、甲羅を脇に置き、祠に腰掛けて休むことにした。
――その時。
甲羅が祠のへこみにぴたりとはまり、大きな音と共に、祠自体が沈み始めた。
代わりに現れたのは、人一人が通れるほどの地下への階段。
「黒亀の爺様はこういう仕掛けが大好きでな。中も色々あると思うぞ。せいぜい気をつけるがよいわ」
何故か偉そうに、かっかっかと笑うミニ朱雀。
「中は暗いから、せいぜいがんばるといいよ、鳥目くん」
「明かりくらい、自分の炎でつけるわっ!」
「仕掛け矢とかがあったら狙い撃ちになって焼き鳥のできあがりだね」
「むきーーーっ!」
挑発するんじゃなかったな、地下道に声が響いて頭が痛い。
しばらく歩くと、ようやく広い空間に出た。
地下水が溜まって出来た泉に、天井のわずかな穴から光が差し込んでいる。
細い糸のように降り注ぐ光の中で、無数の蓮の花が咲き乱れていた。
泉の中央には黒い大きな岩。
近づいてみると、それはわずかに動いている。
岩ではない。
黒く巨大な生き物の姿だった。
これが……玄武!
「ほほう、こんな地底に客とは珍しいの」
「黒亀の爺様!」
岩ではなく、背後から非常に歳のいった錆びた声が響いた。
「おお、朱雀ではないか。これはまためんこい子雀になったのう」
「むきーっ! 黒亀翁殿こそ、それでは屋台のミドリガメではありませぬかーーーっ!」
朱雀の光に照らし出されたのは、いつのまにかぼくたちの背後に来ていた小さなカメだった。
やはり玄武も分裂していたらしい。
「黒亀翁殿の魄は、何故に大人しくあられるのか?」
「ほっほっほ。それはお主、年の功と亀の甲というものじゃ。いつかはこんなことがあろうかと思うての。天上から流れてきた睡蓮の種を集めておいた。分裂してすぐ、わしはこれを芽吹かせて、魄が術を使えばそれだけ眠りに落ちるようにしたのじゃよ。当分起きることはあるまいて。もっとも、水の玄武が眠ったことで、炎の朱雀の力が強まってしまったようだな。朱雀には苦労をかけたようだのう」
「黒亀の爺様のせいではありませぬ。我が未熟であったばかりの失態で……」
「そうだね」
「むきーっ! おぬしは黙っとれ!」
怒り狂うミニ朱雀は無視。
「ご老公、もっと根本的なことを教えてください。麒麟に何があったのです? 四神が分裂した原因は一体何なのです?」
ぼくの問いに、玄武は重々しくうなずいた。
「麒麟は、我らの中では唯一雌雄の対で存在しておる。雄を麒、雌を麟と呼んでおるのは知っておるな。
昨夜のことじゃ。雷が神泉苑の麟の石碑に落ちた。麒麟の属性は土。雷は、土の強属性である木に属すもの。石碑に宿っていた麟は、攻撃を受けたようなものだった。霊気が四散してしまい、文字通りばらばらになってしもうた。
残された麒は、麟を復活させようとして動いておる。霊気が失われたのであれば、その分を他で補えばよい。つまり――」
「てっとりばやい霊気の入手……他の四神から力を奪おうと?」
「その通り。だが、本能の塊となっている我らの魄が霊気を譲るわけもない。また、魄の暴走を食い止めなくてはならぬ我らも、霊気を分けている余裕などない。故に、出会えば争いつつ、互いに牽制しておるのが現状だのう」
なんてことだろう、本当に霊獣大決戦になりそうだ。
「麟は四散しただけで消えたわけではない。わしからすれば、数百年も待っておれば元に戻るものを、他を犠牲にしてまで早めようとする麒麟の行動はよく分からぬのだがのう」
ため息をついた黒亀翁と、一緒にうんうんとうなずいているミニ朱雀。
その様子に、四神という存在はたとえ人間と同じように話していても、決して人間を理解することはないだろうと感じた。
霊獣たちは元々は異世界からあふれた霊気の塊。
何かしよう、という意思すらなかったからこそ、互いに争わず、交わらず、バランスを保ってきた。
しかし麒麟は、自らに近しいものを優先して守ることを覚えた。
麒麟の行動は、人間であれば分かる。
大切なものを失って、それが取り戻せると分かってるのに、自然に任せて待ち続けるなど……耐えられるはずもない。
他のものを犠牲にすると分かっていても。
麒麟は、人々が「仁愛の獣であれ」と祈った分だけ、人に近くなってしまったのだろうか。
それが人界を破滅させかけているというのは、あまりにも皮肉だが。
「それで、朱雀を鎮めることはできそうなのか?」
「おお、そうだった。黒亀の爺様、水の力を貸していただきたく……」
「お主らがここに来るのに使った甲羅に霊気を追加しておこう。欠片とはいえ、わしの一部じゃ。朱雀の炎を抑えるには十分じゃろう」
「ありがとうございまする」
「行こう」
早く麒麟をなんとかしなくては。
……動けるうちに。
「ちょっと待った」
「なんだ? 早くしないと……」
天化が肩をつかんできた。
……まずい。
「あの時、麒麟に霊気を奪われたな?」
残った霊気を回りにはりめぐらせてごまかしていたが、触れられるとさすがにばれる。
「大丈夫だ、これくらい」
「よく言うぜ、空っぽじゃないか」
「だからって、四神を放っておくわけにはいかないだろう!」
「いい方法があるぜ」
「え?」
「俺に任せて、お前はここで休んでろ」
「……そんなことできるわけ……!」
「春眠光!」
普段であれば、天化程度の幻惑術になんか、かかるわけないのに。
自分でも思っている以上に霊力が落ちていたのか、防御できなかった。
寝ている場合じゃないと思っても、身体が言うことをきかない。
眠ってしまっているのに、意識だけがはっきりしているという不思議な感覚。
「天化のバカ、この自分勝手、自己中! この格好つけ!」
現実ではない奇妙な場所で、ぼくは一通り悪口を喚いてみる。
寝言でも呟いて、少しでも天化の耳に入っているといい。
本当に何も分かってない。
こんな時に、置いていかれる身にもなってみろ!
いくら夢の中で叫んでも、気分的に疲れるばかり。
確かに、麒麟との邂逅で、霊気のほとんどを奪われていた。
ただでさえ、どう対応するべきかも分からない四神相手に、ろくに術攻撃もできないようでは足手まといだろう。
本当は、少しでも休んで霊気を回復してから追いかけた方がよいことは分かっている。
けれど、目が覚めた時には、何か取り返しのつかないことになっているのではないかという不安に、押しつぶされそうになる。
『……止めて』
夢の中であるはずなのに、話しかけてくる声がした。
白くぼんやりとした世界の中で、そこだけが銀色に輝いている。
『麒を止めて』
これは……麟?
まだはっきりとした形も取れないまま、必死に訴えかけてくる。
『お願い、麒を止めて。私が復活したとしても、その後に残る世界に嘆くのは麒だから』
麒が、自分を復活させるために動いていることは知っているらしい。
ぼくから奪った霊気を麒が麟に与えたに違いない。
しばらくあたりをふわふわ漂っていた銀の光は、ふわりとぼくの中に飛び込み、消えた。
消える瞬間、自分のために麒が世界を敵に回したことに対する悲しみと、同時に限りない歓喜の念があたりに満ちた。
『本当は嬉しい。
麒が世界のすべてよりも私を選んでくれていること……』
声が遠くなり、消えた。
目が覚めると、失われていた霊気が戻っていた。
形はとれないとはいえ、動けるほどになってた麟が、ぼくから得た分を戻してくれたのだろう。
暖かい苔の寝台。
岩屋に満ちる水の気配。
木の気を回復するのには、最上の場所だった。
麒に霊気を奪われる前よりも調子がよいくらいだ。
ここを選んでくれた天化に感謝しつつ、決心する。
早く再会して……心配かけた分、どつき倒してやる。
「今、麟がおったかの?」
いつの間にか傍らまで来ていた黒亀翁だった。
「ええ、麒を止めて欲しいと頼まれました」
「……麒も、自分が同じ立場であったら、同じことを言ったかもしれぬのう……」
人界を見守る仁愛の獣。
すべてをわけ隔てなく愛するはずの霊獣でも、一番大切なもののためならすべてを敵に回す。
ならば、ぼくも自分の大切なもののために、動くまで。
天化は朱雀と共に南へ向かったという。
無事に封じることができたのだろうか。
そちらも気になるが、すでに移動していてすれ違いになる可能性が高い。
西の白虎はぼくにとって強属性となる。
一人で行って、どうにかできる相手ではない。
ならば、少しでも可能性のある青龍の状況を確認するべきだろう。
「東へ向かいます」
「うむ、青龍の魂を探すがよかろう。魄を封じるには、その半身の力がどうしても必要じゃ」
「分かりました」
歩き出そうとすると、懐にあった羽が落ちた。
南の朱雀との対決の後、天化はここに戻ってくるかもしれない。
しばらく考えて、それはここに置いておくことにした。
四神伝 ―太公望―4へ
TOP/
小説/
四神伝