四神伝 ―太公望―4
東の大河に着き、なにか手がかりはないものかと辺りを見渡す。
世界の変化などまるで知らぬように流れ続ける河。
青龍の魄に見つかる前に、魂を見つけないといけない。
やはり、朱雀や玄武のように、ミニサイズなのだろうか?
あんな見かけなのだろうか?
嫌だなぁ……。
「おや、太公望殿ではないか」
声をかけられて驚いた。
武王殿。
なんでこんなところに。
「君たちが出かけた後、どうしても気になってな。少しでも役に立てばと思って調査に来たのだ」
周りを見ても部下の一人も連れている気配はない。
本当に一人で来てしまったようだ。
天化や、都の司令の黄飛虎殿が知ったらひっくり返りそうだ。
今頃、都、鎬京は大騒ぎに違いない。
「とは言うものの、何をしたらよいのか分からなくてね」
ふう、とため息をついて、いきなり釣竿を取り出す。
……実は遊びにきたのではないか、この人は?
ちゃぽん、と音を立てて、針が水面についた。
「弟はね、魚が好きなんだよ」
ぼくの不審な目に気づいたか、武王殿が先に答えた。
弟というと周公旦殿か。
この戦乱の世に、兄弟仲がよいのは良いことだ。
だからと言って、何故釣竿を常備しているのかという疑問が納得できるわけではないけれど。
エサにあたるものは、青く平たく丸い、手の平くらいの大きさの何かだった。
「あれはなんですか?」
「龍の鱗」
「龍の?」
「さっき、雷震子君に会ってね。ウソかホントか、龍の鱗というものをもらったのだよ。もし四神の青龍の鱗なら、これを見て出てこないかな、と思って」
それで、鱗をエサにして釣りを始めたのか。
面白い人だ。
なんとなく眺めていると、釣竿が大きくしなった。
「あ、何かかかった!」
「大きいですよ!」
思わず一緒になって力がこもる。
武王が、ぐいっと竿を引き上げる。
釣り上げられたものは、勢いあまって背後の茂みにつっこんだ。
……一瞬目に入ったものは、あまり見たくない造形をしていたような気がする。
「太公望殿、太公望殿!」
武王殿の呼び声に、仕方なくそちらに向かう。
「何か変なものが釣れたぞ。食べられるだろうか?」
大喜びで武王がつかみ上げたもの。
ズンドウな奇妙な形の生き物。
目を回した青い物体。
「ううむ、私の鱗……」
尻尾をつかまれて逆さ吊りのまま、うなされている。
本当に青龍の魂らしい。
……四神の理性共には、この一件が無事に片付いたら、是非美的感覚というものを磨き直してもらいたい。
「食べるのは止めた方がよろしいかと。一応、青龍のようです」
「おお、本当に龍が釣れたのか。この竿、龍を釣り上げた竿として後世に名を残すだろう」
ほくほくした顔で、竿をしまいこむ武王殿。
竹を削って作ったありふれた竿だから、あっという間にニセモノが跋扈するに違いない。
釣り上げたのはエサがこの鱗だったからだと思うのだが。
「これは何らかの霊力をもっておるのだろう? 私よりも太公望殿が持っている方がよいと思う」
青く大きな鱗。
武王は惜しげもなく渡してきた。
青龍の木気は、麒麟の土気を抑える。
麒との対決で役に立つかもしれない。
「うーん……おぬしら、道士か?」
ようやく目覚めたチビ龍が、ぼくたちを見比べる。
「道士はぼくだ。黒亀翁から、話は聞いている。青龍の魄を封じることはできるのか?」
「私は魄の属性攻撃を相殺することはできる。だが、直接攻撃や封じ込めることはできぬ。それには、私の強属性たる金の白虎の力が必要だ」
やはり、順番どおりに回らないとだめか。
天化がどこまで進んでいるか……。
それ以前に、天化は無事だろうか?
今まであえて考えないようにしていたのだが、一度不吉な考えにとらわれると頭から離れなくなる。
朱雀の羽を持って、合流してから白虎の元へ向かうべきではなかったか。
無茶をして、どこかで怪我でもしているのでは……。
「いかん、来たぞ!」
「おお、青龍だ!」
しぶきを上げて、大河から姿を現したのは、青い鱗をまとった巨大な龍。
水が白い糸のように身体を伝い滝を作っている。
抑えることを知らぬその霊力は、まさに東の支配者。
しかしその目には理性の欠片もなく、動くものを獲物として捉える敵意にあふれていた。
「武王殿、逃げてください!」
ミニ青龍を抱え、感動しきって見上げている武王の前に慌てて出る。
大地を振るわせる咆哮が響いた。
とっさに出来る限りの霊気の壁を作る。
木気の塊である青龍の攻撃にどこまで耐えられるか……。
だが、予想外に霊気による衝撃は途中で消滅した。
「ふいいい」
武王の腕の中で、ミニ青龍が目を回している。
確かに、見かけは小さくとも、魂は魄と同じだけの力を持つようだ。
属性攻撃であれば相殺することができると言っていた。
余波で砕け散り、こちらに飛んできた岩や枝はぼくの術壁で抑えることができた。
しかし、ここまでだ。
青龍自身の直接攻撃は防げないし、辺りの破壊を気にせずに仕掛けてくる相手では分が悪い。
しかもこちらには、武王殿がいるのだ。
防戦一方になり、土遁でも使ってとにかくこの場を離れなければと思った時だった。
「大将、俺の獲物取りやがったなぁ?」
覚えのある声。
「なぁ、俺も探してたんだぜ、譲ってくれよ、なぁなぁ!」
那咤だった。
どうやら青龍にケンカをふっかけに来たらしい。
本人は修行とでも言うのだろうが……太乙様は一体どういう教育をしているんだ。
いや、あの師匠にして、この弟子ということも……。
なんて考えてる場合ではなくて。
那咤が来てくれたのは幸いだった。
武王殿を連れて行ってもらえればなんとか切り抜けられるだろう。
「那咤、武王殿をお連れして逃げてくれ!」
「はぁ? 逃げるだ? やだ、ぜーーーーったいにやだ!」
「那咤、そんなわがままを言っている場合じゃ……」
「オレはそいつと勝負しに来たんだぜ。逃げるなんて絶対ごめんだ!」
まずかった。
那咤の性格では、逃げるなんて言葉を出してはいけないのだった。
止める間もなく、那咤は槍を構えて青龍の前に飛び出していってしまう。
さすが、人間ならぬ蓮花の精、太乙様の自信作。
那咤は青龍の魄に一歩もひけを取らずに戦っている。
だが、互角なままで決着はつきそうにない。
とにかく武王殿を茂みに避難させ、戻ったぼくは、那咤の腰に白く光る長いものを見つけた。
燦然ときらめく銀のしなやかな鞭。
火属性の那咤、木属性の青龍の脇にあって、負けないほどの金気を放っている。
「那咤、それを青龍に投げるんだ!」
「へ? これかよ?」
「そうだ、早く――!」
「おっしゃあ! 食らえ、虎のひげーーーーっ!」
やはり白虎のヒゲだったのか。
金は木を制す。
しかし、那咤の決めゼリフはいまいちだな。
記録に残してもらう時には、もう少しまともなものに変えてもらおう。
投げられた白銀のヒゲは、空中で槍のようにまっすぐになり、青龍の喉の下、いわゆる逆鱗と呼ばれる辺りをあやまたず貫いた。
知っててやったわけではないのだろう。
那咤の戦闘の天性のカンには驚かされる。
急所を強属性で貫かれた青龍は、しばらく大河の中で暴れ狂い、半ば氾濫を起こしかけていたが、やがて水に沈んで静かになった。
「おお、見事に鎮めたな」
「鎮めただけに沈めた、なんちゃって。よかったよかった」
武王殿の腕の中で何か非常に寒いことを言ったモノがいるので、打神鞭でもう少し造形を変えておく。
「これでとりあえず、北の玄武と東の青龍は大丈夫か。あとは天化が南と西のどこまで進んでいるか……」
どちらへ向かうか考えていると、那咤と武王殿が妙な顔をしてぼくの方を見ていた。
いや、視線はぼくを通り過ぎている……?
「太公望殿……」
「大将……」
「ん?」
「「後ろ、後ろ!」」
振り返ると、目の前に黄金色の霊獣がいた。
麒。
いつの間に!
麒の目的は四神の霊気を手に入れること。
自分の強属性にあたる木の青龍は、容易に手に入れることのできない最大の難敵であったはずだ。
しまった、四神の暴走を食い止めようと封じてしまったが、麒でも御せる状態にしてしまったのか。
麒は武王の前に立った。
伝説の獣を前にして、うっとりと見とれていた武王に近づき、その手の中にいた青龍の魂のしっぽを咥える。
たちまち、青かったしっぽが黒曜石のような色に変化した。
そして、ぽい、とばかりに、ミニ青龍を大河に放り込む。
「あああぁぁぁぁ……」
ミニ青龍の情けない悲鳴が遠ざかってゆく。
続いて、鋭いいななきが大地を震わせると、それに応えて大河がしぶきを上げた。
現れたのは青龍の魄。
今は、武王殿が抱えていたのと同じくらいのミニサイズとなっている。
元の龍らしい姿を保ってはいたが。
その姿がふいにゆらぎ……霊気となって、こちらに流れた。
ぼくの中に。
白虎で封じられてもなお途方もない木気が、いきなり飛び込んできた。
しかも、その力は麒の支配下にあるらしい。
身体の自由が奪われる。
足が勝手に歩き始める。
……恐らく、中央の神泉苑へ向かって。
そのままでは東から動かない青龍の魄の運び手に選ばれたというわけだ。
それ以外の感覚はそのままだが、行くまい、という意思は無視される。
「大将、どうしちまったんだよ?」
「那咤、雷震子を探せ」
途方にくれたように見ている那咤に命じる。
武王殿は雷震子に龍の鱗をもらったと言っていた。
那咤は一緒に行動していたはずだ。
幼いとはいえ、金の属性を持つ道士。
麒が西の白虎の運び手として目をつけないはずがない。
「雷ちゃんも同じ目に合うかもしれない。白虎に取り憑かれる前に、助けてやってくれ」
「わ、分かった!」
さすがに何か大事らしいと判断したか、那咤は風火輪で吹っ飛んでいく。
間に合うといいが。
「武王殿は、都にお戻りください。四神の霊気が人界から一気に消えたら、何が起こるか分かりません」
「しかし、太公望殿は……」
「なんとか麒を食い止める方法を考えます。さ、早く」
最悪、四神が消えて天災が人界を襲ったとしても、まとめる者がいれば人間は生きていける。
武王殿は、無事でいなくてはならない人間だ。
立ち尽くす武王殿に見送られ、ぼくは深い森に歩を進めた。
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